フールドラン侯爵家
庭園を歩く。
季節は初夏。相も変わらず美しい大庭園だ。
工房から俯瞰するのとはまた違った趣がある。
桃色の花びらが一枚、舞ってクラーラの頭に乗った。
彼女はそっと花弁を払う。
庭の端に小屋がひとつ建っている。
チークを使ったログハウスで、周囲の景観を損なわないようにひっそりと建つ。
庭師カーティスが仕事をする小屋だ。
何やら談笑する声が聞こえてきた。
そっと木の陰から様子をうかがう。
小屋の前でカーティスとロゼッタが和気あいあいと話をしている。
庭園の花について雑談しているようだ。
お邪魔かしら……とクラーラは悩むが、今は状況が状況だ。
彼女は躊躇いつつも姿を見せた。
「カーティス、少しよろしい?」
「これはクラーラ様。なんなりと」
「レナートから手紙を預かっているの。どうぞ」
「ありがとうございます。ふむ……」
手紙を受け取ったカーティスは文面に目を流していく。
次第に彼の弛緩した表情は厳しくなり、悩まし気にうなった。
普段から愛想のよい彼にしては珍しい。
「お嬢様、私はお邪魔かと思いますのでこれにて失礼します」
「ああ、待って。できればロゼッタにもそばにいてほしいわ。構わないかしら、カーティス?」
「ええ、もちろん。しかし……レナート様も思い切ったようですな」
何も知らされていないため、クラーラには皆目見当もつかない。
そんな彼女の疑問を察したのか、カーティスは説明する。
「リナルディ伯爵家は借金を抱えていらっしゃいますね?」
「ええ、それはもう山のように。あの人たちは借金を何か別のものと勘違いされているようで。民から税を取ればいい……とお考えのようでした。今現在、反乱が起こっているのも致し方ないことかと。お恥ずかしい限りです」
「ふむ。では、リナルディ伯爵家が最も借金を抱えているのはどの家でしょうか」
クラーラは即座に答えられなかった。
あまりにも借金している家が多いため、候補がありすぎる。
主に姉や両親の浪費のせいなのだが……。
「ロゼッタ、わかる?」
「ええと……財務官の方と以前にお話ししましたが、たしかフールドラン侯から何度も催促が来ているとか」
ロゼッタの返答にカーティスは頷いた。
「おっしゃるとおり、フールドラン侯爵家がリナルディ伯爵家にもっとも資金を融通しています。そして……フールドラン侯は私の父なのです。リナルディ伯爵家に対して、ハルトリー辺境伯家との縁談を紹介したのも私の父ですな」
「まあ……! それではカーティス様は、私よりも格上の貴族様でして? これは今までとんだ無礼を……」
「いえ。私は家を出ております。別に問題を起こしたわけではありませんが、世継ぎには優秀な兄がいますので。私は国内屈指の名魔術師であるレナート様の才を見抜き、一生あの方についていくと決めたのです」
これまでカーティスは身分も姓も明かすことはなかった。
しかし、身なりや振る舞いからどこぞの貴族……子爵家などの者かと思っていたが、まさか侯爵家に連なる者だとは。
となると、レナートの狙いもわかってきた。
「まさか借金の返済を盾に、リナルディ家に迫るのですか?」
「そのとおりです。借金をある程度減らすことを条件に、白魔術の書物を売っていただこうかと。ついでに借金減債をもって、領地の接収も提案します。そうすれば荒れている民生も多少は安定するかと。リナルディ伯が条件を呑むかは不明ですが、借金がある以上は強気に出れないはずですから」
カーティスの父であるフールドラン侯もまた、領地拡大のために奮闘しているところだ。
そういった諸侯の情勢を鑑みて、レナートは策を考えたのだろう。
辺境伯ながら彼は周囲の状況を知悉している。
そうでなければ安定した政治などできない。
「というわけで、父に交渉してみます。しばらく時間はかかると思いますが……」
「ええ、お願いします。トビアス様を救う手段があるのならば、何にでも賭けてみたいのです。それにリナルディ領の民も救ってさしあげたい……」
「お嬢様、トビアス様とは?」
そういえばロゼッタはまだトビアスのことを知らない。
家の地下で眠り続ける少年の存在。
彼が目覚めれば、きっとみな笑顔になってくれる。
「あとで話すわ。では、カーティス……よろしくお願いいたします」
「お任せを」
◇◇◇◇
自室に戻り、事情をロゼッタに話す。
彼女は沈鬱な表情を浮かべた。
「レナート様に眠ったままの弟君が……それに、リナルディ伯爵領がそこまで荒廃していたとは。思えばリナルディ伯爵の治世で、民が安全に過ごせるはずがありません。これまでお嬢様がほとんどの結界を構築していましたから……」
「困ったものね。ただ、カーティスやレナートがどうにか手を打ってくれるみたい。あとはリナルディ家の白魔術書がどのくらい役に立つか……王家にもない書物があるから、新しい情報はあると思うけれど」
今のクラーラにできることといえば、待つことだけ。
レナートは極力負担をかけさせないように配慮してくれたのだろう。
さすがの手腕といったところだが、少し申し訳ない気持ちにもなる。
「私にできることを考えましょう。二人がリナルディ伯爵家の対処に回ってくれるのなら、私は別のことをしないと。例えば、そうね……」
しばし頭を悩ませたクラーラ。
そして思い至ったように顔を上げる。
「ロゼッタ。お願いがあるのだけど、聞いてくれる?」




