103 冷たい人間は一人だけでいい
衝撃的な事実ではあるけど、聞かされたところであまりショックは受けていない。
私に人の心がないのかもしれないけど、あまりにも昔の話すぎて感情移入ができないというのが正しい気もする。
「その情報って、王族とか高位貴族は知ってる、みたいな感じ?」
「ちょっと惜しいな。たしかに高位貴族が知っている率は高いけど、僕の場合は魔塔主として知識を引き継いでいるよ。高位の貴族だからって腐ってないとは限らないから。伝えるかどうかは事実を知る家の当主が決めることが多いね」
「じゃあ、歴史が伝えられずに消えた家門もあるってこと?」
「その通り。あ、エルファレス家にはちゃんと伝わっているよ。時期がきたらオリドとリビオにも伝えるつもりさ」
「……それ、私が先に聞いてよかったの?」
公爵家の跡継ぎよりも先に聞かされるっていうのは、こう、貴族的に大丈夫なのだろうか。
ベル先生がそんなこと気にするような人じゃないのは知っているけど……。
私がなんとも言えない顔で尋ねると、ベル先生は当たり前のことでも言うかのように軽い調子で言った。
「知る権利があるだろう? 魔王は君の宿敵でもあるのだから」
知る権利がある、か。うん、それはたしかに。
今聞いておかないと、後で聞けるかもわからないしね。
「あ、ちなみにこの情報は誰にも言ったらダメだよ! 存在ごと消されるから」
「物騒!! 言わないけどさぁ!!」
本当に大事なことほど後出しするよね、この人はっ! 秘匿された情報っぽいからそんな気はしたけど!
というかベル先生はいいわけ? まぁ、いいんだろうな。それなりの立ち位置にいるわけだし。はぁ……。
ただ、もしこの話を聞いて私が魔王に情けをかけたくなっていたらどうするつもりだったんだろう。
ルージュならそうならない! と信用してもらえたと喜ぶべきなのか、私がどう受け取ろうと支えられる自信があったのか。
自信家のベル先生だからなんとなく後者な気がするけど、どっちもというのが答えだろう。
私もだいぶベル先生の考えがわかるようになってきた。ほんの一部、上っ面の部分だけだけど。
だってこの人の全てを知るなんてきっと誰にもできない。ママにだってすべては無理だと思うもん。
「それに、いずれはルージュに魔塔主を引き継いでもらいたいと思っているからね」
「そ、れは」
私がちょっと失礼なことを考えていたからかな、ベル先生が思わぬ爆弾発言をぶつけてきた。
これこそ、今言うこと? って感じだよ。反応に困る。
ま、ずっと言われていたことではあるけどね。後継者にしたいって話は。
魔王戦を前に現実味を帯びてきたから余計に気まずいよ。
……それってつまり、私が未来を信じられるようになってきたってことでもある。
以前まではどうせループするんだから、後継者なんて言われても叶うことはないって考えもしなかったからね。
切り捨てていた未来のことを、起こり得ることとして考え始めている。
たったそれだけの変化が恐ろしくもあり、泣きたくなるほど楽しみにしている自分がいることに驚きだ。
複雑な胸中を悟られぬよう、私は肩をすくめながら軽い調子で答えてみせた。
「荷が重いなぁ……今、初めて大人にならなくていいかもって思ったよ」
「あはは! それは困るなぁ。ルージュには立派なレディーになってもらいたいからね」
この人は事情を知っていても、きっとどのループのベル先生でも、私の未来を迷わず信じてくれるのだろう。
ほんと、大した天才だよね。困ったものだ。
ふと、ベル先生は真面目な表情を浮かべた。私も合わせて背筋を伸ばす。
「さて、確認だけれど。魔王を倒すのに情はいらない。元は英雄で、全人類を救ってくれた我々の祖先の大恩人だとしてもね。落ちぶれて世界を滅ぼそうとしている相手だ。切り離して考えよう」
「それはもちろん。今がすべてだから」
「さすが、僕の娘」
私もベル先生も冷たい人間だ。でもそれでよかった。
だってそうでしょ? もし私たちが心優しい人間だったら、過去のことを思って魔王を倒す寸前に躊躇ってしまう。
魔王は敵、今は味方でもノアールだって敵。
そちら側についているサイードも敵だ。
ただサイードに関しては、最終局面でどの立ち位置にいるかで対応は変わるかもしれない。
サイードは流されやすいし、他の元仲間を前にしたらこちら側に戻ってくる可能性もある。
信用してもらえるかはわからないし、お咎めなしともいかないだろうけどね。
一歩、そのラインを越えた時——
「っ!」
「……」
普通に歩いているだけだった。
でもたった一歩、そこに足を踏み入れた瞬間、とてつもない魔圧にさらされて全身に鳥肌が立った。
っていうか、一歩も動けない。怖くて怖くてたまらない。
ほんの少しでも体を動かしたら殺される。命はない。そう思わされる。
なんでよ。
動け、私の体。
死ぬ恐怖くらい、乗り越えられるでしょ。
大丈夫、死んだってどうせループするだけ。
すごくすごく嫌だけど、今の私は死なないんだから。
死んだ経験だって二回ある。なにもわからぬまま死んだことも、苦しみながら死んだこともあるでしょ。
乗り越えろ。
死の恐怖を乗り越えろ。
「っ……行こう。ベル先生」
ジリッと足を摺り足で一歩踏み出す。近づいた。ほんの少しだけど近づけた。
宿敵に、諸悪の元凶に、魔王に。
それができたら次は意外と楽だった。一度動けてしまえばどうにかなるものだ。
私は汗を流しながら、驚いたように目を丸くするベル先生に手を差し伸べた。
「私たちはまだ、生きてる。でしょ?」
「は、はは。僕は今、感心すればいいのか悲しめばいいのかわからないよ」
ベル先生はくしゃっと表情を歪めて私の手をとった。
力がいつもより強くて、切実な思いが伝わってくる。
私のような子どもが、「死」に慣れてしまっていることが悲しいんだよね?
前言撤回。ベル先生は冷たい人間じゃない。
誰よりも温かくて、優しい、心の弱い人だ。
最強で天才で、頼りになる世界一の魔法使いだけど……。
愛する家族がいるベル先生はどうしようもなく弱い。
私はそれを、しっかり理解していないといけない。
ベル先生の言動に甘えすぎてはいけない。彼が潰れてしまう。
冷たい人間は私だけでいい。
そんな私を、ベル先生や家族は愛してくれるから、耐えられる。
「今は君の心の強さを誇るべきなのだろうね。頼もしいよ、ルージュ」
肩の力を抜いて、それでも周囲の警戒を強めながらベル先生は笑った。
そうだった、この人は取り繕うのが上手なんだった。忘れちゃうなんて、私もダメダメだな。
「まぁね。私の歴史は変わらない。だから、そうして誇ってもらえたほうが嬉しいよ。ベル先生」
これからのことを思えばますます、死に慣れているということはプラスに働くはず。
別にやけになるつもりはないよ。慣れているだけで、死にたくないと思っているから。
見てろよ、魔王。
私は最後まで生にしがみついてやる。




