73 ベルナール・エルファレスの悔恨
僕がその話を聞いたのは、事件が起きた翌日のことだった。
通信の魔道具で聞かされた僕は、動揺する心を落ち着けながらなんとかラシダとジュン、クローディーの三人にリビオを連れて転送陣を使って戻るよう指示を出した。
転送陣のステーションには僕のほうから話をつけておいたので、みんながエルファレス家へと戻ってきたのは事件から二日後。
果てしなく長く感じる二日間だった。
僕だけでなく、カミーユとオリドもヤキモキしながら彼らの帰りを待った。
二日後、門扉の前で待つ僕を目にした途端、リビオがじわじわと目に涙を溜めながら駆け寄ってきたのでギュッと抱き止める。
「う、ぅ、父さ……ごめ、ごめんなさい……俺、俺……っ!」
「落ち着きなさい、リビオ。大丈夫だから」
「でもっ、俺、ルージュを助けられな……っ!!」
僕にしがみ付いている内に号泣し始めたリビオは酷く混乱しているようだった。
通信で聞いた話によると、リビオは目の前でルージュが攫われていくのを見たらしいから悔しい気持ちは痛いほどわかる。
父として息子をこのまま抱き締め、慰めてやりたいところだったが、まずは詳しい話をみんなから聞かなければならない。
僕は駆け寄ってきたオリドとカミーユにリビオを任せると、暗い顔をしたラシダ、クローディー、ジュンの三人を屋敷内の応接室へと案内した。
応接室の扉を閉めると、三人はソファーに座ることなく立ったまま深々と頭を下げてきた。
まぁ、そうするだろうことは予想していたけれど……普段はそういうタイプでもないジュンやラシダまで頭を下げてくるとはね。
僕は黙って腕を組み、頭を下げる三人を見つめた。
「全てあたしの責任にゃ。ルージュの安全を第一にしたからこそ、あたしがチームを組んでいたはずだったのに。離れるべきじゃなかった。本当にごめんにゃさい」
「いや、それを言うなら俺たちだって同じ」
「……そうだよ。ボクだって」
正直なところ、僕は三人のせいだとは思っていない。僕以外が暗黒騎士を相手にできるとは思っていなかったからね。
それならなぜ護衛をつけたのかといえば、危機感を持ってほしかったからに他ならない。ルージュにも、ジュンやクローディーにもね。
まず遭遇しないこと。これが第一だった。遭遇してしまった時、近くに僕がいなければこうなるだろうことは予想できた。
悔しいのは僕だって同じ。この五年間、怪しい気配を感じなかったからといって、警戒を緩めたつもりはなかったけれど、心のどこかに油断があったからこそこうなったのだと思う。
誰の責任かと言われたら、それは間違いなく保護者である僕の責任だ。決して彼らではないが、言って聞くような者たちじゃないね。
「君たちの謝罪は受け取ったよ。けれど僕から下手なフォローはしない。悔しさをしっかりと胸に刻んでおいてくれ」
結局のところ、どうして今回の事件に繋がったのかというと、予想だにしていなかったイレギュラーが発生したからだ。
洞窟内でこの三人が離れても大丈夫だと判断したのなら、本当にリビオやルージュの向かう先に大きな問題はなかったのだろう。
特にラシダは斥候だ。その判断は信用できる。
最大の誤算は、そんな一流の彼らの目を搔い潜れるほどの魔法使いが相手側にいたということだ。
力を隠そうともせず、むしろ誇示したがる魔族ではないだろう。奴らは気配を消そうとしても独特の魔力がどうしても溢れ出てしまう生き物だから。
敵側に人族がいる。それも腕利きの魔法使いが。
思考に耽ったことで黙った僕に対し、三人はますます罪悪感に襲われたのか改めて頭を下げてきた。
「リビオにも、深い心の傷を負わせてしまったにゃ。目の前で大事な妹が連れ去られて……何もすることができにゃいなんて、身を引き裂かれるより辛かっただろうに」
「ラシダ、もういい。クローディーもジュンも。反省するのはいいが、あまり自分を責めてはいけないよ」
僕も、事態が深刻だからか顔が強張っていたようだ。三人を宥めることでようやく肩の力が抜けた気がする。
そりゃあ焦りもするさ。僕だって、ルージュが連れて行かれて冷静でなんかいられない。いくら天才でも一人の人間であり、親なのだから。
でも、ここで取り乱している時間なんてないからね。
「いくら後悔しても事態は変わらない。切り替えて今後について考えようじゃないか。できるだろう?」
僕がそう切り出すと、三人はようやく顔を上げた。
みな一様に悔しそうな表情を浮かべている。
さて、リビオが言うにはルージュは自らついて行ったとのことだ。必ず戻ると僕に伝えてほしいと。情報を掴んで必ず戻ると。
それはきっと、ループの呪いを解く方法についてとみて間違いないだろう。ルージュならやってくれると信じてはいるけれど、情報をもたらす暗黒騎士が信用ならない以上はなんとも言えない。
せめて大体の居場所くらいは特定しておきたいが、僕の予想が当たっていたら……正直、厳しいだろうね。
「ベルナール。早速、あたしが気づいたことを話してもいいにゃ?」
「もちろん。聞かせてくれ」
恐らく同じ予想をしたのだろう。ラシダが真剣な眼差しで口を開いた。
ああ、心臓が嫌な音を立てている。
これは、そう。魔王との戦いに敗れたという一報を聞かされた時に似ている。
とても大事なものを失ったことを知らされる前のような。
「ジュンもクローディーも、かなり腕の立つ魔法使いにゃ。道は分かれたとはいえ、同じ洞窟という空間の、そこまで離れてもいない距離で隠蔽の魔法に誰も気づかにゃいのはおかしい」
「ああ、そこは俺も気になったな。ルージュと離れることになるのだから、特に念入りに気配は探ったはずなのだが」
「それはボクも同じだよ。実力不足だって言われたらそうかも、だけどさ。そもそも、この三人で念入りに気配を探っても見つからないほどの魔法使いなんてボクは知らないぞ!」
高度な隠蔽魔法を使える者は魔塔にもあまりいない。
得意な者はいるけれど、腕のいい魔法使いやラシダくらいの実力者が念入りに探れば簡単に見つかってしまう。そのくらい、難しい魔法でもあるからね。
その分野に特化していて、その上で長年研究し続けるほどの変人でもない限り。
そして僕は、そしてラシダも、その変人に心当たりがあった。
『本当に世の中は蛮族が多くて困るよ。最大の防御は攻撃? はっ、最大の防御は鉄壁の防御に決まってる。さらに言うなら、まず敵に見つからなければいい。その上で相手の戦力を削ぐ。これさえ極めれば、僕みたいに力のない者だって安心安全だ!』
長めの紫色の髪を掻き上げ、自信満々に同じことを何度も語っていたかつての仲間。
研究に没頭するあまり平気で何日も徹夜をするし、数カ月間一歩も外に出ないこともある引きこもり。
話を持ち掛けた時は断固拒否といった様子で、取り付く島もないほど旅に出るのを嫌がっていたけれど……最終的には引き受けてくれて、旅立つ前には僕を気遣う言葉までかけてくれたっけ。
『アンチマジックを舐めないでもらいたいね。強制的に武装解除さえしてしまえば、あいつらが魔王を簡単に倒すはずさ。ふんっ、この僕を魔王討伐の旅に送り出すんだ。ベルナールはせいぜい安全な豪邸で奥さんとお腹の中の子どもの側にいればいい』
旅に出る前から足が震えていたというのに、彼の男気には惚れたね。
だというのに、あんな結果になって。
僕は恨まれたって仕方がない……けれど。
「そんな芸当ができるヤツなんて、あたしは一人しか知らにゃい」
「ああ……そうだね。僕も同意見だ」
サイード。僕の代わりに魔王討伐の旅に出てくれた、優秀な魔法使い。
僕を恨むのは構わない。でも、人類を恨むのはやめてほしかったよ。
なぜ……どうしてそちら側に行ってしまったんだ?
『も、もう、二度と……僕の前に現れるな……っ!!』
恐怖と憎悪に満ちたあの日のサイードの紫の瞳を思い出し、僕は改めて過去の自分を呪った。




