113 昔話はあまりにも平和だった
私がもっしゃもっしゃとお菓子を食べている間に、ローズはいろんなことを語ってくれた。
「この空間はね、現実とは切り離された場所なの。だから時間の流れにもほとんど干渉されない。ただ何事も完璧というものはなくってね? すごくゆっくりと時間が流れているから、いずれは崩壊するわ。私は亡霊だし、魔法を使うのもそろそろ限界だしね」
「えっ崩壊したらどうなるの……?」
「さぁ、そこまではわからないわ。私はついに、天に召されるのかも」
そんなあっさりと。……どうなるかはローズにもわからないってことか。
だから時間はあっても有限だって言ってるんだね。
ローズは、すでに私なんかが想像できないほどあらゆることを覚悟しているのかもしれない。
「できればゆっくりと雑談なんかをしていたいところだけれど……」
「……少しくらいは聞くよ?」
だって、ローズは果てしなく長い時をここで過ごしてきたはずだから。
きっと寂しいよね。今だって久しぶりに人と会話するんじゃないかな。喜びが隠しきれてないもん。ちょいちょいテンション上がるし。
「ありがとう。ルージュは優しいのね」
「そんなこと……」
「でも、一応時間は有限だから。こうして一緒にお茶をしてくれるだけで十分よ」
ローズは心から嬉しいといった様子で微笑んでいる。たぶん、それは本心なのだろう。
きっと、本当はもっと誰かと一緒にいたいと思っているはずで……でもそれを言うのは野暮だと思った。
それなら私に出来るのは、話を聞きながらお茶を楽しむことだけ。
私は曖昧に微笑んでから再び焼き菓子を口に放り込んだ。うん、美味しい。
「本題に入るわね。まず、魔王なんだけど……彼は、私の大事な友達なの」
「えっ、友達?」
「ええ。私は彼のこと、オーリーって呼んでた。寡黙な少年だったけど、心優しい人よ」
なんか、意外だった。魔王の力は本当にとんでもないものだから、こう……神様とかそういう、人智を越えた力みたいな、そういう存在を想像してたよ。
でも、まさか人間だったとは。
それはあまりにも意外で、同時に複雑な気持ちになる。
だって、誰もがあの魔王のようになってしまう可能性を秘めているってことだから。
人間って、本当に罪深い存在だなって思うよ。
「まず知っていてほしいのは、オーリーはこの世界を終わらせたいとか支配したいと思ってるわけじゃないってこと。彼はただ私を助けようとしてくれているだけなの」
「助ける、って……でもローズは」
「そう、死んだわ。でも彼は私が死んでいないと思ってる。どこか別の次元に飛ばされたんだって、そう思い込んでいるの」
別の次元……?
私が首を傾げていると、ローズはここから少し昔話をさせてほしいと言いながら悲しそうに笑った。
魔王ギオラビオル……ローズがオーリーと呼ぶので私もそう呼ぶことにする。
ローズは辺境の村で生まれ育ったただの村人で、オーリーとは幼い頃から一緒に遊ぶ、年の近い友達だったらしい。
つまり、オーリーもまた、ただの村人だったってことだね。
それからローズには他に、年の近い仲の良い双子の友達がいたそうだ。
双子って聞くと、なんかオリドとリビオを思い出すなぁ。
「その双子の魂を持って生まれたのが、エルファレス家の双子よ」
「へー、そうなん……ええっ!? な、なんか今すごい情報をさらっと聞かされた気がする!」
「もちろん、記憶はないだろうけどね。それぞれ姿も性格も似ているけれど……やっぱり別の人なんだなって感じがするわ。魂は同じでも、別人ね」
「そうなんだ……なんだか不思議だね」
「私も不思議な気持ちよ」
まさかそんな繋がりがあるとは。それと、生まれ変わりってやっぱりあるんだなぁって少し感動する。
そっか、魂は同じでも別人……。当たり前のような、そうでもないような。本当に不思議だ。
ただ二人とも魔力を一切持っていなかったそうで、そういった性質なんかは同じみたいだとローズは言った。
「私は生まれつき魔力を多く持っていてね。でもそれって小さな村からすると結構すごいことだったの。両親も魔力なんてなかったし、先祖返りかな? なんて言われていたわ」
実際、ローズの遠いご先祖にはすごい魔法使いがいたのだとか。
確かに、辺境の村に魔法が使える人材がいたら驚くよね。私もヴィヴァンハウスの出でとんでもない魔力を持っちゃったから、当時の村での反応は容易に想像がつくよ。
「けど、オーリーはもっとすごかったの。彼は森で捨てられていたところを村の人が見つけて拾ってきた子どもらしいんだけど……まだ言葉も話す前の赤ん坊の頃から魔力が溢れていたそうなのよ」
「赤ん坊の頃から!? それはなんというか、すごいを通り超して……」
「ええ……不気味よね。当然の反応だと思う」
うっ、なんだかごめん。私も規格外な魔法使いだったせいで変な目を向けられた経験があるというのに。
それでも赤ん坊の頃からそうだったと言われたらやばいって思っちゃうもん。
だから当然、オーリーは村で浮いていたんだとか。
「でもね、オーリーを拾って育ててくれた人がとても優しい人格者だったの。だから酷い差別とかはなかったわ。少し浮いているな、っていうくらいで」
なお、幼いローズはそんな事情なんて知る由もなかったから、構わず仲良くしていたという。
それを許すローズの両親も人格者だなぁ。不気味に思う村の人たちの反応が正常だと思うもん。
だからそれを聞いて少しほっとした。虐げられた恨みで魔王になった、とかではなさそうで。
結局は魔王になっているわけだし、複雑な気分ではあるけど。
「オーリーの才能は魔力だけじゃなくてね? 誰にも教わらずに魔法の使い方を知っているみたいだった。感覚で全てを理解しているっていうのかな……」
「天才?」
「そう。間違いなくオーリーは魔法の天才だったわ。私はただ純粋にすごいなって思っていたけれど、村の人たちはそれが余計に怖かったみたい」
「それが普通の反応だよ。怖がるのは仕方のないことだと思う」
「私も今ならわかるけどね。子どもだった私はただただ憧れの気持ちがあって。私にも教えてって頼んだんだけど……正直、何を言ってるのかさっぱりわからなくて」
「あー、天才ってそういうところあるよね。教えるのはすっごい下手なの」
いつの時代も、そういう天才がいるものなんだな。
天才の全てがそうとは限らないけど、どうしてもふわっとベル先生の顔が浮かんでつい笑ってしまった。
「そうなのよ! だから結局、私は本を読んだり、町から魔法使いを呼んで教えてもらったりしていたの。そこで私は模倣魔法という他の誰にも使えない魔法が使えることがわかったんだけどね」
模倣魔法、か。聞いたことはあるけど実際に使う人は見たことないかも。魔法使いとして好奇心が疼く……。
ローズは当時を懐かしむようにクスクス笑っていて、平和な日々だったんだろうな、幸せだったんだろうな、っていうのが伝わってきた。
でも魔王の話なんだから、どこかで何かがあったのはわかっている。続きを聞くのがちょっと怖い。
「楽しかったなぁ……私はオーリーが見せてくれる魔法が大好きだったから、いつも遊びに誘ってたわ。オーリーも、口数は少なかったけど嫌がってはいなかったと思うの」
そのうち、ローズを介して双子とも仲良くなって、四人はいつも一緒に遊ぶようになったそうだ。
オリドとリビオで想像しちゃう。そういう偏見のないところを知ると、生まれ変わりなんだなぁって実感するよ。
ローズはそこで一度話を区切ると静かに目を伏せ、訪れた不幸について語った。
「ある日、村が魔物の群れに襲われてね。村の人はみんな死んだわ。私も双子も死んだのよ」
「……え?」
「死んだの。間違いなくね」
あまりにもさらっと話すから危うく聞き流すところだったけど……それは、とんでもない不幸だ。不運としかいいようがない。
私が言葉を失っていると、ローズは続けてよくわからないことを言いだした。
「でも気付いたら生き返ってた。村も魔物の群れに襲われていなかったの」
「えっ」
「変わったことはただ一つ。オーリーの姿がどこにもないということだけ」
……ピンときた。ピンときてしまった。
その時に何が起きたのか、私の予想が合っていたとしたら。
「双子はね、自分たちが魔物の群れに襲われて死んだことを何も覚えてなかった。けどオーリーのことは覚えていたから一緒に探したわ。もちろん見つからなかったけど……」
胸がざわつく。たぶん、正解なんだと思う。
だって私、勉強したんだもん。自分の魔法について、しっかりとね。
安易に使ってはいけない魔法、十分気を付けなければ危険を伴うということも。
「次第にみんな、オーリーのことを話さなくなった。不気味に思われていたから、むしろいなくなってホッとした人が多かったんだと思う。でも私はあきらめたくなくて、魔法の研究に没頭したの。オーリーのことだから、きっと魔法に関係があるって直感してね。私だけ死んだ記憶があるのも、魔力が関係してるんじゃないかって」
それはとんでもなく大変な作業だったんじゃないかって思う。
今でこそ、先人たちの知恵の詰まった書物があるから調べられるけど……ローズが生きていた時代はきっと大昔のこと。その時代にはまだ魔塔もなかったんじゃないかな。
しかも辺境の村でしょ? ローズもだいぶ天才の類だと思うよ。
「というかね? 薄々私は勘付いていたの。ただ確証がなかったのと、そんなのあり得ないって。でもそうとしか考えられなかった。そしてそれは事実だった」
ああ、やっぱりそうだったんだね。
「オーリーはあの時、時間を巻き戻したのよ。彼の得意魔法である、時魔法を使ってね」




