第二十話 テイザ山脈
ギルドを出た俺たちは宿で部屋を借りる事は出来ないだろうと早めに見切りをつけ、ボルスの外に出た。
防衛拠点ボルスの防壁の外で野営する。
「明日の朝には出発しようか」
ミツキが俺の淹れた白いコーヒーもどきに牛乳を入れてカフェオレもどきにしながら、明日の予定を確認する。
俺は白いコーヒーもどきを飲み、口を開く。
「当初の予定通りガランク貿易都市に行こう」
「マライアさんからもらった情報にあった、研究所だね」
「本当にあるかどうかは分からないけどな」
ガランク貿易都市までのルートを確認するべく地図を開く。
貿易都市というだけあって道が整備されている。ボルスからだとマッカシー山砦を経由して車両で四、五日程度の道のりだろう。途中で野営や魔物との遭遇戦をするとさらに時間がかかる。
「道が整備されてるって言っても、テイザ山脈を迂回しないといけないせいでかなり遠回りしてるね。これを越えていけば二日でつけるかな」
「かなり標高がありそうだぞ。未踏破だって聞くし」
テイザ山脈は峻嶮と名高い、新大陸でも有数の山脈だ。魔物も多く、精霊人機での踏破が不可能と判断されて半ば放置されている。
未発見の魔物もいるのではないかと言われており、調査は少しずつ行われている。だが、鬱蒼とした森や急勾配といった条件のせいで人類の最終兵器である精霊人機が入り込めないせいで、調査は遅々として進まない。
まともな神経なら越えようとはしないだろうそのテイザ山脈も、精霊獣機という攻撃兼移動手段を持つ俺たちなら超えられる可能性は十分にあった。
必要な物資の量や移動ルートを模索していると、ディアが索敵魔術の反応を告げた。
対物狙撃銃を引っ掴んで立ち上がる。
だが、防壁沿いに俺たちの下へ歩いてくるのはタリ・カラさんとレムン・ライさんだった。
「その物騒な物を下ろしていただけませんか?」
タリ・カラさんに苦笑しながら言われて、俺は対物狙撃銃を下ろした。
「悪い、防壁の外だとどうしても警戒してしまってさ」
「いえ、警戒した方が良いと思います。何しろ、こんな場所ですから」
そう言ってタリ・カラさんはボルスへ目を向けた。
森ではなく、ボルスの中へ目を向けたタリ・カラさんに、ミツキが声を掛ける。
「ロント小隊長の依頼を受けたんですね?」
タリ・カラさんは困ったように苦笑して、頷いた。
「まさか泥沼の派閥争い中だとは思わなくて、話を聞かされた時には驚きました。まだまだ、情報収集の手段を学ばないといけないようです」
「お嬢様、情報収集であればこのレムン・ライが知り合いを当たりましょう」
「今後はそうしてもらいます。でも、わたしも学ばないと」
きちんと相談をしている事に他人事ながら安堵しつつ、俺は話を戻す。
「それで、俺たちに何か用ですか?」
「ロント小隊長から、いざという時に鉄の獣へ連絡ができるようにしてほしい、と言われました。頼りにされているんですね」
「ロント小隊長はボルスに来て日も浅いですし、近隣の開拓者にも顔が利かないからでしょう」
タリ・カラさんとレムン・ライさんは俺たちが広げている地図を見て首を傾げる。
俺たちの広げた地図にはテイザ山脈を問答無用で突っ切る赤い線が引かれ、すでに判明している勾配を考えに織り込んだ日数などが記載されている。
「まさか、テイザ山脈を越えるつもりですか?」
「開拓者をやっている理由の一つが名所絶景巡りなもので」
「無謀、ではないのでしょうね。精霊獣機の索敵能力には護衛の間、何度も助けられましたし……」
ディアとパンサーの索敵能力を知っているタリ・カラさんは無謀と否定することもできず、それでも常識外れだと零した。
「常識なんていつか壊れるモノですよ。今回壊すのがたまたま俺とミツキだっただけです」
「精霊兵器開発者兼、研究者兼、開拓者。いま新たに、登山家の称号を得ようとしているの」
ミツキが拳を夜空に突き上げて宣言する。だんだんと、バランド・ラート博士を笑えない肩書きのオンパレードになっている。
俺は広げた地図の一点、ガランク貿易都市を指差す。
「俺たちの次の目的地はこのガランク貿易都市です。姉妹都市のトロンク貿易都市にも機会があれば足を延ばそうと思ってます」
マライアさんに教えてもらったバランド・ラート博士の研究所はガランク貿易都市とトロンク貿易都市の間に存在しているらしい。
「俺たちは精霊獣機に乗っている関係で、宿で泊まろうとしても断られることが多いんです。ですから、連絡はギルドにお願いします」
「分かりました」
タリ・カラさんは俺たち宛の連絡方法として、ギルドに軍の新大陸派閥から圧力がかかった場合でも救援を頼めるよう、符丁を提案してきた。
救援の必要なしと救援を求む他にも月の袖引くに何かあった時の符丁などを教わる。
タリ・カラさんは一つ一つ符丁の意味を話した後、言い訳をするように続けた。
「ここまでするのは警戒のしすぎかもしれませんが、ギルドにも軍のスパイがいるかもしれない、とロント小隊長からの指示です」
「それだけ、軍の内部が緊迫しているという事でしょう。タリ・カラさん達こそ、派閥争いに首を突っ込んで大丈夫ですか?」
「団内での意見はまとまりました。今回は見返りも大きいので、満場一致で賛成でしたよ」
諸手を上げて歓迎するほど、護衛依頼ばかりの生活に不満が溜まっていたのだろう。
タリ・カラさんも分かっているのか、暴走させないように気を付けるつもりです、と笑った。
「それでは、わたしたちはこれで失礼します」
「えぇ、可能なら、再会はボルス以外のどこかにしたいですね」
ボルスで再会するという事は、ロント小隊長たちに何かあった時なのだから。
タリ・カラさんは複雑そうに頷いて、レムン・ライさん共々ボルスへ戻って行った。
明くる朝、ボルスで必要物資を買い込んだ俺たちはさっそくテイザ山脈へ向けて出発した。
「絶好のピクニック日和だね!」
ミツキが笑うほど、どこまでも青い空が続いている。
気温は比較的高いが、湿度もなくて過ごしやすい。
ディアの速度を時速五十キロ程度に調整しながら、道を外れて森の中に入る。
虫の音があちこちから聞こえてくる。
森の奥まで来ると、進行方向に山の連なりが確認できた。
今回登る予定のテイザ山脈だ。
テイザ山脈には多くのスケルトン種が生息するとされている。
「精霊人機の元になった魔物か。実際に見たことはなかったな」
「人骨型しかいないらしいね。動物の骨とかもいていいと思うのにさ」
ミツキの言う通り、スケルトン種には人骨型しか存在しない。これも、精霊兵器が人型以外受け入れられない理由なのかもしれない。
テイザ山脈に入ると、途端に勾配が険しくなった。
大きな岩がいくつも転がっており、足元にも石が転がり、木の根が飛び出ている。
木々が無秩序に生育していて、木漏れ日もわずかだ。
適当に目についた巨石に近付いて、観察してみる。
「火山岩みたいだね」
ミツキが巨石を観察して、呟く。
巨石には苔がまとわりつき、窪みに積もった土からはシダ植物が健気に生えていた。
「雰囲気あるな。ご神体として祭られてそうな神々しさだ」
太陽の角度も良かったのか、木漏れ日がスポットライトのように当たっている。
それにしても、と俺は来た道を振り返った。
「これは車両が通れないのも納得だな」
ごろごろと大岩が転がる急な坂道。少し湿った地面には苔の生えた石やら木の根、腐った倒木などなど。
車両が通れるほど広い場所はなく、精霊人機で踏破しようにも上り切る前に魔力切れを起こすのは間違いない。
「徒歩で登り切ろうにも大型魔物に出くわしたら死んじゃうし、人跡未踏も当然だよね」
「それにしても、誰も足を踏み入れていない場所に入るのはどうしてこうもわくわくするんだろうな」
「それはね、ヨウ君が坊やだからさ」
したり顔でミツキが言う。こういう時に使う言葉じゃない気がするが、外れているわけでもない。
坊やらしい冒険心を胸に抱き、さらにテイザ山脈を登る。
何度も方位磁針を確認し、昇り降りを繰り返す。
植生が徐々に高山特有の背の低い物に変わり始めた頃、俺たちはどちらともなく足を止めた。
無言で視線を交差させ、音を立てない様に森へ戻り、木の陰に姿を隠す。
「ねぇ、あれ、何?」
ミツキの質問に、俺は肩を竦めた。
「新種だろ。というか、デカすぎる」
俺は木の陰から向かいの山の頂付近に佇むそれを窺う。
体高十メートル、あるいはそれ以上はあるだろうか。
それは人骨型の魔物、スケルトン種の大型魔物だった。
白亜を思わせる滑らかな人骨は俺が知るあらゆるスケルトン種のどれにも分類されない、大型魔物だ。
「スケルトン種に大型魔物なんて確認されてたか?」
「実在の可能性は高いって言われてたけど、まだ発見はされてないね」
ミツキも木の陰から向かいの山の頂にいる大型スケルトンを観察して呟く。
「どうする? 倒す?」
「いや、カノン・ディアで倒せるかもしれないけど、大型スケルトンなんてどれくらい堅いか分からない」
スケルトン種は頭骨の破壊で倒せる。しかし、ヒビやちょっとした穴程度では効果がない。
カノン・ディアが効かない場合も怖いが、銃弾が貫通して穴だけ開きました、だとまだ活動する可能性があるのだ。
「さわらぬ神に祟りなしって事で、無視しよう」
「それが無難かもね」
踏破予定だった山の頂を大型スケルトンが占拠しているため、俺たちはルートを変更することにして、地図を開く。
少し遠回りになってしまうが、大型スケルトンが占拠している山を大きく迂回して、二つ先の山を目指すことにした。
「山頂からの眺めが楽しみだったのに、大型スケルトンばっかり楽しんでずるいよね」
「俺たちはあいつの縄張り、家に不法侵入したようなもんだから、諦めるしかないさ」
ミツキを慰めつつ、慎重に山を下りる。
それにしても、あんな大型魔物まで生息しているとなるとテイザ山脈の踏破は精霊人機をもってしてもきつそうだ。
「悔しいからあの大型スケルトンに名前付けてみる」
「ガシャドクロとか?」
ミツキの考えを先読みするつもりで名前の例を挙げる。
「違うよ」
ミツキが人差し指を左右に振り、そのまま大型スケルトンをびしりと指差す。
「命名、交通訴訟賞」
「意味が分からな……まさか骨粗しょう症とかけてるのか?」
ミツキがにやりと笑う。
「ちょっとした呪いをかけてみました」
「ちょっとどころか致命傷だと思うけどな」
ミツキと笑いつつ、山頂を迂回して山を下りた俺たちは次の山を麓を回りながら迂回して、また山登りを始める。
ディアとパンサーの索敵範囲は最大だ。間違っても大型魔物との戦闘なんてしたくない。
相変わらずの原生林を進んで山頂を目指していると、小さな渓谷が姿を現した。
まな板を二枚、斜めに立てたようにストンと落ちる崖の下には川が流れている。
視線を転じて川上を見ると、滝がある。白い飛沫を上げながら落ちる滝壺は青い水を湛えていて、枯葉が数枚漂っていた。
滝壺から流れる水が地面を侵食してこの渓谷を形作ったようだ。
「綺麗だね」
ミツキが滝から流れる水を追って渓谷を眺め、呟く。
こじんまりとしているが、静謐で風情のある景色だ。
交通手段が確保できればちょっとした観光名所になるだろう。
しかし、魔物がすむ険しい山々を越えてこの渓谷まで来ることができるのは、今のところ俺とミツキしかいない。
「独り占めだな」
「二人占めだよ」
ミツキと顔を見合わせ、笑いあった。




