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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
67/239

台湾到着

寄り道ばかりですみません。

『』は基本的に外国語や松陰らには理解出来ない言葉です。


 『よし、今日も良く獲れたな!』

 『と、父ちゃん!』

 『どうした?』

 『あれ!』


 父親は息子の指差す方向を見た。

 そこには帆を大きく膨らませて進む船があり、こちらに近づいて来る様だった。

 父親は漁の手を止め、警戒してその船を注視した。

 最近は異国の船も付近の海を走り回っている。

 彼らに何かをする訳ではないが、注意するに越した事は無い。

 すると、シャンシャンといった音が聞こえ始め、のんびりとした陽気な歌声が響いてきた。

 聞いた事が無いのに、何故か懐かしさを覚える旋律が波の間を漂い、親子の小舟を揺らす。

 ついには互いの声が届く距離にまでなった。

 すると、


 『アミの方ですか? 水と食べ物を分けてもらえませんか?』


 見知らぬ船から、驚く事にアミの言葉で話しかけてくる。


 アミ人とは台湾東南部に住む原住民の一つで、沿岸部の集落では漁を、平野部では農業を行って自給自足の生活をしていた。

 台湾の原住民の中では最大の人口を擁する民族である。

 

 台湾の原住民は30もの民族に分かれ、互いに言葉は通じない。

 首狩の風習が残っている民族も多く、互いが互いを警戒し、交流も少なかったらしい。

 主に平野部に住むアミ人は、米や豚を育てており、食べ物には恵まれ、それもあってか歌と踊りを愛する割合に平和な民族であった。

 



 「台湾に着いたいわん!」

 「何でごわすか?」

 「……すみません、何でもないです……。」


 真っ先に台湾の地を踏んだ松陰は到着の喜びを表したのだが、残念ながら隆盛には通じなかったようだ。


 「ここいら一帯はアミの村さー。アミは首狩もしないから安心さー。」


 石垣島から来てくれた喜助が、のんびりとした口調で言う。

 那覇で雇った清国通訳のりゅうもいるが、台湾には詳しくない。

 一行は琉球本島、宮古島、石垣島と、それぞれの補給地で儀右衛門のからくり人形を披露し、盛大な喝采を浴び、人々の好意で食料などを手に入れていた。

 石垣島で最後の補給をした際、台湾に寄ってから中国を目指すという一行に、台湾に行くなら案内すると言ってくれたのが喜助である。

 漁で台湾近辺まで出ていたし、嵐を避けて台湾に足を踏み入れた事もあったのだ。

 その際助けてくれたのがアミ人で、ある程度の言葉も覚えたという。

 大変ありがたいが、帰りはどうする? との質問には、帰る時で構わないと言う。

 予定のない計画で進んでいるという松陰に、なんくるないさーと笑う喜助。

 大らかというのか、流石である。

 

 その喜助によると、アミ人は首狩の風習を早くに無くしたらしい。

 清の通訳である劉の説明によれば、山間部に住む民族の中には未だに首狩の風習を持つ者らもあり、西側平野部に住む漢人がその被害に遭う事件も多発しているらしい。

 伝聞に過ぎないが、蛮族が跋扈するのが台湾の山間部だと劉は言う。




 「松陰先生、台湾って大きい島ですね!」

 「そうですね。確か九州くらいはありますよ。」

 「九州ですか?! それは凄いです!」


 帯刀が台湾の大きさに興奮している。

 八重山諸島から海原を進み、徐々に見えてきた台湾。

 その大きさに驚いていたが、まさか九州程もあろうとは。

 帯刀は好奇心で目をキラキラさせながら、初めての異国の地を力強く踏みしめた。

 

 途中で出会った漁師の親子は元より、付近で漁をしていたアミ人にも手伝ってもらって陸へと上がった一行。

 休憩と水や食料、出来れば酒類の補給も兼ね、荷物も降ろす。

 言葉は通じないが、からくり人形ならここでも理解されるだろうと思っての事だ。


 「やっと陸でござるか!」

 「待ちかねたねぇ。途中で波が高くなってからは気が気ではなかったねぇ。」 

 「危なかったです……。」


 亦介らは酔いで沈んだ顔ながら、その喜びを表す。


 「松陰殿! ここからは台湾をよく知る為に、歩いて行くというのはどうでござろう? 拙者、台湾を良く見たいわん!」

 「それがいいぜ、松陰さん。オイラも台湾を知りたいわん!」 

 「それは名案ですね! 私も賛成です、た、たいわん?」

 「蔵六さん、無理に合わせなくても……。」


 船酔い組が徒歩を主張する。

 石垣島までは順調な航海だったが、それからは少し荒れたのだ。

 従って、これ以上の船は勘弁なのだろう。

 しかし、松陰はそれに難色を示す。


 「台湾を見物に来たのではないのですよ? 目的地は清国なのですから、どうせもう一度船に乗ります。それに、台湾には厄介な病気がありますので徒歩は危険だと思います。更に、喜助さんと劉さんが言うには、首を狩る危険な部族もいるらしいですし、体を休め、水を補給したら船で進むべきです!」

 

 当時の台湾では、現代でも多くの死者数を出しているマラリアや赤痢といった熱帯病が蔓延していた。

 知りもしない島を闇雲に歩き回るのは危険である。

 海に近い沿岸部は比較的少ないだろうが、山間部となるとどんな風土病があるかわからない。


 松陰らが到着したのは台湾の東海岸である。

 台湾西側から対岸の中国大陸までは約150キロメートル程であるが、船に乗らねば行く事は出来ない。

 その港までは、徒歩であれば、台湾を南北に縦断する山間部を抜けねば到達出来ないのだ。

   

 しかし、その松陰の言葉に敢然と反対する亦介ら。


 「それより危険なのは拙者らの貞操でござる!」

 「そうだぜ! 言いたかぁねぇが、薩摩藩士は危険だぜ!」

 「わ、私なんて、お尻を! お尻を、う、うぅぅ」

 

 三人が口々に叫んだ。

 その目は真剣そのもの、鬼気迫るものがある。

 蔵六などは涙ぐんでさえいた。

 一体何をされたのだ? と松陰は唖然として三人を眺めた。

 


 女との関係を汚れたモノと見なし。衆道が称揚されていた薩摩藩。

 船に乗れば否応無くその行為は制限される。

 更に長州藩士という余所者がいる中で、徐々に不満が溜まっていたのかもしれない。

 酒で欲を紛らわせていたが、限度がある。

 途中の琉球本島では発散(どうやってかは不明)できたが、それから一週間は経つ。

 石垣島を出てから船が揺れ、床に伏せて苦しんでいた三人。

 無防備な三人を見て、善からぬ事を考えた者がいたのだろうか…… 


 「ねえ、お菊お姉ちゃん、ていそうってなーに?」

 「えーと、そうやね、武士として、男として何としても守らんといけん大切なモノ、やないかなぁ。」

 「ふーん。」

 「スズには少し早いですね。」


 良く分かっていないスズに千代が言った。


 「千代お姉ちゃんは知ってるの?」

 「それは勿論、武家の娘としての心構えを受けましたから。」

 「ふーん。」


 やはり良く分かっていないスズである。

 6歳ながらしっかりした帯刀とは違い、幾分幼さの残るスズだが、それも生まれた立場の違いであろうか。



 

 『これが台湾か! 広いな!』 

 『松陰の話だと、九州くらいあるらしい。』

 『何?! それにしては碌に村も見えなかったぞ?』

 『島の東側は山ばかりで人が少ないらしい。』

 『成程。確かに山ばかりで兵を養えそうにないな。』

 『これでは占領しようにも、すぐ山に逃げられてしまうな。』


 薩摩隼人が方言丸出しで話している。

 順番を待ち、未だに船の上だが、用心して薩摩弁を使う。

 尤も、早口であるし、もし聞こえたとしても松陰らには理解出来ないだろうが……


 攻めるのは容易か、守るに適しているか。

 自然を見るに、戦を基準にするのが薩摩流であろうか?


 『しかし九州の大きさか! この島を薩摩の物に出来れば素晴らしいな!』

 『本当にな。』


 薩摩藩より何倍も大きい台湾島。

 九州の広さに匹敵するこの土地を支配できれば、薩摩藩の力は幕府を上回るかもしれない。 

 それを思い、込み上げてくる笑いを堪える事が出来ない彼ら。


 『西郷には黙っておけよ? 奴は人が良いからな。』

 『わかっておる。この島を支配するのは薩摩モンだけでいい。』

 『『くっくっく』』


 薩摩隼人らがその謀を巡らせる。


 この当時、台湾には原住民が凡そ17万人、漢人が290万人くらい住んでいた様である。

 九州の面積の島に約310万の人口。

 幕末の九州の人口が約400万人であるので、同じ様なものだが、台湾の場合はそれが島の西側平野部に集中している。

 台湾の人口を知らない彼ら。

 東部を見て台湾を判断するのは早いが、彼らには余計な事かもしれない。

 それにしても無謀すぎる気がしないでもないが……




 「オイ達も歩いて行くのに賛成だ。」


 一旦船から降り、早々に忠蔵(弥九郎に負けた男)が言う。

 忠蔵は薩摩藩士のまとめ役である。

 彼の胸のうちには、台湾を将来的に支配する為にも、実際に歩いて見なければわかるまい、との思いがあった。

 それに、首狩族という輩にも興味はある。

 どれ程の者か、という好奇心だ。

 

 生憎、台湾原住民の首狩は、草むらに隠れて背後から弓などで仕留め、最後に首を狩る、といった類であったらしい。

 しかも、関係の無い部族を襲ったりといった行いであったらしい。

 残念ながら、日本最強の首狩族、薩摩隼人を満足させる事はないだろう。

 尤も、山間部での戦闘能力は高く、太平洋戦争に日本兵として従軍した高砂義勇隊の、南洋密林での戦功は名高い。


 それは兎も角、薩摩藩士までが徒歩を言い出し、困る松陰。

 どうしたものかと悩んでいると、突然の風が辺りに吹き荒れた。

 すると、風にあおられ、いかりを下ろした船が揺れ、横に流される。

 

 『そっちは岩が隠れているぞ!』


 アミの者が何か叫んだが時既に遅し。

 喜助の通訳も間に合わず、


 「『あ!』」

 

 皆が船を見つめる中、ガコッという鈍い音が辺りに響く。

 海面に隠れた岩に船底をぶつけたのだろう。

 そこから亀裂が走ったらしく、瞬く間に海水が染み出し、船は半分沈んでしまった。

 船大工もいないここでは修理は無理だろう。

 アミ人が使っている舟は、丸太をくり貫いて作った舟である。

 彼らにも修理は出来ない。

 

 皆が呆然として船を見る中、松陰がポツリと呟いた。


 「これでは、歩いて行く以外、方法が無くなりましたね……。」


 そんな中、良かったと、心より安堵の溜息を漏らした亦介らであった。


 「酒がまだ残っているぞ!!」


 我に返り、叫ぶ薩摩隼人。

 必死の思いで残りの荷を掻き出し、全て陸へと上げてしまう。

 大抵の物は樽に入れて保管していたので、駄目になった物は無い様であった。


 松陰らの荷物は先に全て下ろしている。

 浜を見ると、何故か鎧などまで置かれていた。

 戦の見学に来ただけなのに、参加するつもりなのであろうか?

 松陰は顔を顰めて鎧を見つめた。




 アミ人には儀右衛門謹製の弓曳童子が大人気であった。

 『すげぇ!』『なんで??』『人形が弓を引いてる!』

 松陰らには言葉の意味はわからなかったが、好奇心に溢れた子供達の顔を見ていれば、大よその事はわかる。

 大人達も初めて見るからくり人形に大興奮で、一緒に提供された焼酎をあおり、共にひとときの宴を楽しんだ。

 からくり人形のお返しにアミは自慢の歌と踊りを披露し、それに合わせて喜助の三線さんしんが響く。

 アミの娘が松陰らの手を引き、彼らの踊りを教えた。

 ぎこちない動きの松陰らに、宴を囲む大人達の笑いがこだまする。


 やがて台湾を”繁栄の弧”の一端に加えようと目論む松陰らにとって、初めて遭遇した部族がアミ人であったのは幸いであったのかもしれない。

 史実では、1871年、遭難して台湾に漂着した宮古島の民69人が、3人は到着時に溺死し、54人が島を横断中にパイワン人に殺されてしまうという事件が起きている。

 12人はどうにか漢人の有力者に助けられ、日本へと帰る事が出来たのだが、この事件をきっかけとして日本の台湾侵略が始まるのだ。

 

 もし彼らが台湾の原住民に助けられ、無事に帰国出来ていたならば、日本と台湾の歴史は違った展開を見せていたのだろうか?

 それとも、侵略は規定路線であり、別の理由を見つけていただけだろうか?

 親日国として知られる台湾も、清から日本へと割譲された当初は激しい抵抗運動が起こり、各地で武力衝突が起きている。

 日本は力で押さえつけ、徹底的に弾圧したのだ。

 教育やインフラの整備も行っているが、それは支配を確実にする為に過ぎない。


 思いやり、おもてなしの心といった美辞麗句で己を賞賛する事も多い日本人も、たった100年前には他民族を見下し、暴力で押さえつけ、富を収奪して恥じなかったのだ。

 またその意識は、今日も自国民の中で発揮されているのかもしれない。

 陰湿で冷酷な一面は、己の中にもあると確かに実感する。


アミ人の首狩の風習が、いつ頃無くなったのかはわかりませんでした。

タイヤル、パイワン人には長く残っていた様です。

断片的な知識で適当に描いておりますので、不適切な部分があるかもしれません。

そんな知識で民族的な風習などを描くな、というご意見もあるかと思います。

分かっていながら進めます。申し訳ありません。


蔵六さんの貞操は守られています。ご心配なく。


当時の石垣島の人の名前が、喜助といった日本人然としたものであったかわかりません。

言葉も理解が及ばず、沖縄っぽい話し方となっております。


日本人は、というのか自分にも言えますが、外面はいい。

他人にはいい格好をしたがる。

そのくせ、身内には厳しい。

台湾や東南アジアの各国も、支配したが故に厳しくなったのかな、とも思います。

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