58 クローディ・ピアフの期待
ベルナールの無茶ぶりはいつものことだが、今回の指示は過去一番のものだろう。
「なぁ、クローディ。どこで狩りする?」
能天気なジュンが羨ましい。
こいつは、この状況のあり得なさに気づいていないのか? 魔物と戦えれば子どもがいようと関係ないという感じだな。
俺は大きくため息を吐きながら、あまり奥には行かないようにとだけ告げた。
まず、五歳の幼児を危険な森の任務に同行させるのがおかしい。
危険でなくても任務に幼い子どもを連れて行くというのは論外だ。
子どもというのはすぐに泣くし、わがままを言うし、体力がないし、少し目を離しただけでいなくなってしまう。
別にそれが悪いわけではない。子どもとはそういう生き物なのだ。
だからこそ、護衛任務の中でも特に難しいとされるのは子どもが相手の時だ。
特に、分別がつかないわりにちょこまか動き回れる年齢が対象だと、護衛は熟練の者でなければ務まらない。
かといって俺のように不愛想な男だと怖がられたりもするため、人選はなかなか難しいだろう。
最初にベルナールから聞かされたのは、「うちの娘の護衛をしてほしい」というものだった。
それからオマケのように「表向きはね」と付け足された時から怪しいとは思っていたのだが……。
ベルナールはできない指示は出さない。俺たちの実力を認めているからこそ選んでくれたのだと信じ、二つ返事で了承した、が。
……事の重大さを聞いてしまった今は、少しだけ後悔している。
なにが「代わりは自分でつれてこい」だ。
暗黒騎士に狙われている魔法の天才児だなんて特大の秘密を、そう簡単に他の者に言えるわけがないだろう。
この事実は、知っている者が少なければ少ないほどいいはずだ。
とはいえ今後もずっとこの子を見るとなると、いつかは予定が合わない日も出てくる。
いざという時のため、誰が適任かしっかり考えておかねばな。……どうせ見つけやしないジュンの代わりになる者も。
「ジュン、クローディ、ごめん。はぁ、少しだけ、休憩させて、ください……」
「ええっ、もう!? 体力なさすぎじゃねー?」
「ジュン、五歳児にしてはかなりがんばっている方だぞ。ルージュ、教えてくれてありがとう。休憩にしよう」
五歳と聞いて最初は身構えていた。
泣かれることも覚悟していたが、ルージュは思っていたような子どもとはかけ離れていた。
身体のデカい俺を見ても怖がるどころか普通に話しかけてくるし、泣きもしなければ文句ひとつ言わない。疲れた時はこうしてきちんと伝えてくれる。
大人でもできる者は少ないだろう。
たいていは我慢して、あとでぶっ潰れる。
だがルージュはそうなる前に休憩を求めるし、声をかけるタイミングも見計らっているように思えた。
本当に五歳なのかと疑ってしまうほどだ。
何かこの子には秘密がある。
それは俺だけでなくジュンもなんとなく気付いているだろうが、聞くつもりはなかった。
誰しも話したくないことの一つや二つはある。
そもそも、いくらしっかりしているといっても五歳の子どもに難しい話を説明させるのは酷というものだ。
「お、風だけじゃなくて水も使えるのかよ。お前はあれだな、器用貧乏ってやつだな」
「ジュン、しつれい」
「わははは! 褒めてるんだよ、そんなほっぺ膨らませるなよー」
「ツンツン触らないでっ」
ジュンの言動の悪さも心配していたが、ルージュはうまく対応しているように見えた。
おそらく相性がいいのだろう。かくいう俺も、ルージュとは魔力の波長が合う。
もしかするとベルナールはそれさえもお見通しで俺たちを選んだのかもしれないが……気が合うかどうか、波長が合うかどうかなど本人にしかわからないことだというのに。
底知れぬベルナールの実力に関しても、あえて何も聞くまい。
俺たちの代わりができそうな者も、ベルナールが選んでくれればいいものを。
「ね、クローディが魔法で出した水は、私が出すのとちょっと違うよね。同じ水なのに……もしかして、そこにうまく操るコツがあるのかな」
「む、よく気づいたな。これは魔力の込め方を変えている。水球を作る時は水に魔力を混ぜるというより、外側を包み込むように……」
しかしルージュは優秀だ。些細なことに気づいてすぐ質問をしてくる上、呑み込みも早い。
酷く荷が重い任務だと思ったが、すでに俺の中にはルージュを誰にも負けない魔法使いに育てたい欲が生まれていた。
「そっか、まほーじんで出した魔法をどう動かすかは魔力次第だもんね。深く考えたことなかったよ」
「魔法は奥が深い。ルージュは手数が多いようだから、全てに手を出すのは中途半端になるだろう。得意な魔法の他に厳選して腕を磨くといい」
「うん、わかった。ありがとう、クローディ」
「どういたしまして」
素直な教え子の頭に思わず手を乗せてしまう。
鮮やかな赤い髪はふわふわしており、手触りがとても良い。
俺の片手ですっぽりと収まってしまう小さな頭を細心の注意を払って撫でてやると、ルージュは気持ちよさそうに目を細めた。
……かわいらしいな。これが庇護欲というのだろうか。
「よっし、そろそろ休憩おわりっ! ルージュ、まずは小さい魔物から倒してくぞ! 最初から前に立ってもらうからなー」
「ジュンはスパルタぁ……でも、がんばる」
「おう、危ない時は守ってやっからさ」
ジュンもあれでルージュをかわいがっているのだろう。
だが、あいつは自分が大怪我を負いながら強くなったクチだから、手を出す基準が実に危うい。
怪我をさせまいとあまり過保護になっても修行にならないだろうし、手を出す場面をきちんと見極めねばならんな。
気付けば、二人してルージュの特訓に熱を入れてしまっている。
ただの依頼の付き添いだったはずなのにおかしなもんだ。
願わくば、暗黒騎士や魔王といった脅威にさらされてほしくはないが……そうも言っていられない世の中だ。
全ては生き延びるために。
それでも、ルージュの成長を見るのが楽しみで仕方ない俺もまた、どうしようもなく「魔塔の魔法使い」なのかもしれない。




