119 エルファレス家長男の怖さ
泣き止むまでの間、ママがエッグタルトを作って持ってきてくれたので美味しくいただきながら幸せに待てたよ。
うーん! やっぱりママのエッグタルトは世界一!
のんびり堪能した後、泣き腫らした目の三人の前でようやく私はローズとの邂逅について説明した。
今思い出してもあれは夢だったんじゃないかってくらいふわふわしているけど……現実だったという確信もしている。
だって、ローズの言ったようにこの三人は記憶を持ったままループしていたからね。それが何よりの証拠だ。
「なるほどね。魔王が大きく時間を戻そうとしている、か」
「私とローズの推測ではあるけどね。でも、確信みたいなものは感じてるよ」
「うん、納得出来る話だ。僕も君たちと同意見だね」
一通り話し終えた時、ベル先生が唸るように告げた。同意見だと言ってもらえて私もちょっと安心したよ。
リビオとオリドの二人も難しい顔で考え込んでいる。まぁ、そうだよね。情報量が多いし、頭を整理するのに時間がかかっても仕方ない。
しばらくして、オリドが顔を上げる。表情は真剣そのもので、考えがまとまったのか迷いのない目をしていた。
「まず、魔王の目的自体は、あまり人に知らせないほうがいいと思う」
「え、どうしてだよ、オリド」
開口一番にそういったオリドに目を丸くしてしまう。リビオは疑問を口にしているけど、実は私もオリドと同じことを考えていたからだ。
「魔王が大きく時間を戻すことで、魔王がいなかった世界になる。これはある意味で世界平和なんだ。支持する人は結構いるんじゃないかな」
「なっ、なんでだよ! どこが平和なんだ!? 今の俺たちがいなくなっちゃうんだぞ!?」
「それはさ、リビオ。……今に不満がなくて、幸せに生きている者の意見だ」
リビオの反論に、オリドは恐ろしく冷静な声で告げた。
おかげでリビオだけでなく、私も思わず息を呑む。
本当にオリドって頭の回転が速い。
私なんてそのことをずっと考えて、悩んで……それでも自信がないと思ってハッキリ言えなかったのに。
オリドはこの短時間で理解して、決断してる。
決定ってわけじゃないけど、少なくともこの結論に迷いがないのは見ててわかった。
そう。現状に不満のない者だけが、魔王の目的を許せないのだ。
じゃあ、そうでない人は? って話なんだよね。
誰もが黙る中、私も静かに口を開いた。
「正直、その気持ちが私にはわかるんだ」
「ル、ルージュまで……?」
「何度もループを繰り返されてさ、私……疲れ切ってたんだよね」
「あ……」
人生に疲れていた。
本当に辛くて、苦しくて、気が狂った時期もある。
その時期すらも超えて、何も感じない時期も超えて、悟って。
それでも、辛く苦しい気持ちはずっと私の中にあり続けた。諦めることを覚えて、考えを放棄することを学び、少し耐性が出来ただけ。
「死にたいって……全てを終わらせたいって、何度思ったかわかんない。たぶんずっと思ってたよ。当時の私が魔王の目的を聞いていたら、やっと終われるって喜んだと思う」
間違いなく泣いて喜んだはず。早く終わらせてって。
そして二度と、私がこの世に生まれないようにと祈ったと思うのだ。
……っと、しまった。場の空気をかつてないほど重苦しくしてしまった。
言い出したオリドでさえ泣きそうな顔で私を見ている。
だめだめ、これ以上泣いたらみんな目が開けられなくなっちゃうよ!
「でも! 今はそんなの許さないって思うよ。これだけ苦労してさ、頑張って生きてきたのに、今更なかったことになるなんて。私たちの人生を弄ぶなって」
ようやく人らしい感情を取り戻せたんだから。
思い出せたんだ、いろんなものを大切にしたいって気持ちを。
全てを諦めたつもりでいたけど、きっと私はその気持ちを本当は抱き続けたかったのだ。
ループによって傷つきたくなくて、考えないようにしていただけでさ。
だからもう、二度と奪われてたまるものか。
「ルージュがそう考えられるようになったのってさ、もしかして俺たちと家族になったから?」
「っ、えーっと。うん、まぁ。そうかもね?」
「やっぱり! ルージュがうちに来てくれて良かった! 父さんがルージュを見つけてくれてほんっとうに良かった!」
「ちょ、リビオ! あんまりそういうことを大声で大げさに言わないでっ!」
泣かれるよりはマシだけど、恥ずかしいことを嬉しそうに語られるのも困る!
ちょ、オリドとベル先生もニヤニヤしないで! あー、顔が熱い。
「もうっ、話を戻すよ! そういうわけだから、もし魔王の目的を知ったら、それに同意する派閥が出てくると思うの」
「そっかー。人同士の争いなんかしてる場合じゃねーのに……」
「だから黙っていたほうがいいって私も思うんだ。ただ、不誠実かなって気もする。本当のことを言わないなんて申し訳ないなって」
それだけが気がかりだ。でも、意見は変わらない。
たとえ後々、なぜ言わなかったんだって石を投げられてもね。
「そもそも、自分の失敗や後悔に全人類を巻き込もうとする魔王が全面的に悪いよ。人としての格が知れるってものだね。あ、人じゃないのかな?」
オリドの切れ味が鋭い。
怒った時のママみたいだ……!
「オリドの言う通りだね。自分のしでかしたことの後始末は、誰にも迷惑かけることなくすべきだ。後悔して落ち込むのは結構だけれど、本来やり直しなんて出来ないのだから」
そこへいくと、私は魔王戦をすでに何度もやり直していることにはなるけど……それさえ魔王のせいだから自業自得だよね。うん、きっとそう!
怒りのオーラを消したオリドがこほんと一つ咳をして再び口を開く。
「そうなると、今回は悠長なことをしてられないよね。僕は前の人生で成し遂げられなかったことをするよ」
「成し遂げられなかったこと……?」
「うん。騎士や冒険者たちの訓練方法の見直し。見向きもされない精神力の強化をね」
あ、そうか。魔王が大規模な攻撃魔法をしてこないとほぼ確定している今、大人数での総力戦が有効だ。
前回、そう決まったのもオリドの力が大きかったって聞いたことがある。各所へ説得して回ったんだよね。
でも、いくら人数が増えても魔王を前にしてすぐに動ける人が半分ほどしかいなかった。それもこれも、精神力が未熟なせいだ。
それを危惧してオリドはずっと精神力強化の大切さを説いてきたらしいんだけど……結局みんなに浸透することはなかった。
これまで必要とされてこなかったものだからね。
特に年配の方々は必要ないの一点張りだったとかで頭を抱えたとかなんとか。
なんで必要ないなんて言い切れるんだろう。よくわかんない。
「今度はわからずやのジジイどもに有無を言わせず習得してもらうから……」
「ひぇ」
オ、オリド……? また怒りのオーラが出てませんか?
聞いたことないような口の悪さだし……珍しい。
私が声を漏らしたのを聞いて、オリドはバツの悪い顔を浮かべる。
「ああ、ごめん。聞かなかったことにして?」
「……ハイ」
「いやぁ、オリドは本当にカミーユにそっくりだね。血の繋がりを感じるなぁ」
ニコッと微笑みながら人差し指を口の前で立てるオリドに、なぜか嬉しそうなベル先生。
うーん。オリドにもまだまだ私の知らない一面があったんだなぁ。ま、頼もしいけどね!




