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堕落

「…………」


 帝都クリスト。

 人類最後の要となったそこで、ヨアヒムは暗い顔で廊下を歩いていた。


「……ん」

「……あっ」


 そんな彼の前に、天光が鉢合わせる。

 二人はその場から動けず、ただ黙って床や壁を見ていた。


「……あの」


 最初に口火をきったのは天光だった。

 彼女は申し訳無さそうにヨアヒムを見る。


「この前は……すいませんでした。私が遅れていなければ」


 天光はそう言って頭を下げた。

 そんな彼女に、ヨアヒムは静かに頭を振る。


「……シャーロットの事は、あなたのせいではない。だから、頭を上げてくれ」

「しかし……」

「いいんだ。今回奴はシャーロットを狙っていた。故に此度の結果も奴の計画通りだったのだろう……それに、まだ遺体が見つかってないのが希望だ。もしかしたら逃げおおせて、どこかで息を潜めているのかもしれない」

「ええ、そう願います……それと、確かシャーロットさんに付き従っていた兵士も姿を消しているんですよね。確か……」

「ハロルドか。確かに彼の姿も見えない。おそらくは先の戦場で……」

「……やはり、私がもっと頑張っていれば」

「だから、気にすることはない。あなたはベストを尽くした」

「…………」


 そこで二人の会話は一旦途切れた。

 気まずい沈黙が、二人を包む。

 天光は負い目を感じていた。多くの兵を差し向けられたとは言え、自分が手間取ったせいでシャーロットは富皇にやられたのだと。

 そう思っていたからである。

 またヨアヒムも無念に思っていた。

 あのときの判断は間違いなく正しかったと言える。

 だが、他にも手があったかもしれないと、彼は今でも思っているのだ。

 故に二人は後悔を胸に懐き、相手に顔を見せられないと思っていたのだ。


「……そういえば、ヨアヒムさんは次にブルーメ領へ出兵なさるのでしたね」


 天光が話題を変えるように突然言う。

 今の重苦しい空気を少しでも変えようと思い、発した言葉だった。


「ああ。そういう天光はガイスラー領だったな。敵はあの街道で見たようにさらなる未知の兵器を使ってきていると聞く。我ら勇者が、奮戦せねばな」

「ええ……しかし、戦車や戦闘機を動かす燃料を一体どこから……奉政の力で石油の掘り当てられる場所を探し出しているのか? ありえる……奉政と淀美ならばその手の知識に関しても詳しいはずだ。まったく、あなどれないな……」

「天光?」

「いや、なんでもありません。ただ、敵の兵器は着実に進化しています。油断は禁物ですよ」

「ああ、分かっている。その言葉、そちらに返すよ」


 こうしてその言葉を最後にそれぞれ別れていった。そうして、自分達の戦うべき戦場へと向かっていくのであった。



 ――ガイスラー領。

 帝国でも二番目に大きな領地のそこでは、数多くの兵士が奮闘していた。

 しかし、迫りくる魔族の攻勢に押され気味なのも確かであった。

 それは、魔軍が新たな兵器を使い始めていることに加え、新たな魔族が侵攻に加わっているのも合った。

 例えば、スライム。


「ちっ、こいつ剣で切れないぞ!?」

「ぎゃあああああっ! 腕が、腕が溶けるぅっ!?」


 スライムは普通の剣や槍と言った攻撃の通りが悪く、捕食した人間を溶かしていっていた。

 それは魔軍の新たな尖兵として十分な働きをしていた。

 また、例えばタイタン。


「なんてデカさだ……!? あんなのこっちが踏み潰されちまう!」

「え、ええい! 怯むなぁ! 突撃ーっ!」


 巨人族の最上位種であるタイタンは、腕を振るうだけで十人以上の兵をなぎ倒し、進んでいった。

 肉体も頑強で、生半可な攻撃ではタイタンの侵攻を防ぐことはできなかった。

 更にそこに、近代兵器で武装した魔族達が加わる。


「ぐわっ!? なんだあの筒は!? 爆発魔法か!?」

「あんな小さな兵器で、砦の門が……!?」


 あるオークには、対戦車兵器――RPG7が持たされ、それによって人類の砦を攻撃し、


「ぐわああああああああっ!?」

「ち、近づくことすらできん……今までのやつらの武器とは段違いだぞ!?」


 あるスケルトンには、機関銃――M60が持たされ、掃射によって兵士達を近づけさせすらしなかった。

 魔軍は、更に人類には太刀打ちできないほどの軍備を重ねていた。

 そしてそんな戦場で、彼女らは再び出会った。


「であああああああああああああああああああああっ!」

「フフフフフ! おいで、おいで天光さん! 私を楽しませて!」


 天光と、富皇である。

 二人は戦場の真ん中で激しい戦いを繰り広げていた。


「せいやああああああああああっ!」

「ふふふふふふふふふふふふふふ」


 天光の目にも留まらぬ早業で繰り出される数々の攻撃。

 それをさばいていく富皇。

 二人の戦いは、人類はおろか、軍備を整えた魔族ですら立ち入れぬ戦いとなっていた。


「貴様をここで倒すっ! そうしてこの戦争を終わらせるっ!」

「あら、それはいい意気込みね。でも、この戦争を終わらせるなんて、無理無理」

「なんだとっ!?」


 腕と腕をぶつかり合わせ、鍔迫り合いのようになりながら話す二人。

 だが、表情は天光が怒りに満ちているのに対し、富皇は喜びに満ちているという、対極な表情であった。


「だって、悪意はどんどんと増えているんですもの……この前だって、新しい手駒が増えたのだし。あなた達にとっては、裏切り者になる、ね」

「新しい手駒……裏切り者、だと!?」


 そこで天光は一旦富皇から距離を取る。そして、数メートルほど離れた位置から富皇を睨みながら、聞く。


「どうこうことだ、新しい手駒とは……!」

「文字通りの意味よ。私はこの前、新しいおもちゃを手に入れたから、それを自分好みにいじった、という話よ。そう、あなたもよく知る、彼女よ――」


 そう言い、富皇は不快な笑みを天光に見せた。



「そんな……嘘、だろ……?」


 ブルーメ領の戦場で、ヨアヒムは言葉を失っていた。

 目の前の光景が信じられなかったから。

 幻覚か何かだと思いたかったから。

 だけれど、いくら目をこすっても、何度まじまじと見ても、目の前の光景は決して変わらなかった。


「はははははは……! さあ、死になさい! 魔王様のために!」


 そこには、彼女がいた。

 兄妹のように育った、もう失われたと思った、彼女がいた。

 シャーロットが、そこにいたのだ。


「何をやっているんだ……シャーロット!!」


 人を、兵を、民を、殺している姿で。


「ああ、ヨアヒム……ひさしぶりねぇ、いや、そうでもないのかしら? まあどうでもいいわ……さあ、あなたも死になさい。魔王様のために!」


 シャーロットはボロボロの局部だけが隠れている茨のような形をした黒い鎧をまといながら、いびつな形をした大剣を向けて、ヨアヒムにそう言った。


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