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【第十章前編 クリスマス】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第三章中編 クールさんの家族

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第109話  二人だけの秘密の通話

『もしもし、怜? 聞こえてる?』


「ああ、聞こえてるよ。こんばんは、桜彩」


『こんばんは、怜』


 二十一時ジャスト、怜のスマホが着信を知らせる。

 掛かってきた電話を怜がすぐさまとると、桜彩の声が聞こえてきた。

 約束通り怜と桜彩は二人だけで通話を始める。

 特に何か重要な話があるわけでもない、ただの雑談。

 しかし、こころのところ夕方から夜にかけて毎日一緒に過ごしていた二人にとってはもはやそれが当たり前のような感覚だ。

 いつもと違うことといえば、直接話すのではなくスマホを介してということくらいか。


『ふふっ』


「どうかしたのか?」


『ううん。ただね、こうして離れていても怜の声を聞けるって幸せだなって』


 その言葉に怜の顔が赤くなる。

 電話越しで助かった。

 もし直接顔を合わせていたらどうなっていたか分からない。


「俺も桜彩の声を聞けて嬉しいよ。さっきまではやっぱり寂しかったけど、今、桜彩の声を聞けて少し安心する」


 怜の返事に今度は桜彩の方が顔を赤くしてしまう。


『そ、そっか。うん、そう思ってくれて私も嬉しいよ』


「お、お互い様ってことで良いのかな?」


『う、うん。お互いさまってことで良いと思う』


 お互いに相手の声を聞けて嬉しく思う。

 そして相手が嬉しいと思ってくれることにより更に嬉しくなってしまう。


「改めて今日はお疲れ様」


『うん、お疲れ様。さっきも言ったけど、バーベキュー、とっても楽しかったよ』


「ああ、俺も楽しかった」


『まさか私がみんなとこんな関係を築けるなんて思わなかったなあ」


 地元に戻ったからこそしみじみとそう思う桜彩。

 前の学校での人間関係が修復不可能になって、逃げるように怜達の通う領峰学園へと転校した。

 そこではもう誰にも頼らないと決めていたのだが、引っ越してから一か月で本当に信用出来る相手が三人も出来た。

 それこそもう友達を通り越して、親友と言ってもらえるほどに。


「……桜彩、そっちに戻って大丈夫か?」


 桜彩の言葉に少し引っ掛かりを覚えた怜が心配そうに尋ねる。

 やはりそちらの地元に戻ると蕾華の言っていたように辛いことを思い出すのか。

 しかし桜彩は電話口の向こうでゆっくりと首を振って笑みを浮かべる。


『うん、心配してくれてありがとね。でも私は大丈夫。こっちに戻ったからこそみんなと仲良くなれたことが凄い大切だなって再認識出来たっていうかさ』


「そっか。それなら良かった」


『うんっ!』


 桜彩の身に心配していたことが起きなくてほっとする怜。


「帰るまでで何か問題はなかったのか?」


『うん。しいて言えば、少し疲れたくらいかな。でも嫌じゃないよ。それも含めてとっても楽しいし嬉しいから」


 帰ろうとした時点で桜彩には少しバーベキューの疲れが残っていた。

 しかしその程度で元々の帰省の予定を変更しては両親が心配するだろうとのことで、予定通りに実家へと帰省した。


『怜の方はどう? 何か変わったことがなかった?』


「俺の方は大丈夫だ。たださ、最近は桜彩とずっと一緒にいたからさ、一人で食べる夕食が少し寂しかったかな」


 桜彩がいなかった為、怜は久々に夕食を一人で食べた。

 一応寂しさを紛らわすための大きな猫のぬいぐるみが置いてあるのだが、それを人数に数えるわけにはいかないだろう。

 桜彩と一緒にご飯を食べるようになってもう三週間ほどになるだろうか。

 毎日のように一緒にいた相手がいないということは、やはりかなり寂しい。


『あっ、ごめんね』


「桜彩が謝ることじゃないって。それよりも桜彩は久々に両親に会ってどうだった?」


『えっとね、まず二人に心配そうにこっちの様子を聞かれたな。でもね、こっちで大切な友達が出来たって言ったら少し安心したような感じだったよ』


「そっか。それなら良かったよ」


『あっ、でも、それでもまだ二人共心配そうにはしてたかな』


「まあその気持ちは分からないでもないけどさ」


 何しろ前の学校では友達に裏切られて心が折れたのだ。

 同じようなことにならないのではないかと両親が心配するのも理解出来る。


「でも俺も、陸翔も、蕾華も、絶対に桜彩のことを裏切ることはしないから」


 決意を込めてそう口にすると、電話口の向こうで桜彩が笑うのが分かる。


『ふふっ。それは私も信じてるよ』


「ありがとな、桜彩」


『怜がお礼を言う事じゃないって。私の方こそありがとね』


「それこそ桜彩がお礼を言う事じゃないさ」


 そう言うと、再び電話口の向こうで桜彩が笑ったのが分かった。


『そう言えば、怜は明日からアルバイトなんだよね』


「ああ。明日から毎日だな」


 桜彩が実家に帰省するということもあり、怜は明日からリュミエールでのアルバイトの予定が入っている。

 リュミエールはその職種上ゴールデンウィークは稼ぎ時であり、かつ人手が足りないことからアルバイトをしてくれと望に頼まれていた。

 ちなみに望としては中日の前の前休みも入ってほしかったのだが、そこは怜達もボランティア部の活動で忙しかった為に断らせてもらった。

 それを聞いた望は残念そうにしていたが、そういう事情では仕方がないと素直に引き下がってくれた。


『でも、朝早くからアルバイトなんだよね。大丈夫?』


「まあ大丈夫だろ。普段よりも三十分くらい早く起きるようにはするけど」


『そうなんだ。やっぱり大変そう』


「まあ洋菓子店やパン屋は朝早い職業の代表だからな」


 洋菓子店であるリュミエールは、当然朝早くから準備が必要だ。

 怜も光の手伝いがある為、早くからリュミエールに向かうこととなる。

 パティシエの光は怜の到着より遥かに早く仕事に取り掛かっているのだが。


『でも怜、それならこんな時間に話してて良いの?』


 早く起きるということは、その分早く寝る必要があるということだ。


「大丈夫だって。いつもはこのくらいの時間でも桜彩と一緒にいるだろ? それに今日は俺一人だったからもう風呂にも入ったし、本当に後はもう寝るだけだ」


『そうなんだ。私は怜と話せて嬉しいけどさ、無理はしないでね』


「分かってるって」


『本当に? この前みたいに無理しない?』


「うっ……あの時のことは反省してます。もう無理はしません。約束する」


『よろしい。それじゃあ約束だね』


 電話口の向こうから満足げに頷く声が聞こえてくる。

 少し前に体調を崩した時に無理をして朝食を作ったら桜彩に随分と怒られた。

 それもまあ良い思い出だ。


『怜が約束してくれるのなら私も安心出来るよ』


「その信用を裏切らないようにするよ」


『ふふっ。それじゃあ、もしも無理なんてして体調崩したらお仕置きだからね』


「ははっ。それは怖いな。いったい桜彩に何をされるんだろうな」


『うーんとね……それじゃあ体が回復するまでずっと私の練習に付き合ってもらおうかな。ハニージンジャーミルクを美味しく作ら為の練習台として、ずっと味見をしてもらうから覚悟してね』


「そっか。治るまでずっと桜彩のハニージンジャーミルクが飲めるのか」


『うん。治るまでずっと作り続けるからね』


「っはは。風邪を引いた時が怖いな」


『ふふっ。うーんと怖がらせてあげるね』


 それはつまり、体調を崩したらずっと桜彩が看病してくれるということで。

 全くお仕置きにならないであろうお仕置きを想像してつい二人で笑ってしまう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そのまま二人で話していると、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。


『あっ、そろそろいい時間だね』


「だな。名残惜しいけどそろそろ終わりにするか」


 時計を確認すると、もう二十二時を指していた。

 桜彩と通話を開始してから既に一時間が経過している。


『それじゃあね、怜。また明日』


「ああ、また明日」


 そこで通話が終わってしまう――

 ――ということにはならなかった。

 お互いにこの心地好い時間を終わらせたくないという思いから、通話の終了ボタンを押すのを躊躇してしまう。


『え、えっと……も、もう終わりだね……』


「そ、そうだな……残念だけど、今日はもう……」


『…………』


「…………」


『き、切るね!』


「あ、ああ、切るぞ!」


『…………』


「…………」


『………………………………』


「………………………………」


 いつまでたっても通話を終了することの出来ない二人。

 そのまま長い沈黙が場を支配する。

 それを破ったのは、桜彩側の方だった。

 といっても桜彩本人が破ったのではない。


『桜彩、入るわよ』


 沈黙を破ったのは桜彩のドアの外から聞こえてきた両親の声だ。

 その声を聞いて二人が現実に引き戻される。


『そ、それじゃあお休みっ』


「ま、また明日なっ、お休みっ」


 慌てて二人同時に通話の終了ボタンを押した。

 通話が途切れた次の瞬間、桜彩の部屋へと母親が入ってくる。


「お、お母さん、どうしたの?」


「早くお風呂に入るように伝えに来たのだけど……」


 とそこで母が言葉を切る。

 どうしたのかと少し桜彩が考えていると、再び母が優しそうな口調で


「話し声が聞こえてきたけれど、あちらのお友達とお話でもしていたの?」


「う、うん」


「そう。さっきも聞いたけれど、向こうでは良いお友達に恵まれたのね」


「うんっ。とっても大切な親友に」


「良かったわね、桜彩」


「うん。本当に良かった」


「でも電話も良いけれどほどほどにね。それと早くお風呂に入ってしまいなさい」


「はーい」


 嬉しそうな顔で風呂場へと向かう桜彩。

 浴槽に浸かりながら、向こうでの大切な日々を頭の中で思い起こす。


(怜と知り合えて本当に良かった)

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