第104話 バドミントンをしよう
「「「「ご馳走様」」」」
パイナップルまで食べ終えて、四人揃って手を合わせる。
皆がとても美味しそうに食べてくれて、作った怜も満足げに頷く。
ちなみにシナモンで口の周りが汚れたことは精神衛生上の問題から存在しなかったことにしておく。
「それじゃあ食べたカロリーを消費しないとねっ! てなわけでバドミントンやろ! バドミントン!」
食後の休憩も何のその、蕾華が持って来た荷物の中からラケットとシャトルを取り出す。
「俺は別に構わないけど桜彩は大丈夫か?」
怜も陸翔も運動は好きだし得意なのだが桜彩の方はどうなのだろうか。
体育の授業は同じグラウンドとはいえ内容は男女別だし、怜はあまり授業中に女子の方を見ることはない。
体力テストもまだ実施されていない為、怜と陸翔は桜彩の運動神経については良く分からない。
「大丈夫だって! サーヤって運動神経結構良いし」
「へー、そうなんだ」
「えっと、その、人並みには動けるとは思うのですが」
蕾華の褒め言葉に少し恥ずかしそうに照れる桜彩。
「謙遜しなくても良いって。体育でも数字が出る物だとサーヤって基本的に上位じゃん」
「マジで? さやっちってそんななんだ」
「で、ですが蕾華さんほどではありませんし……」
恥ずかしそうに俯きながらそう口にする桜彩。
実際のところ、怜も陸翔も蕾華も身体能力は学年でもトップクラスであり、運動部にも引けを取らない。
あくまでもこの三人が別格なだけだ。
「まあまあ。別に勝負するわけじゃないし、とりあえずみんなでやってみよ! 良いよね、サーヤ?」
「はい。あ、ですが私はバドミントンは未経験ですので上手に出来るか分からないのですが」
「別に良いって、そのくらい。それでも充分楽しめるって。それじゃあはい、ラケット」
「あ、ありがとうございます」
蕾華から渡されたラケットをおそるおそるぎゅうっと握りしめる桜彩。
そんな桜彩の姿に怜はなんだか初めて包丁を持たせた時のことを思い出してしまった。
「りっくんとれーくんも、はい」
「サンキュ」
「ありがと」
「それじゃあ行こっか!」
怜と陸翔もラケットを受け取り、そのままバーベキューのスペースから少し離れた所へと移動する。
バスカー達三匹も一緒に移動して、四人の側での観戦だ。
「じゃあれーくん。まずはサーヤのことよろしくね!」
「え?」
「どゆこと? みんなでラリーでもするもんだと思ってたけど」
ラリーを始めるかと思った所でいきなりの蕾華の言葉に桜彩と怜が怪訝な顔をする。
まさかそれぞれ二人ずつでやろうというのか。
さすがにそれは寂しいと思う。
「んー、最初から四人でラリーでも良かったんだけど、バドミントンって最初は上手に当てるのも難しいじゃん? サーヤは完全に初心者ってことだからまずはマンツーマンで簡単に教えてあげた方が良いなって。そーゆーの、アタシ達よりもれーくんの方が適任でしょ?」
「だな。オレも蕾華も教えるのはあんま上手くないからな」
二人の言葉にああ、と納得する。
確かに陸翔も蕾華も運動神経は良いのだが、人に教えるのは怜よりも苦手だ。
なんというか感覚派の二人による擬音を交えての説明は初心者には分かりにくい。
「分かった。それじゃあ桜彩、まずは俺と簡単に遊ぶか」
「うん。よろしくね、怜」
そしてまずは二人ずつでバトミントンを楽しむことになった。
少し離れた場所へと移動する怜と桜彩。
そんな二人を見ながら陸翔と蕾華はニヤニヤとした視線を二人の背中に向けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まずは軽く打ち合ってみるか」
「うん。それじゃあ私から打つよ。それっ!」
そう言って桜彩がシャトルを前方に軽く投げてラケットで掬うように打とうとする。
だが残念ながらシャトルはラケットの端に当たってポトン、と落ちた。
「むーっ」
桜彩が残念そうにむくれながら怜の方を見る。
「まあ最初はそんなもんだって」
「うう、そうだけどさ」
不満そうにシャトルを拾って再び怜の方へと打ってくる。
今度はちゃんとラケットに当たって怜の方へと飛んできた。
「返すよ。それっ」
怜も優しく桜彩へとシャトルを返す。
「えいっ」
それを桜彩が打ち返すが、シャトルは明後日の方向へと飛んで行ってしまった。
「あっ、ごめんね、怜」
シャトルを取りに走る怜の姿に桜彩が申し訳なくなってしまう。
「気にしないで良いって。始めたばかりならそんなもんだ。むしろ何度も空振りする人も多いからな」
遠くに飛んで行ったシャトルを取って来た怜が励ますように言う。
昨年、体育の授業でバドミントンがあったのだが、初めてプレイする生徒の中には何度も空振りしてしまう者も多くいた。
それに比べれば蕾華の言った通り桜彩の運動神経は比較的良い方だ。
「何かコツみたいなのってないの?」
「コツか。あ、教えるとは言ったけど、俺の場合は我流だけどそれでも良いか?」
「うんっ。教えて、怜」
「分かった。まずはゆっくり振ってみて。力を抜いて、シャトルを見る感じでな」
「はいっ!」
実際にシャトルを打ちながら簡単に説明していく。
我流とは言ったものの、元々スポーツが好きな怜は、陸翔や蕾華と遊んだ時にもちゃんとバドミントンについて調べているのでそこまで問題ではないだろう。
「それじゃあ怜、行くよっ、それっ!」
怜のアドバイスに元気よく頷いてラケットを振る桜彩。
最初は少し不安そうだったが徐々に慣れていったようですぐにシャトルに当たるようになった。
「凄いな。初めてってのが信じられないくらい上手だ」
「ありがと。でも怜の教え方が上手だからだよ。でもやっぱり上手に飛ばないなあ」
最初の頃よりはましになってきたものの、相変わらず桜彩の飛ばすシャトルは怜の正面には飛ばない。
その為、怜は何度も左右に走る羽目になってしまう。
怜としてはそれを含めて楽しんでいるのだが、桜彩としてはやはり申し訳ない。
「うーん、どこが悪いのかなあ?」
「ちょっと見た感じだと、多分打つ時にラケットの面が斜めになってるな。後は体の向きもブレてる」
「ラケットの面と、体の向きかあ。えっと、こんな感じ?」
怜のアドバイスを参考に軽く素振りをしてみるが、なんだかしっくりとこない。
「まだちょっと違うな。ちょっと良いか?」
そう言いながら怜が桜彩の隣へと移動する。
そして桜彩の手を取りラケットを動かす。
「だいたいこんな感じかな。どうだ?」
「あ、うん。なんとなくは」
「それと体の向きはこうで、この体勢のままラケットをだな……」
桜彩の左肩に自分の左手を回し、桜彩の右手ごと自分の右手でラケットを掴む怜。
そのまま何回か一緒に素振りをしてみると、桜彩もなんとか感覚が掴めてきたようだ。
「おーい、陸翔、蕾華! ちょっと来てくれ!」
少し離れたところでラリーをしていた親友二人に声を掛けると、その二人がこちらを向いて驚いたような表情をする。
そして次の瞬間、ニヤニヤとした視線へと変わった。
怜も桜彩も気が付いていないが、今の二人の距離はとても近く、ほとんど密着している状態だ。
「……自然にあの距離感ってのも凄いよねえ」
「……だよな。もう完全にカップルじゃん」
そんな言葉が口から漏れてしまう。
呆れながらも陸翔と蕾華は二人の方へと歩いて行く。
「どーしたんだ、怜?」
「悪いけど、ちょっとシャトルをこっちに向けて打ってくれないか?」
桜彩と密着したままそう頼む怜。
それを相変わらずニヤニヤとしながら怜の指示通りに蕾華がシャトルを打ってくる。
「分かった。それっ!」
怜と密着したままの桜彩がそのシャトルを打ち返す。
するとそれは上手に蕾華の方へと飛んで行った。
「あっ、怜、成功したよ!」
「ああ! 今の良い感じだったぞ!」
「ありがと、怜!」
「どういたしまして。それじゃあ次は俺のアシストなしで打ってみるか」
そう言って怜が桜彩から離れる。
「それじゃあサーヤ、行くよーっ!」
今度は怜のアシストなしの桜彩に、蕾華が優しくシャトルを打つ。
それを桜彩は先ほどと同様に蕾華に向かって綺麗に打ち返した。
「ふふっ、出来た! 出来たよ、怜!」
「ああ! 完璧だな!」
喜んでハイタッチを交わす二人。
しかし喜びの余り勢いの付いた桜彩は体勢を崩して怜の方に倒れ込んでしまう。
「わっ!」
「きゃっ!」
慌てて桜彩を抱きとめた怜だが、勢い余って桜彩ごと後ろへと倒れてしまった。
幸いなことに後ろは柔らかい芝生だったので体にダメージはない。
「あっ、ごめん、大丈夫?」
「ああ。後ろが芝生だったからな」
そう言って桜彩を抱えたまま立ち上がる怜。
すると桜彩がクスッと笑う。
「ふふっ」
「桜彩?」
「あ、ごめんね。こうやって友達と遊ぶってなんか新鮮だなって。でもとっても楽しい!」
「……そっか」
去年一年間、桜彩は周りの人を信じることが出来なかった。
それだけに今のこの状況を楽しく思ってくれるのは怜も嬉しい。
「それじゃあ四人でラリーやるか」
「うん! それじゃあいくよーっ!」
そして四人は仲良くラリーを楽しむ。
そのまましばらくラリーを楽しんだところで小休憩を入れる。
「サーヤ凄い! もう打てるようになってる」
「ホントだ。さやっちマジで未経験者かよ」
やはり蕾華の言った通り、桜彩の運動神経は良い方だ。
普通にラリーが成立している。
「ありがとうございます。怜の教え方が上手だったからですよ」
「いや、初めてでここまで上手にプレイ出来るのは凄いぞ」
「それを含めて怜のおかげだよ」
「いや、桜彩が凄いんだって」
お互いに褒め合う二人。
陸翔と蕾華は見ているだけでお腹がいっぱいだ。
「はいはい。褒め合うのはそれくらいにして、ラリーの方再開しよ?」
「だな」
このままでは埒が明かない為、微笑ましく見ていた二人がそう提案する。
「そ、そうだな」
「は、はい」
慌てて顔を赤くした怜と桜彩。
四人で広がって場を作る。
「それじゃあ行くよ、サーヤ! それっ!」
「わわっ、えいっ!」
「おー、上手上手!」
「わっ、ごめんなさいっ!」
「気にすんなって、怜!」
「おう!」
たまに桜彩が打ち損ねても、皆がシャトルを上手に拾って打ち上げる。
そんな感じで四人はバドミントンを楽しんだ。




