124 一触即発の雰囲気
転移にもかなり慣れたものだ。あの一瞬だけふわっと浮くような独特な感覚は、行先を私がよくわかっていない場合は特に強く感じるんだよね。
今はかなり強く感じたから行先はノアールとサイードがいたあの隠れ家ではないことがわかる。
たぶん、ベル先生は転移先を場所ではなく人で決めたのだろう。サイードのいる場所を座標設定してるんだ。
「田舎町……?」
「そうだね。ここはサイードの故郷になる」
なるほど。この広い世界でサイードをピンポイントで探せるなんて怖いって思っていたけど、ある程度予想はしていたんだ。だから見つけられたんだね。把握!
「それにしてはこの家……小屋? 町から離れすぎじゃない?」
「あの変わり者が町のみなさんとわいわい仲良く暮らしていると思うかい?」
「思わない。まったく」
まぁ、変わり者のベル先生に言われたくはないかもしれないけどね。その辺、魔法使いはお互い様だ。
ベル先生は一歩前に出るとドアをノックした。
こんなに丁寧なノックで出てくるわけないと思うけど、一応は貴族家当主ってことだろうか。
段階を踏もうと思っているのか、あるいは……まだベル先生も緊張しているとか?
「サイード。僕だよ、ベルナールだ。少し話をしよう」
でも、見た感じあんまり躊躇いがないように見える。
もっとこう、緊迫した雰囲気になるかと思っていたけど、いつも遊びに来ているかのような言動だ。
おかしいな、今の段階ではベル先生とサイードの関係は気まずい状態なんじゃなかったっけ? まぁこの辺がループした者の強みだよね。
未来がわかるからこそ、今の気まずさなんてどうでもいいことのように感じて、なんでも出来ちゃう。
「ふむ、無視か。良い度胸だね」
ベル先生はニヤッと笑って顎に手を当てると、おもむろに魔力を練り始めたので私は思わず慌てた。
「ちょ、何する気?」
「まだしないよ。サイード! 聞こえているんだろう? そして、この魔力の塊も感じているはずだ」
「まだ!? まだって言ったぁ!?」
つまり場合によっては何かをしでかすということだ。
これが脅しではなく本気だというのは、ベル先生のことを知っている人ならすぐにわかるだろう。
サイード、早く出てきて! 家がなくなるよっ!
「あと十秒で出てこなければ、このままここで大きな竜巻を——」
「……めろっ、やめろやめろやめろぉっ!」
私も冷や汗を流し始めた頃、家の奥のほうからドタバタと大きな物音が聞こえてくる。それから叫ぶサイードの声も。
それから数秒後、バァンッと大きな音を立ててドアを開けてサイードが飛び出した。
よれよれの服、ぼさぼさの紫髪、目の下のクマ、無精ひげ……なんかもう、すごい有様だな。
そうか、ノアールと出会ってから少しだけ身だしなみも整えるようになったんだね。それ以前はこんなにも酷かったのか。
最初からあまり整っているとは言えなかったけど、少なくとも人前には出られる姿ではあったし……。
今は本気で誰とも会わない生活をしているのだということが一目でわかった。
「やめろっ、この馬鹿がっ! これだから野蛮人は嫌いなんだっ!」
「出てきたね、サイード。お得意のアンチマジックで防げばよかったじゃないか」
「魔力量でゴリ押しするつもりだったくせに何を言う! どこまで僕を馬鹿にすれば気がすむんだ!?」
「今さら何を言っている? どれだけの魔力量の差があっても、どうにかするのが君だろう? 魔王相手に渡り合ったと聞いて感心したのに」
「っ!」
煽るじゃん……? 見てよ、サイードの顔。青筋がすごいことになってる。
今にも掴みかからん勢いで……あ、胸倉に掴みかかった。
「貴様っ、どの口が……っ」
「僕はね、もう遠慮も配慮もしないことにしたんだよ、サイード。僕の代わりに君を送り出したことは申し訳なく思っているし、討伐の結果には僕も責任を感じている。でもね」
ベル先生はサイードが掴んだ腕を掴み返し、笑顔で言葉を遮った。
かと思えば一度言葉を切って、真顔になる。
それ、すごく怖いんだよね。サイードも顔を青くしてるよ。
「魔法使いともあろう者が、自分たちで起こした結果を人のせいにするなんて言語道断だ。もう君の気持ちを慮る期間は終わったよ。自分一人が苦しみ続けているとは思わないことだね」
「な、な、な……」
「さて、傲慢なサイード。傲慢な僕の話を聞いてもらうよ」
うーん、強引。でもうじうじしたサイードにはこのくらいがちょうどいいのかもね。
とはいえ、ここで素直にわかったと話を聞くようなヤツだったら苦労しない。
さて、サイードはどう出てくるのかな?
「……るさい、うるさい、うるさい!! どいつもこいつも、どうして僕のところにくるんだ! 僕はこの先誰にも会わず、ずっと静かに暮らしていたいのにっ!」
「……どいつもこいつも?」
案の定、サイードは素直に話を聞くどころかますます激昂し始めた。
だけど私は引っかかりを覚えて、ずっと黙っていたけど気になって質問を口にした。
「他にも誰かが来たの?」
「は? お前は誰だ」
「ああ、ごめん。私はルージュ。で? 他にも誰かが来たの?」
「……ベルナールの連れて来るヤツってのは子どもであっても無礼者なんだな」
まぁ、初対面の幼女にこんな態度を取られたらそうなるよね。はぁ、すんなり話が進まないなぁ。
もどかしいけど、ここはちゃんと……と思っていたら、私の前にベル先生が立ちはだかり、サイードの姿が見えなくなってしまった。
「僕の娘に失礼な態度をとるのは無視出来ないな」
「待って待って、もうそういうのはいいから! 話が進まないからっ!!」
こんな時にまで親馬鹿を発揮しないでよ、と続けようとしたその時、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
「……来たか」
「来た、ね」
この気配、嫌ってほど感じてきたよ。
次はそっちに行こうと思っていたのに、せっかちなヤツ。
「ルージュ、なぜここに? それに、この男も一緒とは」
「はぁ……大人しく待っていられなかったの? ノアール」
サイードの後ろから、ノアールが現れた。
転移の魔法を使ったような感覚はなかったから、もしかするとずっとサイードの家にいたのかもしれない。
ほら、サイードって気配や魔力の遮断に特化した魔法を使ったり、研究したりしているから。
それでも、こんなに近くにいるのにベル先生にすら気付かせないなんて、やっぱりすごいよね。
サイードの力は、今回も絶対に必要だ。
そんなことより、今はノアールだ。
再会を喜ぶなんてことは、もちろんしない。
「待てない。お前に早く会いたかった」
「やめてよ、気持ち悪いな」
でも、ノアールからはどことなく嬉しそうな気配を感じる。そういうタイプだったっけ?
「父親の前で娘を口説くとは、良い度胸だな」
「口説く? 思ったことを言っただけだ」
「余計に気に食わないね」
一触即発の雰囲気。ベル先生とノアールは私以上に相性が悪いな……。
「おい、ここで戦闘なんかするなよ!? やるなら他所でやれ! 僕を巻き込むな!!」
今だけはサイードに同情しなくもない。
だって本当に、それはそう!!




