第九話 飛蝗の提案
沈んでいくギガンテスの死骸に呆気にとられている開拓者や防衛軍に、ミツキが声を張り上げる。
「まだ戦闘は終わってないんだから、ぼさっとしない!」
女の子らしい高い声ながら、ギガンテスの攻撃を相殺して見せた実力者でもあるミツキの一喝に、防衛軍がすぐに動き出す。
「残りはゴライアとゴブリンだけだ。海に押し出せ!」
防衛軍の精霊人機が拡声器を使って仲間を鼓舞する。
スカイとレツィアがゴライアを優先的に倒し、海を赤く染めていく。
制圧まで、さほど時間はかからなかった。
人型魔物の血と死骸に埋め尽くされた港を見まわして生き残りがいないのを確認し、一息つく。
レツィアを回収屋の整備車両へ格納して簡易の整備を仲間に任せて、デイトロさんが俺たちを手招いてきた。
俺はミツキと一緒に倉庫から降り、魔物の死骸を片付けている防衛軍の作業を邪魔しない様に港を出て、回収屋の整備車両横にディアを止めた。
デイトロさんと同じように青羽根の整備車両にスカイを格納して点検と整備を任せたボールドウィンが、水筒から水を飲みながら歩いてくる。
「コト、さっきの銃撃は何だよ。カッコ良すぎんだろ」
「カノン・ディアだ。スカイにも搭載しようと思ったんだが、色々あって断念した」
カノン・ディアは非常に強力な兵器だが、機構がかなり複雑な上に各種魔法の発動タイミングや強度が非常にシビアで、魔導核に刻む魔術式が膨大な量になる。
反動も非常に大きく、スカイに搭載するなら右腕か左腕のどちらかをカノン・ディア専用に作り直す必要があった。
実質的に、精霊人機に搭載するのは不可能だったのだ。専用機クラスの良質な魔導核ならギリギリ容量が足りるだろうか。
説明すると、ボールドウィンはディアを横目に見る。
「そんなに良質な魔導核を積んでるのか?」
「いや、精霊獣機は攻撃魔術を使わない事もあって、魔導核の容量は余ってるんだ。スカイと同じくらいの質の魔導核を積んでるけどな」
そうか、とボールドウィンが俺の対物狙撃銃を見る。
「いいなぁ。かっけぇなぁ」
おもちゃをねだる子供みたいな顔してるボールドウィンに苦笑して、俺はデイトロさんを見る。
「これから、マライアさんたちと合流ですよね?」
「そうなるね。先にデイトロお兄さんの仲間を町の入り口で回収してからになるけど」
回収屋が所有するもう一機の精霊人機は街道を来る人型魔物に備えて町の入り口の防衛に当たっている。
港から来る人型魔物の対応に精いっぱいだった町の防衛軍やギルドは精霊人機を町の入り口に置いておけなかったのだ。
ミツキが長い黒髪を縛り直しつつ、口を開く。
「私たちが奪還作戦でデュラの近くに居なかったら、街道から人型魔物が来る事にも気付けずに、挟み撃ちが成功してたね。ヨウ君、髪を縛るの手伝って」
「後ろ向け」
ミツキの背中に回って後ろ髪を縛ってやる。
デイトロさんがディアを見た。
「さっきの、カノン・ディアだったっけ? あれは残り何回撃てるんだい?」
「もう撃てないです。魔力をかなり消費するので。一応、これから魔力を込め直して一発撃てるかどうかまで回復させてみますけど、あまり期待しないでください」
カノン・ディアは銃身から炸薬代わりの圧空、更に姿勢制御と反動軽減を兼ねた遊離装甲の変形魔術など、いくつもの魔術を同時使用するため、魔力の消費が激しい。
それでも、大型魔物を遠距離狙撃できるというメリットは、精霊獣機に乗る俺とミツキにとって何にも代えがたい。
デイトロさんは難しい顔で顎に手を当てると、グラマラスお姉さんを振り向く。
「港を襲っていたギガンテスの中に、首抜き童子がいたかい?」
グラマラスお姉さんは首を横に振った。
「右手薬指が欠損した個体はいなかったね。首抜き童子は街道を進む一団にいると考えるのが自然だよ」
つまり、港側の一団は囮で、本体は街道、という事らしい。
確かに、人型魔物にとっては餌である人間を港側から攻めて追い払うより、町の入り口から攻めて逃げ場をなくした方が都合が良いだろう。
人型魔物がどこまで考えているかは謎だけど。
ミツキの髪をまとめ終えて、俺はディアの蓄魔石に魔力を込める。ミツキも同じようにパンサーへ魔力を込め始めた。
デイトロさんがグラマラスお姉さんから渡された果物の蜂蜜漬けを口に含み、水で流し込む。レモンの蜂蜜漬けみたいなものだろう。精霊人機の操縦士はかなり集中力が必要になるため、疲労もたまる。
「全快は無理でも、奇襲を掛けるために走り回っても大丈夫なように魔力を込めてくれよ」
デイトロさんが注意すると、回収屋と青羽根から了解と声が上がった。
そうこうしている内に、防衛軍の操縦士と指揮官が近付いてくる。
「救援感謝する。ついでにあの雑魚共を締めておいてくれ」
指揮官が額に青筋を立てながら、道路の真ん中でへばっている素人開拓者を指差す。
「ギルドに言ってね。デイトロお兄さんはデュラから急いで駆け付けたんだから、労わってもらいたいよ」
片手をひらひらさせて軽薄に笑ったデイトロさんは、防衛軍の操縦士に声を掛ける。
「お疲れ様。お悔やみを言いたいところだけど、まだ終わってないんだ」
倉庫前に力なく横たわる操縦席にぽっかりと穴の開いた精霊人機を痛ましそうに見てから、デイトロさんは続ける。
「街道から人型魔物の集団が向かってきてる。デイトロお兄さんたちは町を出て森の辺りで迎え撃つけど、かなりの数の撃ち漏らしが出ると思う」
「この町を守るのが自分の務めなので、後ろは任せてください」
操縦士がデイトロさんに最敬礼する。
任せてくださいと言われても、精霊人機が一機で町の防衛が可能かと言われると疑問符がついてしまう。
指揮官も同じ気持ちなのか、苦い顔をしていた。
「恥を忍んで頼みたい。町に残って防衛できないか?」
「悪いけど動き回って攻撃する方が得意でね。それに、竜翼の下と合流できれば、こちらの防衛に回るよう頼んでくるよ」
「竜翼の下も来てるのか! それはありがたい」
拠点防衛に定評のある竜翼の下が来ると聞いて、指揮官が初めて安堵したように息を吐いた。
俺は魔力を込め終えたディアに跨る。
「ヨウ君、一発くらいは撃てる?」
「どうかな。威力を落とした奴なら撃てるかもしれないけど、できれば撃たないで済ませたい」
パンサーの背にひらりと飛び乗ったミツキに聞かれてあいまいな答えを返す。
元々、魔力をフル充填したディアで、カノン・ディアを三発撃つのが限度だ。戦闘で走り回ればその分、撃てる回数も減る。
「俺はゴライアに傷を負わせることに専念するよ。倒している余裕はなさそうだ」
「私は魔導手榴弾でゴブリン狩りが主になるかな。ゴライアも巻き込めたら積極的に狙うけど」
方針を決めている間に、レツィアとスカイの整備点検も終わったらしい。
休憩は終わり、と各自が機体に乗る。
避難が完了して閑散とした町中を走る。
町の入り口で見張りについていた回収屋の精霊人機と合流し、そのまま街道をデュラに向けて移動する。
精霊人機が三機、整備車両が二台、それに俺とミツキの精霊獣機という編成のため、速度はかなり早い。
それでも余裕のある俺とミツキを見て、デイトロさんがレツィアの拡声器越しに指示をくれる。
「奇襲組とひそかに合流して、港の防衛が済んだことと、こちらが合流を望んでいる事を伝えてきてくれ」
「分かりました」
ひそかに、というからにはファイアーボールを打ち上げて連絡を取ることはせず、あくまでも奇襲にこだわるという事だろう。
俺はミツキと一緒に森の中へ入り、索敵魔術の反応を確認しながらマライアさんたちをさがす。
しかし、索敵魔術の反応より先に、マライアさんたちの方から居場所を教えてくれた。
「ヨウ君、あれみて」
ミツキが指差す先で砂煙が上がっている。
マライアさんたちが人型魔物に対して奇襲しかけたのだろう。
ディアのレバー型ハンドルを握り込み、加速させる。
腰を浮かせ、前傾姿勢を取りながら、風を切って進む。
高速でディアがぶつかったため、硬く高い衝突音を立てて枝が弾かれ、どこかへ折れ飛んでいく。
街道へ到着する前に、マライアさんたちを見つけることができた。
「鉄の獣! 町はどうなった?」
竜翼の下団長、ドランさんが整備車両から質問してくる。
「防衛には成功しました。ただ、精霊人機が三機やられて、今町の防衛に残っているのは防衛軍所有の一機だけです。竜翼の下の救援を求められてます」
「被害が大きいな」
ドランさんが頭を掻き、横のグラシアを見る。
ただでさえ真っ赤な塗装のグラシアは、夕日を浴びてなお紅く輝いていた。
しかし、グラシアの隣に佇む飛蝗所有の精霊人機二機のうちの一機は右ひじから先がなくなり、操縦席のある胸部が陥没していた。
どうやら、ギガンテスの投げつけた石の槍を避け切れず、右腕を犠牲に威力を殺そうとしたものの胸部にまでダメージが伝わったらしい。変形した操縦席から足を怪我した操縦士が飛蝗の団員に手を借りて救い出されている。
グラシアから苦々しい声が聞こえる。
「こっちも一機、中破してるんだ。首抜き童子と二重肘、あいつらは聞いていた以上に手強いね。しかも、他のギガンテスが十一体とも魔力袋持ちだ。腕一本で済んだのは奇跡だよ」
ひとまず、回収屋と青羽根の合流を待ってから、竜翼の下を町へ向かわせるという。
それまでは魔力の補充をしつつ、人型魔物の様子を見るとの事だった。
「もうすぐ日が暮れる。あいつらが寝てくれれば、こちらも準備を整えられるんだけどね」
望み薄だろうね、とマライアさんがため息を吐く。
港側との挟み撃ちを狙っているくらいだ。足を緩めることはないだろう。
重量級で足の遅い竜翼の下も奇襲での無理が祟って整備が必要らしい。
せわしなく整備士が動き回る中、デイトロさんたち回収屋とボールドウィン達青羽根が合流した。
グラシアからマライアさんが下りてくる。
「団長と操縦士は全員集まりな!」
マライアさんのいるグラシアの足元に集合する。
「港の防衛には成功したが、街道の人型魔物がかなり手ごわい。それに、ここから先は夜戦になる。経験のある者は?」
マライアさんが挙手を促す。
どうやら、経験がないのはボールドウィンだけのようだ。ただし、ボールドウィンは開拓学校で夜戦の訓練を積んでいるため、まったく経験がないともいえないらしい。
「ミツキ、今日は満月か?」
「たしか、十三夜月。満月じゃないけど、近いくらい大きいよ」
「月明かりも少しは期待できるか」
それでも、夜戦は危険が伴う。精霊人機ではどうしても足元が見えずに転倒リスクが高まるし、不意打ちも受けやすい。
生身のギガンテスたちは転倒しかけても反射的に体勢を立て直せるが、精霊人機は熟練者でなければ即座に体勢を立て直すのが難しい。戦闘中ならなおさらだ。
夜戦で、しかも仕掛ける側とはいえ、有利とは限らないのが魔物相手の戦闘なのだ。
マライアさんが団長と操縦士を見回す。
「さて、そこで提案があるんだ」
そう言って、マライアさんは獰猛な笑みを浮かべる。
「整備車両をバラさないか?」




