69訓練は意味がなかったっていうの?
緊張感を漂わせながら様子を見守る。
そうしていると先行した二人の内、一人が大きく腕を振っているのが見えた。
こちらに来ても大丈夫、ということだ。みんなのホッとしたため息が漏れ、私も少しだけ肩の力を抜く。
とはいえ、油断ばかりもしていられない。まだあの人が何者なのかわからないからね。
少なくとも、あの二人の反応からして魔族ではないらしいことはわかったけど。
みんなでローブの人物に近づくと、たしかに敵意が一切ないのがわかる。
戦う気もこちらを警戒している様子もなく、とても落ち着いた状態だ。
いや、でもなんでこんなとこにいるの。微動だにしないのも変だし、不審なのに変わりはない。
「あの人は俺らよりも前に洞窟調査に来てるらしい。声は出さないが聞いたら頷いた。……帰って来なかったチームの生き残りかもしれない」
斥候の人がリーダーの下に駆け寄り、後半は特に小声で報告してきた。
なるほど。なかなかデリケートな内容だ。
ということは私たちの味方、とは思うけど……なんだろう、このモヤモヤ。スッキリしない。
じっとローブの人を観察していると、やっぱり仮面を被っていたのだということがわかった。
ローブと同じ緑と茶色が混ざった仮面で、フクロウのような魔物のような。うん、奇妙な仮面だ。
趣味が悪……と、人の趣味はそれぞれだよね、うん。でも不気味なのは間違いない。
「あ」
「ん、どうしたの、ルージュ?」
そこでようやく私はモヤモヤの正体に気づいた。
顔を覗き込んでくるリビオにそっと教える。
「この人、魔法使いだ」
「えっ、そうなのか?」
「うん。魔力を消してるからすぐに気づけなかった」
そう、魔力を完全に消している魔法使いだからモヤモヤしたのだ。
これでも私、魔法感知能力が高いからね。ふふん。
でも、魔塔では見たことない。あれほど綺麗に魔力を隠せる実力があるのに魔塔に所属していないなんて……いや、あるな。普通に可能性はある。
だって魔法使いって基本的に変人だもん。ただ、実力者の情報はないわけないよね。
私が知らないだけでジュンやクローディーなら知ってるかもしれないけど、今ここにはいない。
警戒した方がいい、直感的にそう思った私は声を上げようと口を開く。
その瞬間、急に恐ろしいほどの殺気を感じた。
「っ、なん……!」
リビオ含む数人がどうにか耐えていたけど、私のように精神力がそこまで鍛えられていない人たちはみんな地面に倒れ伏した。
殺気がまるで重さをもったかのように体に圧し掛かってくる。とてもじゃないけど立てそうになかった。
あのフクロウ仮面が何かしたのかとも思ったけど、違う。これは魔法じゃない。
いや、わかってる。この気配の正体は忘れるはずもないから。
「ノ、アール……!」
「久しいな、ルージュ」
ジャリ、と音を立ててフクロウ仮面の後ろの道から出てきたのは、二度と会いたくなかった真っ黒な鎧だった。
なんでここにいるの。
気配を隠してた……? くっ、足下に魔法陣がある。気づけなかったのは、フクロウ仮面に気を取られていたからだろう。
よく見えないけど、たぶん気配を消すような魔法陣だと思う。転移だったらもっと大きな魔力が動くから気づいたはずだし。
「暗黒騎士かっ!!」
「だめ、リビオ……!」
すぐにでも立ち向かいそうな勢いだったけど、ノアールの殺気のせいでうまく動けないようだ。
今だけはそれがありがたい。だって敵う相手じゃないもん。
「みんなを、傷付け、ないで」
「お前が、ルージュが私と共に来るならな」
それは、ループを終わらせるため? 昔言ってたよね、ループを脱するには私が必要だって。
結局のところ意味がわかんないし、私なんかがなんの役に立つかさっぱりだけど。
「ふざ、ける、なっ!!」
殺気で立ち上がることはできないけど、魔力を練ることは出来る。これまで、ずっと訓練してきたんだから!
たくさん魔力を使ってノアールに時間停止の魔法をかけてやった。
ヤツの足下に魔法陣が現れ、ヤツの体の時間だけがピタリと止まる。
「やった……!」
その瞬間、ふっと殺気も消えてみんなが身体を動かせるようになった。よ、よかった!
真っ先に駆け寄ってきたのはリビオだ。
みんなも冷や汗を流しながら一カ所に集まっている。
「ルージュ!」
「リビオ、大丈夫? ううん、それよりも今はここから逃げなきゃ。絶対にアイツには敵わないよ。私の魔法もいつまでもつか……」
「悔しいけど……そうだな。リーダー!」
リビオが声を上げると、リーダーを含めて全員が同意を示し、撤退に向けて迅速に動き出した。
さすがにあの殺気を身に受けた後だから、敵わないことは本能で察したのだろう。
逃げる間に、洞窟に来ているメンバー全員にこのことを伝えなきゃ。
でも今はノアールの時間停止に意識が向いちゃってそれどころじゃ……!
────パキン。
「え」
急に魔法が、ううん。魔力が折られた感覚がした。
ぐらりと脳が揺れて、私の身体が傾いていく。
地面に倒れ伏す直前、誰かが私の身体を乱暴に抱え上げた。
味方じゃない。
見上げた先にあるのは、フクロウ仮面だった。
「ルージュ!!」
リビオの叫び声が聞こえる。
ほぼ同時に、近くから男の人の声が聞こえた。
「動くな」
「っ!?」
地面に大きな魔法陣が現れ、その場にいたメンバー全員が硬直したように動かなくなった。
嘘でしょ……だって、これは、私の魔法だ。
どうして? でも魔法陣は私のものじゃない。
魔力だけが吸い取られていく感覚が襲ってきた。地味にしんどい。
ああ、なんだっけ。こういうの。
人の魔力を利用する使い方をする魔法使いがいるって聞いたことがある……たぶん、フクロウ仮面はそれだ。
私の時魔法を強制解除し、それを利用されたんだ。
悔しい。悔しい。悔しい……! あれだけ訓練したのは、お前に利用されるためじゃないのに。
「大人しく私と来い、ルージュ」
「殺してやる」
「……呪いを解く方法を教えてやる」
私の暴言を無視し、耳元でノアールに告げられた言葉に嫌でも反応してしまう。
「みんなは」
「何もしない。今は俺を封印できているからな」
「……? 意味わかんない」
私の疑問の声も無視して、ノアールは歩き出す。
私を抱えたままのフクロウ仮面もヤツについていくように歩き出した。
私は魔法を解除された時の衝撃と、今もなお魔力を使われている倦怠感もあってろくに抵抗できない。
悔しい。でも涙なんて絶対に流してやんないから。
「待、てよ……! ルージュを、返せ……!!」
「え、うそ」
成す術もないと諦めていた私の目に映ったのは、時止めの魔法をかけられているはずなのにじわじわ動き出したリビオの姿だった。




