65 実力不足だけど伸びしろしかないからね
なんだよ、何にもないみたいな顔でヘラヘラ笑ってたくせに。
結構、精神的にきつい思いしてたんじゃん、ベル先生。
サイードさんが悪いわけじゃないってことくらいわかるよ。ベル先生だって、それにラシダさんだってわかってるんでしょ?
彼は本当にただ心を強く保てなかっただけ。魔王への憎しみはもちろんあるだろうけど、恐怖を目の当たりにしたのなら直接魔王を恨むことが恐ろしかったはずだ。
けれど、大切な存在であるビクターを失った怒りをどこにも向けられなくて、辛くて……ベル先生さえ旅に出ていたらって考えてしまうのも無理はない。
「あれからだいぶ時間も経ってるからにゃ。今もサイードが引き摺ってるのかまではわからにゃい。あたしもさ、会いに行く勇気がにゃいのにゃ。前みたいに憎しみのこもった目で追い返されるのが怖いのにゃ」
そっか、ベル先生だけじゃないんだ、憎しみを向けられたのは。
それは辛いだろうなぁ。サイードさんだって、すごく苦しんだはず。
いや、今も苦しんでいるかも。
変わらずベル先生たちを憎しみ続けていたとしても、冷静になって反省していたとしても。
かつて信頼し合っていた仲間たちと線を引いてしまったのは自分だから、会うこともできないわけでしょ?
……うーん。難しい問題だ。
こっそり様子を見に行きたい衝動に駆られるけど、私が見に行ったところで「誰?」って感じだし、仲を取り持つのも難しい。
そもそも会えるかもわからない。いや、普通に考えて無理。
なりふり構わず力でごり押しならいけるかもしれないけど、魔王との戦いで前線にいた魔法使い相手に私が何かできるとも思えない。
「あー、もうこの話はおしまいにゃ! ほら、ルージュの顔も難しくなってるのにゃ!」
「うぁっ」
突然、ぐりぐりと眉間を指で揉まれて変な声が出た。
そ、そんなに変な顔になってたかな? 十歳の表情筋はまだまだ甘いみたいだ。
「やっぱりルージュは優しいにゃ。人のためにそんなに考え込んでくれてさ。ありがとにゃ。これはあたしたちの問題にゃ。それに、ずっとこのままにする気はにゃい! いつか、ベルナールもイアルバンも連れて乗り込んでやるにゃ!」
にゃはは、と明るく笑うラシダさんはとても強い人だな。私も見習いたい。
「うん。ちゃんと話ができるといいね」
「にゃは、そうだにゃ!!」
感情の揺れを誤魔化すためなのか、ラシダさんの頭ぐりぐりはちょっと力が強い。
い、いいけど頼むから前を向いて? 御者があんまりよそ見しないで、危ないから!
◇
サイードさんの話題が出た後は、ベル先生の話をいろいろと聞かせてあげた。
時々、またラシダさんの止まらないお喋りが始まりそうだったけど、うまいこと止める術を覚えた私に死角はない。
ジュンやクローディが感心した目を向けてきたけど……このくらい、誰でもできるでしょ。あ、できない? そうかなぁ。
「ほら、あそこで他の冒険者パーティーと合流だにゃ!」
馬車で目的地に到着したので、あとは合流場所へ行くだけ。
町で軽く食事を摂って外へ繋がる門に向かうと、そこにはすでに何人かの人影が。
遅れちゃったのかな? とも思ったけど、私たちの後ろからも小走りで向かう人たちがいるっぽいから大丈夫だろう。
……ん? あれ? こっちに向かってくるのって。
「ルージュー!」
「リビオ!?」
ガバッとすごい勢いで突っ込んできたリビオのせいで、二人揃って地面に倒れてしまった。
しかしそこはさすがというべきか、倒れながらリビオが私を抱きしめながら回転し、自分が下にくるようにしている。
それができるなら倒れることだって止められただろうに。
本人は嬉しそうに私の下敷きになりながらケラケラ笑っているのでおふざけの一環なのだろう。まったくもう。
「リビオもこの依頼に参加するんだね」
「えへへ、そうなんだ! 父さんからルージュも行くって聞いてたんだけどさ、驚かせたくて」
なるほどね。そういえば、最近のリビオはいつもどこかソワソワしていたかもしれない。これか。
「んにゃ、ルージュの恋人かと思ったら、ベルナールの倅にゃ。大きくなったにゃー!」
「ラシダさん、こんにちは! 恋人に見える? 見える!? 俺、いつかルージュと結婚したいんだ!」
「しないけどね」
よいしょ、とリビオの上からどいて立ち上がりながら冷めた眼差しで答えるも、ラシダさんは「そーか、そーか」といってあまり聞いてくれない。まったく、リビオめ。
「たしか名前は……」
「リビオです! 俺もラシダさんと会ったのはすげー小さい時だったから覚えてないけど、たまに父さんから話を聞いてました!」
「おっけ、リビオね。そんで……戦えるの?」
明るく楽しい雰囲気で挨拶していたはずなのに、急にラシダさん周辺の温度が下がったような感覚が襲う。
ギラッとした目は肉食動物のそれだ。さすが猫獣人。歴戦の猛者ということもあって、迫力が段違いだ。
一方、その視線を真正面から受け止めたリビオは一瞬だけ威圧に息を呑んだけど、すぐにニッと笑って言葉を返した。
「もちろん。これでも、バンさんから一人前だって言われてますから」
おぉ、負けてないね。というか、いつのまに一人前になってたの。すごいじゃん。
リビオの返事を聞いたラシダさんは数秒ほど睨み合うと、フッと威圧を消し去って笑う。
「にゃは、イアルバンに言わせるなんてなかなかにゃ! 若いのに見どころあるにゃー!」
「ありがとうございますっ!」
バッと直角に腰を曲げてお礼を言ったリビオは、次に顔を上げた時には満面の笑みになっていた。
ほんと、太陽みたい。
普段はヘラヘラしているけど、やっぱりめきめきと実力を伸ばし続けていたんだね。
でも、足りない。
まだまだ、暗黒騎士や魔王を倒すまでにはいかないし、途中で命を落とす可能性もある。
前の人生で大怪我をしたリビオの姿を思い出し、私は一度目を閉じる。
大丈夫。足りない部分は仲間や私も補えばいい。
私だって、まだまだ足りない部分ばかりなんだから。
そう考えると、私も女剣士時代ほどとはいかないだろうけど、ある程度は身体も鍛えたほうがいいかもしれないな。
またループするだろうけど……経験は残るわけだし。
どうしたら暗黒騎士や魔王に勝てるか、あらゆる可能性を探るためにもできることをしていかないと。
もう、全てを諦めて惰性で生きていた頃とは違うんだから。




