第157話 プラネタリウムの後で① ~お互いの好きなもの~
「ふぅ……」
「はぁ……」
プログラムが終わり、場内の照明が点灯する。
それにより星空をめぐる旅は終わり、日常へと戻される。
長らく星空を楽しむようなことをしてこなかった怜だが、こうして久しぶりに見てみると何とも言えない充実感が胸に押し寄せてくる。
ふと隣に横たわっている桜彩へと視線を向けると、桜彩も怜の方へと視線を向けて微笑みかける。
それを見た怜も同じように桜彩へと微笑を返すと、二人の間にクスクスと笑い声が起きた。
「ふふっ。なんか良いね、こういうの」
「そうだな。楽しかったか?」
「うん。初めてのプラネタリウムだったけど本当に楽しかったよ」
「そっか。桜彩が楽しんでくれたら良かったよ」
「うん。私も星空が好きになりそう」
笑顔でそう言ってくれる桜彩の言葉に怜がクスッと笑みを浮かべる。
「怜、どうしたの?」
そんな怜の表情を見た桜彩が不思議そうに顔をきょとんとさせて問いかけてくる。
「いや、こうやってさ、お互いがお互いに影響を受けて、好きな物が増えていくってのがなんだか良いなって」
「怜……ふふっ、そうだね」
怜の返答を聞いた桜彩が目を丸くして少しばかり驚いたものの、すぐに笑みを浮かべて怜の言葉を肯定する。
自分の好きな物を相手も好きになってくれる。
二人共それが本当に嬉しい。
「怜はプラネタリウム、楽しかった?」
「ああ。現実の夜空を含めて最近星を見てなかったからな。久しぶりに堪能したよ」
「そっか。二人で楽しめたんなら良かった」
そう言って二人でゆっくりと体を起こす。
シートに腰掛けるような形になって、再びお互いの顔を見合う。
「でもね、プラネタリウムのプログラムも楽しかったんだけど、それ以上に怜と一緒だったから楽しめたんだと思うな」
「う……そ、そっか」
「うんっ。ありがとうね、怜」
いきなりの不意打ちを食らってしどろもどろになる怜。
予想外のタイミングで言われたその言葉に胸の鼓動が早くなる。
(一緒だったから楽しめたって……。そんなこと言われたらな……)
慌てて桜彩から目を離す。
そんな怜を不思議そうな目で見る桜彩。
自分が怜にとってどれだけ嬉しいことを言ったのか理解していない。
桜彩に背を向けたまま数回深呼吸して、再び桜彩の方を向く怜。
「お、俺も。今まで何度か見たことはあったけど、今日が一番楽しかった。やっぱり桜彩が一緒だったからだと思う」
「え……」
今度は桜彩が怜から目を離す。
(私と一緒だったから一番楽しめたって……。そんなこと言われたら……)
今度は桜彩が怜から目を離す。
そして深呼吸をして怜と目を合わせる。
「あ、ありがとね」
「お、お礼を言われることじゃないんだけどな」
「あ、そ、そうだね」
恥ずかしさから会話が止まってしまう。
手元にあったクッションを胸にぎゅっと抱きかかえて恥ずかしさに耐える。
「…………い、いつまでもこうしてるわけにはいかないし、そろそろ出るか」
「…………う、うん。そうだね」
いくら二人が落ち着いていないといっても時間は止まってくれない。
周囲へと視線を向けると、既に中に残っているのは怜と桜彩の二人だけ。
まだ赤い顔のまま二人はゆっくりと立ち上がる。
そこで二人はお互いに繋ぎ合っていた手に視線を向ける。
プログラムが始まる前に繋いだ手。
それからずっと、片時も離れることはなかった。
「……………………」
「……………………」
立ち上がったはいいがそこでまた動きが止まってしまう。
(ど、どうするかな……)
(ど、どうしよう……)
手を離せばいい、そして歩き出せばいい。
二人ともそれが分かってはいる。
分かってはいるのだが、名残惜しさからその手を離すことが出来ない。
かといってこのまま歩き始めることも出来ずに二人でその場に固まってしまう。
「…………えっと」
「…………う、うん」
「……………………」
「……………………」
「……………………あのー」
無言で固まった二人を動かしたのは、横から掛けられた第三者の声だった。
「うわっ!」
「ひゃっ!」
いきなり掛けられた声に二人で驚いて身体を震わせる。
それに伴い繋いでいた手が離れてしまった。
しかしそれを気にする余裕は二人にはない。
驚きながら声の方を見ると、スタッフの女性が申し訳なさそうな顔で二人を見ているのが分かる。
「申し訳ありません。まもなく席の入れ替えになりますので……」
「はっ、はい!」
「す、すみません!」
プラネタリウムはこの後もプログラムがあるだろうし、いつまでもここに残っていては迷惑になってしまう。
二人がスタッフにそう頭を下げると相手の方もニコニコとした笑顔へと変わり二人を眺める。
「いいえ。仲がよろしいのですね」
「は、はい……」
「す、すみません……」
「あ、いえいえ。怒っているわけではありませんので」
再び頭を下げる二人にスタッフは優しく言葉を掛ける。
「恋人同士ですから終わった後の余韻も大事ですよね」
「えっ……あ、あの、私達は――」
「は、はいっ」
慌てて否定しようとする桜彩に言葉をかぶせるように怜が答える。
入場前に『恋人です』と宣言している以上、それを否定するわけにはいかない。
いや、例え恋人でないとバレたところで詐欺だ何だと言われることはないだろうが。
「ふふっ。ですが申し訳ありません。そろそろお時間になりますので」
「は、はいっ。い、行こう、桜彩!」
「う、うん。そ、それでは失礼します!」
そう言いながらスタッフへと頭を下げて足早に出口へと向かう二人。
そんな二人の背中にスタッフからの生暖かい視線が送られていた。
次回更新は月曜日を予定しています。




