55 にやけてなんかいないし
長い長い夢を見たような気分だ。
どことなく気怠くて、ぼんやりして、でもずっと横になっているのがつらい。
えーっと、何があったんだっけ。
あ、そうそう。いろいろと大変な目に遭ったんだった。
急に町に暗黒騎士が現れて、連れて行かれて、死にかけて、ベル先生に助けられた。
……やばいことになってたな?
あのあとどうなったんだろう。ベル先生も町も無事なことはわかるんだけど。
詳しい話を早く知りたいのに、今は面倒くさくて聞こうとも思えない。
まだ心身ともに回復しきってないんだろうな。
暗黒騎士に居場所がバレているのだから、そんな悠長なことしていられないのに……軟弱な五歳の心身め。
「ぅ……あぁ。ダメだ」
とりあえず身体を起こそうとしてみたけど、ビックリするほど力が入らない。
数ミリほど身体が浮いたかな?というところですぐに力尽きた。病み上がり、馬鹿に出来ない。
「ん……んん? あっ、ルージュ!?」
ものすごく近くにリビオがいた。たった今気付いたよ。
リビオは私のベッドに突っ伏した状態で寝ていたようだ。
あれ、よく見たらリビオだけじゃない。
近くの椅子にはママが座ったまま眠っているし、床にはオリドが文字通り転がっている。
みんな、心配して側にいてくれたんだ……。
ダメだ、体調が悪い時って涙腺が緩むよね。
泣いている場合じゃない、ちゃんともう大丈夫って教えてあげないと。
「おはよ、リビオ」
「~~~っ、ルージュぅ……っ!」
「わ」
ガバッと覆いかぶさるようにリビオが抱きついてきた。
リビオはそのままえぐえぐ泣きながら抱き締める力を強めていく。
「よかった……よかったぁ! 目覚めなかったらどうしようって、ずっと、俺……!」
本当に、ものすごく心配かけちゃったんだな。
リビオだって今はまだ子どもなんだもんね、無理もない。
抱き締められて少し苦しいけど、そんな思いを知っちゃったら離れてとは言えないじゃん。
私はまだ力の入らない手を一生懸命動かしてリビオの背中をぽんぽんと小さく叩いた。
「もう、平気。ごめんね。ありがと」
「……ん、うん!!」
「ちょっと苦しい」
「あっ、ごめん!!」
「それと、お水がほしい」
「わかった! 待ってて!!」
立ち直りの速さがリビオの長所だね。私の頼みにいちいち元気に返事をすると、機敏に動き始めてくれた。
ただその動きも声もうるさかったらしく、ママやオリドを起こしてしまったみたい。
「っ、ルージュ! 起きたのね」
「んぇっ!? あっ、ルー、ジュ……」
寝起きからパッと頭を切り替えるママと、まだ寝ぼけた様子のオリド。
ああ、胸がぽかぽかする。
「おはよ、ママ、オリド」
気恥ずかしくも笑って挨拶をすると、二人ともじんわりと涙を浮かべながら朝の挨拶を返してくれた。
◇
目覚めてから一週間ほど。びっくりするほど平和な日々が続いている。
私の体調は日に日に回復してはいるけど、思っていた以上に精神的疲労というやつが尾を引いているみたいでスッキリ回復とまではいかない状態だ。
ピクリとも動かせなかった身体は魔力の回復とともにすぐ改善したんだけどね。
今は普通の生活を送れるけどすぐに疲れちゃう、そんな感じ。
「ルージュー! 暑くないか? 疲れてない?」
「外で座ってるだけで疲れたりしないよ、大丈夫」
「えー。でも今日はめちゃくちゃ晴れてるからさ。ちゃんと水分取れよ?」
「それ数分前にも聞いた」
ちょっと困っているのは家族の過保護が加速したことかな……ははっ。
屋敷の中にいるというのに、決して私を一人にしないようにしてくれているんだよね。
メイドさんや護衛の人は常にいるというのに、家族の誰かが側にいないと気が済まないみたい。
そうは言ってもみんなそれぞれやることがあるから、私がこうしてみんなのいる場所に向かうことになるんだけど。
今はリビオの訓練の見学中だ。外で木剣を振っているから必然的に私も外で待っていることになる。
確かに陽射しはあるけどそこまで暑くないし、そもそも私は日陰にいる。
メイドのみなさんがくつろげるように場をセッティングしてくれているし、お茶だけでなくお菓子も並んでいる。
リビオの時だけじゃない。
オリドの勉強中も、ママのお仕事中もだいたいこんな感じで厚遇されているのだ。ダメ人間になりそう。
「あ、そうだ。伝言頼まれてたんだった」
「伝言?」
「そー。午後は母さんと一緒にいる予定だったろ? けど、父さんが屋敷に帰ってくるみたいでさ。午後は父さんと過ごしてほしいんだって」
「へー、珍しいね。わかった」
ベル先生は基本的に屋敷にいないから本当に珍しい。
あの事件があってから特に忙しいみたいなんだよね。暗黒騎士の襲来なんて大事件だったし、当たり前か。
それでも私を心配して深夜には一度屋敷に戻っているんだって。
当然、その時間の私はぐっすり眠っているので私はあれから全然会えていないわけだけど。
ベル先生は明け方近くまで私の側にいて寝顔を見ているとのこと。……なんか、恥ずかしいよね。
「嬉しい?」
「えっ」
「嬉しいんでしょ。だって顔がにやけてる」
「に、にやけてないし」
「もー、恥ずかしがらなくてもいいのに。父さんはかっこいいし、頼りになるからね。俺だって久しぶりに会える時は嬉しいって思うもん。ルージュも嬉しいなら、俺も嬉しい!」
「リビオ、うるさい。訓練に集中して」
「はいはーい」
このぉ……リビオのくせに私をからかうなんて。
にやけてなんかいないし。やっとあの日のことを二人で考察できるのかと思っただけだし。
ちょっとあの件について向き合うのはまだ怖いけど、ベル先生がいるならいいかなって……そう思える程度には回復してきてると思う。
それでちょっと落ち着かないだけ。
起きてる間にベル先生に会えるのが楽しみとか、そんなんじゃないからね。ふんっ。




