122 世界最強夫婦かもしれない
エルファレス家にやってきて三日。まだ三日なんだ、という気持ち。
ベル先生たちがみんな記憶を残しているからかな、ずっとここで暮らしていたような感覚がある。
おかげで、屋敷での過ごし方があまりにも自然だからか使用人の皆さんを戸惑わせることも。
アニエスやトマとサム、この三人は特にいつもお世話になっていたからか、私も距離感が近くなっちゃって。
もはや何も知らない完璧な五歳児を演じることなど、私には出来ないかもしれない。
でもね、誰も気味悪がったり詮索してこないんだ。
優しすぎない? というか、ベル先生に対する信頼が強固すぎる。
変な人なのに大丈夫? と思う反面、わかるよその気持ち、とも思う。
さて、あっさり受け入れてくれるのは助かるけど……私には気がかりなことが一つある。
使用人たちを除いて、エルファレス家でなにも事情を知らないのはママだけ。
あんなに優しくて、全てを包み込んでくれるママがまるで仲間外れみたいで心苦しいのだ。
それをベル先生に伝えたところ、
「カミーユには僕から全部伝えておくよ」
と、なんのためらいもなくそう言ってくれた。
ママならちゃんと信じてくれると思って疑っていない真っ直ぐな目だ。もちろん、私もそう思う。オリドやリビオも賛成してくれた。
私も含めた家族全員で話をしたほうがいいかとも思ったんだけど……なかなか衝撃的な話だし、ベル先生に任せるのが一番な気がしてお任せすることに。
夫婦の仲の良さを知っているからこそ、私も、オリドやリビオも大人しく待っていられた。
「ママも協力したいわ!」
そして次の日の朝にはこれである。
私もリビオとオリドも思わず口を開けたまま固まっちゃった。ベル先生だけはママを愛おしそうに見つめているけど。
強い。頼もしい。それでこそママだ。
たぶん全てを受け入れてくれている。
いいのかな? ってちょっと思うけど、きっとママは仲間外れにされるほうが嫌なんだよね。
というか秘密を共有出来てとっても嬉しい!オーラが漂いまくっている。可愛い。
「自分だけ仲間外れで寂しいわ、って口を尖らせて拗ねたカミーユも可愛かったな……」
あ、やっぱり? はいはい、御馳走さまです。
やだ言わないで、ってベル先生をつんつんするママは可愛いのでそのままでいいです。
ママはこほんと一つ咳をすると、改まって私たちを見回した。
「といっても、私に出来ることはほんの少しだけれど。そうね、オリドのお手伝いが一番いいかもしれないわ」
「え、僕の、ですか?」
「ええ。たしか、精神力強化訓練を浸透させたいのよね? 簡単な方法があるわ」
「えっ!?」
これは予想外。オリドが一番驚いているけど……私も気になる。簡単な方法って?
ベル先生も含めて脳内を疑問符だらけにしていると、ママはにっこり笑って言った。
「愛する家族のいる女は、誰よりも強いのよ?」
そうしてママが意味深に微笑んでからわずか数日後。
ママは驚くほどあっさり成果を報告してくれた。
「精神強化訓練を軍で行うことが正式に決まったそうよ。訓練の内容はうちに一任されているから、あとはオリド、お願いね」
「は、はい……」
両手を合わせてふわふわ微笑みながら言うママと、なんとも言えない微妙な表情を浮かべるオリドがそこにいる。
前の人生でオリドがあんなに大変な思いをし、それでもうまくいかなかったというこの訓練。
それをたった数日で正式に決めてきたママの手腕が心底恐ろしい。
どんな手を使ったかって? それは……。
「世の中の男って、妻に弱すぎじゃない……?」
「誰も奥様には逆らえなかったってことか……」
「そんな奥様たちから圧倒的な支持を得ているママがすごすぎ……」
そう、ママは軍に所属する男たちの妻を味方につけ、妻から夫へ説得するよう声をかけたのだ。
それだけで全員が賛成するって、どれだけ妻たちの力が強いのだろうか。
「愛する妻の頼みを断れる男はいないよ。さすがはカミーユだ」
ベル先生はそう言って誇らしげにしているけれど。
愛の力、か。……愛の力、か?
まぁ、深くは考えまい。
「前の人生での僕の苦労はなんだったの……」
一番ダメージを負っているのはオリドだよね。かける言葉が見つからない。
思わずリビオと目を合わせてしまった私は、落ち込むオリドの肩にぽんと手を乗せることしか出来なかった。ほら、あの。結果オーライ……?
◇
考えなくてはならないことはまだある。というか急務なことが一つ。それは、ノアールのことだ。
ループしてから十日ほどが経過している。
いい加減、ノアールのもとに行かないとあっちからこちらへ来かねないんだよね。
『今回、ルージュをここに連れてきたのは約束してほしいからだ。一つは、魔王を倒した後に私を殺すこと。もう一つは、もし次にループをしたら真っ先にこの場所に来ること』
約束のようなものを前回してしまっているからね。
いや、私は了承したつもりはないんだけど。
でも、ノアールは約束したと言い張るだろう。
つまり、約束を破っている私をこれ以上待てず、この町にまで来てしまう可能性がある、というわけ。迷惑。
と、そんなことを言っている場合でもないので、今私はベル先生と一緒にノアールのもとへ向かう計画を立てている。町が恐慌状態に陥っちゃうのは避けたい。絶対に。
「本当はルージュと会わせたくはないんだけどね」
「私だって会いたくないよ」
二人で時々文句が口をついて出るのは仕方のないこと。
でもね、ノアールに会わなきゃいけない理由は他にもあるのだ。
「聖剣を手に入れなきゃいけないし、お互いに情報は共有しておきたいもんね」
情報の共有はこちらが動きやすくするために仕方ないとして、用があるのはノアールではなく聖剣のほうなんだからね! 決して会いたいわけではない。
まだループしたばかりだからノアールが聖剣を盗み出していない可能性もあるけど。
いや。それ以前に、サイードと出会っていないのなら自我を押さえる魔道具がない状態だ。
暗黒騎士になっている時に再会したら本当にどうしようもない。
こんなにも早い段階で死んだら、またループするのかな? わからないけど……痛い思いも怖い思いも嫌だし、本当に死んでしまうわけにはもっといかない。
だからこうして話し合っているんだけど、早いところこちらから会いに行くべきだよね、という結論で一致したというわけ。
「問題はどうやってノアールのところに行くか、なんだけど……ん?」
私がそう呟いた時、ベル先生がにっこりと微笑みながら自分を指さしている。
……あっ、そうか。
「天才魔法使いがいたね。そういえば」
「ははっ、褒められると照れるなぁ」
ベル先生に記憶が残っているということは、ノアールの魔力を覚えているということで、その上ステーションを介さずとも魔法で転移が出来る状態だということだ。
前の人生ではさ、なんかいつの間にかベル先生って転移の魔法を覚えていたんだよね。
当たり前のように使ってたから気にしていなかったけど……とんでもなくすごいことだ。
ま、ベル先生の強さの秘密をローズから知った今、それも納得なんだけどね。
推測だけど、サイードの転移の魔道具を参考に模倣したんじゃないかと思ってる。いつか聞いてみよう。
あれ? もしかして……以前の人生を覚えているベル先生は、本当の意味で最強の魔法使いになっているのでは……?
「ねぇ。もしかしてだけど。ループしたことでベル先生も魔力量がめちゃくちゃ増えてる……?」
「ルージュほどではないけどね。ありがたくもない恩恵だけれど、今なら世界を滅ぼせる程度にはあるかな」
「滅ぼさないでよ!?」
ベル先生はニッと笑いながらどこからともなくローブを取り出した。
魔塔の魔法使いという証の深い藍色のローブ。それを二着出して、片方を魔法で小さくした。……私のサイズ?
「滅ぼすなんてとんでもない。僕は愛する家族とともに、おじいちゃんになるまで幸せに生きるつもりなんだから」
うわ、ローブのサイズピッタリなんだけど。こんなことも今や魔法であっさり出来ちゃうわけ?
とんでもないな、この人。
そう思って見上げると、ベル先生が「僕のお下がりでごめんね」なんてだいぶズレたことを言うものだから、思わず吹き出して笑った。




