117 ハウスからの旅立ち
その後のヴィヴァンハウスは大騒ぎだった。
子どもたちはそんなことなくてもいつだって大騒ぎだけど。
きっとシスターたちは私やベル先生のことが気になって仕方ないだろうに、子どもたちのお世話でいつも通り慌ただしく動き回り始めた。すごい。
年配のシスターと、私の髪を切ってくれた仲の良いシスターだけが残って、ベル先生と共に応接室に通された。
この部屋、初めて来たかも……!
何度もループしているというのに、初めての体験をまさかハウスですることになろうとは。感慨深い。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。実は夢で彼女のことを見てしまいまして」
「夢、ですか……?」
「ええ。優秀な魔法使いが見る夢は、時として現実に大きな意味をもたらします。彼女は僕の夢に出てきました。僕にとってとても大切な存在だという確信があるのです」
特に打ち合わせをしたわけでもないのに、相変わらずよく回る口だ。
自分で優秀な魔法使いって言っちゃったよ。事実、そうだけどさ。
シスター二人はというと、そんなものなのかしら? という不思議そうな顔で頬に手を当てている。
魔法使いのことをろくに知らない人の認識なんてそんなものだ。予知夢くらい見るのかも、と思っているに違いない。
もちろん、魔法使いといえど予知夢などまず見ない。
しかしここは乗っておこうと思う。そうじゃないと話が進まないからね。
「あのね、私も夢で見たんだ。この人」
「そういえば、食堂でも言い当てていたわね。とんでもなく美形の貴族様が迎えに来てないかって」
「え、そんなふうに僕のことを言ってたの? 嬉しいなぁ」
「ちょっと違う。すっごい美形なおじさま貴族って言った」
「おじさまはやめてよ……」
相変わらずおじさま呼ばわりは嫌らしい。そのことにプッと吹き出して笑ってしまう。
シスター二人はすごく慌てているので悪いことした。
二人から見たらハウスの子どもが貴族様に生意気な態度を取っているだけだから気が気じゃないよね。
二人から見なくとも実際その通りなんだけど。
「よくはわかりませんが、二人が仲の良い間柄なのは見ていてわかります。実際に会ったことがないはずですのに、不思議なものですねぇ……」
年配のシスターは本当に話のわかる人だ。人格者で、いつだって子どもたちのことを一番に考えてくれる。
一方、若いほうのシスターは相変わらず心配顔だ。
この人もただ私を心配してくれているだけなんだよね。ちゃんと伝わってるよ。
「夢という曖昧なもので判断させてしまうのは心苦しいのですが……どうかこのままルージュを引き取らせていただけませんか? 我がエルファレス家で大切に育てると約束します」
「そ、それは……さすがに急すぎませんか?」
「手続きは必ずいたします。寄付金もこちらに」
「そんなっ! 受け取れませんわ! それにそういうことではなく……」
ベル先生、そのタイミングでの寄付金はお金で解決する貴族みたいだよ。そんな意図があるわけじゃないのはよくわかってるけどさ。
「シスター、大丈夫だよ」
「ルージュ……」
「ありがと。心配してくれて。でもこの人は大丈夫」
だから、助け舟を出すのは私だよね。
えへへ、と笑いながらシスターに声をかけると、しばし黙ったあとついに若いシスターも困ったように微笑んだ。
「……貴女も、そのつもりなのね?」
「うん。私、この人の家の子になりたい」
「そう」
その笑顔がとっても悲しそうに見えて、私は思わずシスターに駆け寄った。
シスターは私をギュッと抱きしめて、肩に顔を埋めながら言う。
「寂しくなるわ」
「うん。あのね、シスター。私、大人になったら自分で稼いだお金でハウスに寄付する。美味しいものや楽しいおもちゃもたくさん買って、子どもたちと一緒に遊ぶの。それが夢」
「ああ、ルージュったら」
「だからさ、待ってて? ……私が大人になるのを」
「ええ、待っているわ。ずっとね」
大人になる。今度こそ大人になるよ。
何度ループを繰り返しても絶対に言えなかった夢を、ようやく口に出来た。
ベル先生とハウスを出る時、幸せに過ごすのよと別れを告げてくれたシスターたちの鼻は赤くなっていた。
◇
「なんでベルせんせが泣いてるの」
「いやぁ、感動してしまってね。ルージュの無事を確認してからというもの涙腺が……」
エルファレス家へと向かう道すがら、ぐすぐすと鼻をすすって泣くベル先生に呆れた目を向けてしまう。
情緒が不安定なようだ。気持ちはわかるよ、ループ直後ってそうなるよね。
「そうだ、ルージュ。大事なことを言い忘れていたよ」
「大事なこと?」
「その髪型も似合っているね。とても可愛い」
「あ、ありがと」
かと思えばいつも通りの姿も見せてくる。ふいに誉め言葉を投げてくるのも変わらないね。もう。
森の中ほどまで進み、あとはベル先生の転移で移動しようと言われてめちゃくちゃ驚く。
そっか、今のベル先生にはそれが出来るんだ。記憶を引き継いでいるから。……最強、では?
内心で驚いていると、ベル先生はふいに立ち止まって私を見た。
「ルージュは聞かないんだね? どうしてこんなにも僕が急いだのか」
「今回のループは時間がないからね。それに、リビオとオリドも会いたがっているんじゃない?」
「はは、ルージュにはお見通しか。それで」
軽く屈んで膝に手をつき、私に目を合わせたベル先生はにこやかに微笑んでいる。
あー、胡散臭いモード発動だ。
「どうして僕がループ前の記憶を持っているということを事前に知っていたのかな? リビオとオリドも同じ、ということも」
「笑顔が怖いよ、ベルせんせ」
私も負けじと笑顔で答える。
だって、聞かれると思ってたからね。というか、あえて気付くように隠さずにいた、というほうが正しい。
だって、手っ取り早いから。
私は両手を伸ばしてベル先生の頬を挟む。
小さい非力なこの手では、ほっぺをあんまりぐにぐに出来ないのが残念。
「オリドとリビオの前で一度に説明するから。手間でしょ?」
「……りょーかい」
ニッと笑って私が言うと、ベル先生も同じようにニヤッと笑って私の頭を撫でた。




