表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/42

魔王対勇者

「遊ぶ……ですって?」


 富皇と対峙したシャーロットは富皇の言葉に対し軽蔑の目で見た。


「戦争をおもちゃみたいに……! 人の命はあなたなんかのおもちゃじゃない! あなたはここで討つ、そして平和な世界を取り戻してみせる!」

「へぇ? それは楽しみね。できれば、だけれど」

「減らず口をっ!」


 挑発する富皇に、シャーロットは飛びかかった。

 瞬間で距離を詰めるシャーロットの得意技、瞬間移動で、である。

 シャーロットは富皇に肉薄するほどの距離へ移動すると手に持っていた大剣を横薙ぎした。


「でいやっ!」

「おっと」


 しかし、それを富皇は避ける。

 上体を反らしてギリギリの距離で。

 だがそれは想定内。

 今度は斜めに斬りかかる。


「はっ!」


 しかしそれも避けられる。

 さらに続いて反対方向に斜めに斬るもまたも避けられる。

 三回連続で避けられたところで、シャーロットは急に飛び退いた。

 富皇の右手に拳銃――M1911が握られており、その照準が自分を狙っていることが分かったからである。

 シャーロットが退くと、彼女のいたところを銃弾が通った。

 間一髪である。


「おお、避けられた」


 一方で、だいぶ無理のある体制から射撃したにも関わらず富皇は余裕しゃくしゃくと言った様子であった。


「その余裕がいつまで続くかしらね」

「ふふっ、あなたに私の余裕を奪えるかしら?」

「上等っ!」


 再び瞬間移動で距離を詰め斬りかかるシャーロット。

 その剣戟を避けながら右手のM1911と更に左手に構えた拳銃――ルガーP08で白兵戦の距離で射撃する富皇。

 ふたりともギリギリのところで攻撃をし、ギリギリのところで避けるという、もし観戦者がいれば手に汗を握っているであろう戦いを繰り広げた。


「ふんせいっ! でぃやっ!」


 シャーロットが瞬間移動で瞬時に三方向から斬ろうと、


「おおっと! ちょっとひやひやしたわねぇ」


 富皇はそれを難なくかわし、


「それそれそれっ!」


 富皇が銃口が接するぐらいの距離で発砲しても、


「甘いっ!」


 シャーロットはそれを見切り銃弾を避ける。


「そこっ!」


 シャーロットが富皇のリロードの隙をついて攻撃する。


「おっと危ない!」


 だが富皇はリロードをしながらも体をくねらせ剣を避けていく。

 彼女の動きはまるで得体のしれない存在の不気味な踊りのようであった。

 シャーロットの剣は冴え渡っているのに、まったく当たらない。

 まるで垂れた布に剣を奮っているかのようである。

 剣をいくら振るえど、その風圧で、そのしなやかさで布が切れないかのように、富皇の体に刃を届かせることができない。

 対して富皇もまたシャーロットに弾丸を当てられずにいた。

 富皇の白兵戦での距離で避けながら撃つ動作は完璧と言ってもいいほどだった。

 だが、その射撃をすべてシャーロットは回避した。

 それは彼女の天賦の才が為す技であった。

 シャーロットの、英雄の末裔としての戦闘の才能が遺憾なく発揮されているのである。

 相手はここを狙ってくる。ゆえにここで避ける。

 といった行動を思考なしにほぼ反射で瞬時にやってのけているのだ。

 それゆえ、シャーロットには弾丸が当たらなかった。

 いつまでも続くかと思われていた二人の戦い。

 だが、それは唐突に終わりを迎えた。


「はあ……飽きたわね」

「は!?」


 戦いながらの富皇の突然の言葉に、シャーロットは驚く。

 その驚きが一瞬の隙となった。


「ぐっ!?」


 富皇はその隙を逃さなかった。

 が、彼女が取ったのは射撃ではなく、蹴りであった。

 シャーロットは腹部を蹴られ後ろに大きく下がってしまった。


「あなた、一体どういうつもり……!? 今のはあなたのその武器で私を貫けたかも知れないチャンスだったのよ!?」

「だから飽きたのよ。あなたとの戦い。最初はとても血湧き肉躍る感じだったけど、同じことの繰り返しだとちょっとねぇ……私、飽きっぽい性分なの」

「何を……戯言をっ――」


 シャーロットは激昂し、再び富皇に斬りかかろうとした、そのときだった。


「はぁい! あれを見なさい!」


 富皇が楽しげな声で先程までシャーロットがいた砦のある坂のほうを指し示した。


「っ!?」


 指された方を見てシャーロットはまたも驚愕する。

 そこには、多くの民間人と教国軍の兵士が鎖で縛られ捕まって横一列に並べられている姿があったのだ。

 更に、その両脇には二人の仮面をつけた女――淀美と奉政がいた。


「なんで私の仲間と民達が……それに、更に二人の魔王……!?」

「なぜ? そんなの簡単よ。ほら、よく見てみなさい。あなたの守ろうとした街を……」

「……えっ!?」


 シャーロットは首都ユディアの方へと目をやる。

 すると、彼女はそこで見たのだ。街の各所から火の手があがっているのを。

 父のいるはずの王城から煙が立ち上り、尖塔が崩れ落ちていく姿を。


「一体……どういう……こと……!?」

「簡単よ。あなた達が主力と思って戦っていた敵は、ただの陽動部隊だったの。別働隊が、もうちゃっかり首都を落としていたのでしたー!」


 富皇がウィンクしながら言う。その姿はとても茶目っ気があり、そしておぞましかった。


「だから言ったでしょ? これはお遊びだって。この地形を見て私達があなた達人類の作戦に気づかないとでも思った? 本気でそんな砦を攻め落とせないとでも思った? 思っていたのならおめでたいわねぇ。そんなわけないでしょうに」

「あなたよくも……! くっ、落ち着け、今は目の前の人質の救援をっ……!」


 シャーロットは捕まった人々を助けようと瞬間移動する。

 だが――


「くっ……!」


 距離が開きすぎているためか一回の瞬間移動では届かなかった。そして彼女が次の瞬間移動をしようとしたそのとき――


 ――パァン!


「っ!?!?」


 一人の民間人の頭が、淀美によって吹き飛ばされたのだ。


「おっ、お前ええええええええええええええっ!」


 激情にかられ叫ぶシャーロット。

 だが、彼女が次の瞬間移動をすることはできなかった。


「うぐっ!?」


 体にとてつもない重圧がかかったからである。

 よく見ると、シャーロットの足元には魔法陣が描かれ、そこから紫色の光が発せられていた。


「あなたの瞬間移動はおよそ一回で一五メートルが限界なのは、あなたがこの前撤退するときに既に把握していたわ。そして、あなたと私から人質までの距離はおよそ三十一メートル。ギリギリ二回のジャンプでも間に合わないわねぇ」

「更に、貴様に魔族の中でも選りすぐりの魔術師による束縛魔法をかけさせてもらった。もはや指の一本も動かせまい」


 両手を合わせて嬉しそうに言う富皇の後に奉政が冷たく言った。

 そしてまたその次の瞬間――


 ――パァン! パァン! パァン!


 またも人質の頭が淀美によって吹き飛ばされた。さらにそれだけでなく、シャーロットの左右の足の太ももが銃弾によって撃ち抜かれる。


「あああっ……!?」

「おっと下手にまた気力を振り絞って飛ぼうとするなよ? 束縛魔法がかけられているとはいえ、瞬間移動できないわけじゃないだろうからな。もししようとすれば、またこうやって人質の頭が飛ぶぞ?」

「ぐううううっ……!?」


 淀美の言葉に、シャーロットは苦しげな声を上げる。

 それは束縛されているからではなく、また銃撃の痛みによるものでもなく、今の自分が完全に敗北していることへの苦しみの声であった。


「さあどうするのかしら勇者さん? 少しでも動けばあなたの大切な人質は死に、更にあなたの守ろうとしていた都も落ちた。もうあなたには何も残されていない。もう、何も」

「何も……ですって……」

「ええそうよ。守るべきものを守れず、倒すべき相手も倒せず、残ったのはただの一人の少女だけ。そんなあなたが生きているのは、ひとえに私があなたを殺していないから。ただそれだけ。命すら自分の身で守れないあなたが、もし何かしようとするなら他人の命を対価にしてしまうあなたが、どんな行動を取るか私、気になるの」

「私の行動で、みんなの命が……」


 シャーロットは人質の方を見る。

 そこには、恐怖で顔をぐちゃぐちゃにした民間人や、覚悟してぎゅっと目を瞑る兵士の姿があった。


「助けてぇ! 助けてくれぇ勇者様ぁ!」

「死にたくないよぉ! 死にたくないよぉ!」

「私のことはいいんです……魔王を、魔王を倒してください勇者様……!」


 それぞれの身勝手とも言える願いがシャーロットにのしかかっていく。彼ら彼女らの言葉を聞くたびに、シャーロットは束縛魔法以上の拘束感を心で味わっていく。

 どろどろと両足から血を流しながら、味わっていく。


「ああそうだ。せっかくだし良いことを教えましょう。私達魔族がどうやって増えるのか、そして次はどうするのか?」

「なん、ですって……?」


 シャーロットが顔に玉のような汗を流しながらも目を見開く。

 一方で、奉政が渋い顔をする。


「おい、宇喜多氏……余計な事を……」

「いいのよ。こうすれば更に面白くなると思うから。いい、私達魔族はあなた達人間の恐れの感情によって増え、強くなるの。つまり、私達はどんどん強くなるってこと。それで、そうねぇ……次なんだけど、今度はソブゴ王国でも攻めようと思ってるわ。これは、私の完全な気分ってだけだけど」


 富皇の言葉に頭を抱える奉政。苦笑いする淀美。言葉を失うシャーロット。

 そして、相変わらずニタニタと笑っている富皇。


「さあ、情報を上げたわよ。どうする? ここで私にもうどうしようもない戦いを挑むか、それとも、人質を救うために命を使うか。はたまた、情報を持って逃げ帰るか」

「逃げ……帰る……?」

「そうよ。あなたならできるでしょう? 束縛されていても瞬間移動は使えるでしょう。人質の命をすべて消費すれば、ここから逃げられるでしょう。それがきっと、最も賢い選択でしょう」

「そんな……私が、そんなこと……!」

「勇者様……!」


 そのとき、人質の中から声がした。一人の兵士の声であった。


「ここは情報を持ってお逃げください……! もうスピリ教国はダメです! ですが、勇者様さえ生き残れば復興もできましょう! この不愉快な魔族達に反撃できましょう! だから……!」

「そ、そんな……!?」

「そ、そうです……」


 震え声になるシャーロットに、もっと震えた声が上がってきた。他の人質だった。


「死ぬのは怖いけど……でも、この卑怯な奴らに勝てるなら……!」

「……勇者様、逃げてえええええええええええええええっ!」

「み、みんな……」

「さあ、どうする? どうする? 英雄の末裔、今世の勇者、法王の娘、シャーロット・フルブルック! さあ! さあ! さあ!」


 まくし立て決断を迫る富皇。

 そんな中、シャーロットの出した答えとは――


「……うっ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 シャーロットはその場から瞬間移動をして、逃げた。

 逃げ出したのだ。

 民を、兵士を置いて、逃げ出したのだ。


「……くく、くっくくく、あっはははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 富皇は笑った。腹から笑った。逃げゆくシャーロットを見て、破顔した。


「逃げた逃げた! 勇者が逃げた! 人類の希望の勇者が逃げたぁ! はっははははははははははははははは!」

「はぁ……」


 ゲラゲラと笑う富皇に対し、奉政が溜息をついた。


「まったく……これでよかったのか? やはり、あそこで仕留めておいたほうが……」

「いいのよ。勇者が逃げたとなれば、より人々は恐れを抱くでしょうし。それに何より、面白い。くくく……!」

「はぁ……まあ、宇喜多氏が満足ならそれでいい」

「そうね。あ、もう憑依を説いていいわよ、ご苦労シェイド」


 富皇がそう言うと、人質達から黒い影が抜けていった。そして、人質達は叫ぶ。


「いやだああああああああああああああああああ! 死にたくないいいいいいい!」

「勇者のアマああああああああああああ! 逃げやがってふざけるなぁあああああ!」

「うえええええええええええええん! ママああああああああああああっ!」


 悲鳴を。怒りを。恐怖を。叫びに叫んだ。


「あ、あとはいいわよ淀美さん。みんな殺しちゃって」

「はいよっ」


 そうして乾いた音が次々と鳴り響く。

 リベゴッツに誇る宗教国家スピリ教国は、こうして魔族の手によって陥落した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ