第六話 挟み撃ち
拠点にしている村に帰り着くと、作戦の成否を待ちわびている奪還組の姿があった。
マライアさんがグラシアを操作し、片腕を高々と掲げて作戦の成功を伝えると、歓声が上がる。
さっそく魔力を充填しなおすために整備車両に入っていくグラシアを見送って、俺とミツキは昼食の用意をするべくとある民家の前に陣取った。
青羽根の団長、ボールドウィンと整備士長がやって来る。
「無事だったみたいだな。飛蝗の戦闘部隊も負傷者は出たが死者はなしだとさ」
ボールドウィンが教えてくれた情報にほっとする。
「特に苦戦する事もなく作戦は成功したからな。ただ、ギガンテスが一切出てこなかったんだ。それだけが気になる」
俺がボールドウィンに話すと、鍋に水を入れて火にかけていたミツキが話に加わった。
「北門には門番としてゴライアまでいたのに、ギガンテスは周囲に居なかったんだよね。索敵魔術に反応しなかったってことは、防壁の裏にいたとも考えにくいし」
「魔導手榴弾の音もしたのにやってこなかったのも気になるな」
仮にギガンテスが来たとしても、マライアさんがグラシアの魔力を使って生み出したロックウォールを破壊できるとは思えないけど。
ボールドウィンが愛機のスカイを振り返る。
「ギガンテスはデュラの中央辺りに陣取ってるのかもな。グラシアの魔力充填が終わったら本格的にデュラに乗り込む事になるし、今のうちにギガンテスの数を減らしておきたかったが……」
「デュラの中にいるんじゃ手が出せないな」
ボールドウィンの言葉を引き継いだ整備士長がため息を吐く。
デュラに巣食う人型魔物の中で最も厄介なのはギガンテスだ。
今回の奪還作戦に参加している開拓団は青羽根を除いて実績を積んだ凄腕ばかりで、歩兵人員も実力者がそろっている。
それでも、大型魔物であるギガンテスだけは精霊人機でないと対処できず、被害を覚悟する必要もあった。
可能ならギガンテスを単独、せめてゴブリンやゴライアといった小規模な戦力を率いた状態でデュラの外へ釣りだし、各個撃破したい。
デュラの中に何体のギガンテスがいるかもわからないのだ。
「ヨウ君、このゴーヤ切って」
「おう」
俺とミツキの間ではゴーヤと呼ばれているナス色をした野菜を切る。ワタを確保。後でてんぷらにでもしよう。
深刻な顔をしていたボールドウィンと整備士長が何故か俺の手元を凝視した。
「なんだよ。じろじろ見て」
「お前ら、それ食うのか?」
恐る恐ると言った様子で、整備士長がゴーヤを指差す。
何を隠そう、このゴーヤはめちゃくちゃ人気のない野菜だ。苦い上に、何故か少しのエグ味がある。山菜、それもタラの芽に近いエグ味だ。
俺とミツキはこのエグ味こそ気に入っているのだが、この世界では一部の間で罰ゲームや我慢比べに使われる食材である。イベントの数だけ売れる定番野菜という少し独特な地位を築いている。
無論、好き好んで食べる者は俺とミツキくらいのものだ。おかげで安く手に入る。
「食うか?」
「う、うぅん」
何やら葛藤し始めたボールドウィンと整備士長。
二人を置いてけぼりに、俺はミツキに切り終えたばかりのゴーヤを渡す。
ミツキは受け取ったゴーヤをフライパンで炒めはじめた。
「ベーコンと卵を使ってパスタにするね。ワタはどうする?」
パスタになるなら、ワタを揚げると食卓が油っぽくなりすぎる。
「よし、マリネるわ」
「オッケー。ビネガーはパンサーの収納部の手前にあるよ。昨日の夜に少し使ったから」
あのロールキャベツの隠し味に少し入っていたらしいワインビネガーの小瓶を取りだし、ついでに彩りを加えるために赤い根菜を見繕う。もちろん、砂糖と塩も用意する。
さくっと作ったゴーヤのワタのマリネを味見して、いまだ葛藤を続けているボールドウィンと整備士長に小皿で出す。
ボールドウィンが困った顔で俺を見た。
「ホウアサさんのレシピか?」
「いや、俺のレシピ」
なんだ、その顔。俺の料理が食えねえってのか。
無言で威圧しながら小皿を突き出すと、ボールドウィンがしぶしぶフォークでマリネを食べる。
「……あれ苦くない?」
「ワタだからな」
そんなことも知らなかったのかよ、こいつ。ちなみにエグ味もほとんどない。食感は独特でマリネにすると結構面白いのだ。
整備士長も一口食べて、おぉ、と感動したような声を出す。
「ちょっとみんなを呼んでくる」
「おい待て、そんなに数を用意してないんだよ」
俺とミツキの分しか持ってきていない。人気がない野菜だけあって、出回る数が少ないからだ。
残念そうなボールドウィンと整備士長がミツキの作っているゴーヤ入りパスタソースを物欲しそうに見る。
「コトの料理がこれなら、ホウアサさんのパスタは……」
「俺の料理よりミツキの料理の方が期待値高いとは――わかってるじゃないか」
俺よりもミツキの方が料理上手なのは事実だ。それは認めよう。
「だが、昼食のパスタは俺とミツキだけのものだ。お前たちにも渡さん。食べたければ、俺を倒していけ!」
「よっしゃ、腹ごなしにコトを倒してやんよ!」
ノリノリで構えるボールドウィンと向き合った時、ミツキがパスタを皿に盛り始めた。
「私はヨウ君のために作ったんだから、ボールドウィン達にはあげないよ。匂いだけで我慢してね」
「ちくしょう。愛されてんな、コト!」
「ふはは、くやしかろう?」
「二人とも、バカなことやってないで早く食べちゃいなよ」
「ボール、みんなが待ってるから行くぞ。コト達もごゆっくり」
整備士長に襟首を掴まれて引きずられていくボールドウィンを見送って、俺はミツキと食卓を囲む。
ゴーヤのパスタは卵で和らげられたゴーヤの苦さが良い感じの仕上がりだった。
パスタを食べ進めていると、運搬車両が近付いてくる音が街道から聞こえてきた。
ミツキと顔を見合わせる。
「スピード出し過ぎだよね」
「あぁ、輜重隊の車かと思ったが、どうにも様子がおかしいな」
まだ姿が見えないにもかかわらず、走行音が村の中まで聞こえてくる。つまり、周囲の森にいるだろう魔物にも筒抜けという事になる。
そんな状態で村に入ってくれば、ここにデュラ奪還に来た人間がいますと魔物たちに喧伝しているようなものだ。
開拓団の団長組が素早く視線を交差させ、マライアさんが立ち上がる。
「飛蝗は戦闘準備! 他は警戒態勢に入りな」
マライアさんの号令を受けて、食事中だった飛蝗の団員が次々と立ち上がって武器に手を伸ばす。
俺も残りの料理をかっ込んでから素早く荷物を片付け、ディアに跨る。
そうこうしている内に村の入り口に運搬車両が猛スピードでやってきた。
俺はディアを見る。
「索敵魔術が反応しない?」
「あの運搬車、魔物に追いかけられているわけでもないのにあんなに慌ててるって事?」
入ってきた運搬車両は飛蝗の輜重隊の物だ。走行音で魔物を引き寄せる可能性くらいは理解しているだろう。
あまりいい予感がしない。
運搬車両が急停止し、助手席から革ジャケットの大男が飛び降りる。
「姐御、緊急伝令!」
「何の騒ぎだい?」
マライアさんは副団長に指揮を任せ、報告に耳を傾ける。
俺やミツキ、他の開拓団の幹部格も報告に耳を澄ませた。村に静寂が落ちる。
大男が口を開く。
「港町が奇襲を受ける可能性あり。漁に出た船が、沖合で泳ぎながら町へ向かうギガンテスたち人型魔物の集団を目撃したとの報告が入りました」
「……やられたね」
マライアさんが苦い顔をする。
デュラの北、南、西の三門は見張りが立てられており、出入りをある程度把握していた。
しかし、デュラの東にある港だけはどうしても監視できない。人型魔物がわざわざ海から外に出るとは考えにくかったため、あまり問題視もしていなかった。
「ギルドからは、今すぐ引き返して防衛に加わってほしいと言われてます。自分が見た限り、デュラ出身者の開拓者が港を固めて、指揮を取れる開拓団もいないせいで現場が混乱しています」
「あほたれが! 現場の精霊人機は?」
「ギルド所有機が二機、町の防衛軍からも二機出ています。港への上陸を阻止するための戦力としては十分です。普通の人型魔物の混成群であれば、ですが」
デュラ周辺の人型魔物はどういうわけか魔力袋持ちの個体が多い。いま港町に向かって泳いでいる人型魔物たちには例外的に魔力袋持ちの個体がゼロとは考えにくい。
仮に、目撃されたギガンテスが魔力袋を持った個体ならば、海の中からロックジャベリンやアイシクルで攻撃される可能性がある。町を背後に庇う精霊人機は不用意に避ける事もできず、一方的な攻撃にさらされるだろう。
防衛拠点ボルスで砲撃タラスクの攻撃にさらされていた精霊人機の姿が脳裏をよぎる。
「魔力袋持ちが多いって報告はきちんと伝わっているみたいだね。ギルドの馬鹿どももちったぁ成長したか。いいだろう。癪だが町へ引き返すよ」
マライアさんが俺たちを見回す。
「聞いた通りだ。町の防衛のため、引き返す。第二のデュラを作るわけにはいかないからね。今すぐ準備を――」
整えな、とマライアさんが言い切る前に、デュラの門を見張っていた飛蝗の構成員が村に次々と駆け込んできた。
何事かと見つめる先で、見張り役がマライアさんに報告する。
「デュラ南門より、人型魔物の群れが街道を移動開始。ギガンテス七体、さらに二重肘を先頭にしたギガンテス六体を含むべつの群れが西門を出ました。ゴブリン、ゴライアも多数確認」
本来なら、歓迎される報告だった。
人型魔物をデュラの市街地ではなく森で相手取れるのなら、被害を気にせず戦えるからだ。
しかし、先になされた沖合を泳いで港町に向かっている人型魔物の群れに関する報告を合わせると、別の事実が見えてくる。
「あいつら、海と陸から港町を挟み撃ちにする気だ」
誰かが呟く。
そもそも、街道を使用しているギガンテス十三体を相手にしてまともに戦える戦力など港町に存在しない。海から襲う人型魔物を勘定に含めると、とても防衛できるはずがなかった。挟み撃ちされればなおさら、勝ち目がない。
人型魔物を森で見ないと思ったら、あいつらデュラを捨てるつもりだったのか。
マライアさんが難しい顔で街道を行くギガンテスの詳細な位置を聞く。
「団長は全員集まりな。鉄の獣もだ」
呼ばれて、俺たちはマライアさんの周りに集まる。
マライアさんは地図を用意させながら、俺たちを見回した。
「時間がないからね。手短に済ませるよ」
マライアさんは用意された地図を広げ、港町とデュラを繋ぐ街道を指差す。
「あたしら飛蝗と竜翼の下でデュラから行軍中の人型魔物に数回の奇襲をかけて足を鈍らせる。その間に鉄の獣、回収屋、青羽根は町に引き返して港を防衛しな。海側の魔物さえ倒せば、あとは街道を移動中の人型魔物を迎え撃つだけだ。あたしらも限界を感じたら町に戻る。戦力はほとんど減らせないと町の方にも伝えな」
遅滞作戦を行う事で挟み撃ちを妨害する作戦だ。異議を唱える者はいない。
俺はマライアさんの愛機グラシアを見る。
「グラシアの残存魔力だと小競り合いしかできないって言ってましたよね?」
「あぁ、今のグラシアに全力は出せない。各団の整備士を貸してほしい。せめてまともな戦闘が可能な状態まで魔力を込めてもらう必要がある」
魔力を馬鹿食いする燃費の悪い機体だが、その分この上ない戦力だ。整備士全員で魔力を込めればどうにか戦闘が可能になるというのなら、乗らない手はない。
竜翼の下団長ドランさんがリーゼさんに声をかけ、グラシアへ魔力を提供するよう整備士たちへの伝言を頼む。
ボールドウィンが俺とデイトロさんを見てから、不思議そうにマライアさんに質問する。
「なんでこの振り分けなんですか? 機動力のある鉄の獣と回収屋の方が奇襲に向いてるはずでしょ?」
ボールドウィンの意見も正しいが、今回は港から襲ってくるという点が問題だ。
「あたしのグラシアがまともに動かせない以上、遠距離攻撃で中、大型魔物に対する攻撃力を有しているのが鉄の獣とデイトロのレツィアだけだからさ」
「そうか、海の中から出てこない可能性もあるのか」
ボールドウィンが納得する。
俺の対物狙撃銃、レツィアの大鎌投擲は海の中にいる魔物に対しても十分な威力を有する攻撃だ。頭を水面に出した瞬間をモグラたたきのように攻撃していく事ができる者は限られる。
おそらく、いま港町にいる戦力で海の中への攻撃手段を有する者は少ない。魔術を使用するほかないだろう。
しかし、歩兵の魔術は中型や大型の魔物に効果が薄く、精霊人機が魔術を使用すると稼働時間が大きく削られてしまう。海だけでなく街道沿いを侵攻してくる人型魔物もいる以上、港の防衛戦で魔術を連発するわけにはいかない。
「ちなみに、スカイには魔術戦に期待してないよ。あんたは魔力袋を持たないギガンテスを遊離装甲シールドバッシュで海の中に叩き落とせ。魔術が使えないギガンテスなら、海の中にいる限り攻撃手段を持たない。つまり、海に叩き落とすだけで無力化できる。出力の高いスカイ向きの仕事だ」
「りょ、了解です」
改造スカイの初陣から特殊性を生かした任務を与えられ、ボールドウィンが少し緊張した声で返事をした。
マライアさんは満足そうに頷いて、俺たちを見回す。
「攻める側から一転、守る側になっちまったけど、やる事は変わらないよ。殺せ。殺し尽くせ。ただそれだけだ。後はデイトロの指揮に従いな」
そう言って、マライアさんはドランさんと一緒にグラシアの方へ歩いて行った。
デイトロさんが真剣な顔で俺とミツキを見る。
「一番足が速いのはアカタガワ君とホウアサちゃんだ。今すぐ出発して、ギルドに街道から人型魔物が迫っている事を報告してくれ。避難民と人型魔物の群れが出くわしたら大惨事になる」
「分かりました。先に行きます」
俺とミツキはデイトロさんたちと別れて、精霊獣機にまたがる。
ミツキが港町の方角を見る。
「信用してくれなかったらどうしようか」
「マライアさんが忙しくなりますね、とでも言ってやれば言う事を聞くだろ」
信用される必要はない。動かせばいいだけだ。
こうして港町へ向け、俺たちは出発した。




