第二十一話 それぞれの致命的なミス
翌日の朝、俺はギルドに来ていた。
待ち構えていたマライアさんが足を組んで俺に訊ねる。
「結論を聞こうか」
「条件付きでの参加、報酬は先払いです」
マライアさんが目を細めて俺を睨んでくる。
「待たせておいて、都合がよすぎやしないかい?」
「呑めないならそれまでです。譲歩できるのはここまでなので」
条件を書いた紙を渡すと、マライアさんはため息を吐いた。
足を組みかえながら、俺とミツキを見比べる。
「これから一緒に命をかけようって相手に出す条件がこれかい? あんたら二人の都合で勝手に離脱されちゃたまったもんじゃないんだけどね」
「不当な扱いをされないための保険だと思ってください。身の危険を感じなければきちんと役割を果たします」
「そうかい。まぁ、あたしらは開拓者であって、軍人じゃないからね。自分の命の使い道を決めるのは自由だ。いいだろう、この条件を呑んでやる」
意外とあっさりと話がまとまり、俺は安堵する。
マライアさんは軍やギルドを相手取って我を通せる実力者だ。あまり敵対したくない。
参加が決まって手続きしていると、開拓団〝青羽根〟の団長ボールドウィンが肩を叩いてきた。
「良かったよ、お前が参加してくれて。危うくスカイを元に戻さないといけなくなるところだった」
「そっちの方が良かったんじゃないのか?」
問いかけると、ボールドウィンは心底不思議そうな顔をした。
「なんで?」
「なんでって……。機体に愛着くらいあるだろ?」
「愛機を獣に貶めている奴が言う台詞かってのはともかく、改造後の機体の方が愛着がわくもんじゃねぇの?」
なおさら分からない、とボールドウィンが首を傾げる。
「ボールドウィンが自主的に改造に踏み切ったわけでも、自分で考えた改造を施したわけでもないのに愛着がわくのか?」
俺の質問に、ボールドウィンは「そんな事か」と苦笑して肩を竦めた。
ボールドウィンがギルドの外を指差す。
「ちょっと一緒に来いよ。本格的な遠征は初めてだから、いろいろ教えてほしいんだ。買い出しに付き合ってくれたら、お前の質問の答えも分かると思うぜ」
俺は一瞬悩んだが、隣にいたミツキに軽く背中を叩かれてボールドウィンの買い出しに付き合う事にした。
三人連れだってギルドを出る俺たちを、ギルドの職員やリーゼさんが珍しがる。
ギルドの前の大通りはいつにもまして騒々しく、人でごった返していた。
デュラが陥落して半年以上。ここ最近はデュラを拠点に周辺の村へゴブリンやゴライアが略奪に来ているらしく、避難してきた住民でこの港町の人口密度が極端に増していた。
幸いというべきか、人型魔物たちはデュラをことのほか気に入ったらしく、デュラの外におけるギガンテスの目撃情報は少ない。
嘘かまことか、海にすむ魔物を捕って食べる姿も目撃されている。本格的にデュラを根城にするらしい。
漁師生活する人型魔物たちの生態に興味がないと言えば嘘になるけれど、野放しにするとこの港町が避難民で埋め尽くされてしまう。
早いうちにデュラから人型魔物を一掃する必要があるだろう。
はぐれないようにミツキと手をつないで歩いていると、ボールドウィンが振り返った。
「お前ら十五歳くらいだろ? たった二人で開拓者やってるのか?」
「十三歳だ。今年で十四になるけど。開拓者としての活動も二人でやってる」
ボールドウィンが頭を掻いた。
「親とかはどうしたんだよ。ファーグ家の援助はないだろうけど、何か言われないのか? 戻ってこいとかさ」
「言われないな。開拓学校を受験させられたのも、ようは厄介払いだ」
「いろいろ複雑な家庭事情なのな。ホウアサちゃんは?」
「似たようなものよ。後、ちゃん付けはやめて」
ミツキに咎められて、ボールドウィンが「分かった、分かった」と不誠実な調子で言い返す。
店が並ぶ大通りへ歩いて行くボールドウィンに、俺は声を掛ける。
「買い出しなら、この通りの店は避けた方が良い。保存がきく食品類は数を確保してないし、医薬品の類は扱ってない店ばかりだ」
「え、そう?」
ボールドウィンが困ったように大通りの店を見回した。
日頃の買い出しであれば問題ないのだが、基本的にこの港町の住人を相手に商売をしている店であるため、保存食品よりもその日の食事に使う食材に重点を置いた品揃えになっている。そのため、生鮮食品が安い代わりに缶詰めなどは高く、在庫もあまり確保していない。
基本的に、開拓者はその町に根差している店を避けて日持ちのする食材を扱う店を探す。同業の開拓者に聞いて店を特定することがほとんどなため、開拓者がその店に集中しやすく、品揃えも自然と開拓者相手に特化していくようになる。
大きな町であれば必ず一件は開拓者向けの店が存在するものだ。
説明すると、ボールドウィンは感心したように「おぉ」と小さく声を漏らした。
「そういう話は開拓学校だと習わないな」
開拓者の間では常識と言ってもいいこんな話も初耳だというからには、ボールドウィン達〝青羽根〟が本格的な遠征に出かけた事が無いというのは事実なのだろう。
これから先、開拓団として活動していけるのか心配になる。
「本当に開拓学校で習わないのか?」
「ほとんどの卒業生が軍に志願するから、民間の開拓者がどうしているのかは習わないな。普通にそこらの店で物資を整えるもんだと思ってた。でも、そういえば開拓団の規模が大きくなったら店で買うのも迷惑になるよなぁ」
今まで考えたこともなかったのが、口振りからも分かる。
ちなみに、規模の大きな開拓団であれば問屋に卸してもらったり、大手の商会と取引して魔力袋を融通する見返りに援助してもらったりする。
十人で構成されている小規模な開拓団である青羽根なら店の方で事足りるだろうと、俺は店を紹介するためボールドウィンを追い抜く。
すると、ボールドウィンが歩く速度を上げて俺の横に並んだ。
「さっきの質問だけどさ。てっきり二人は家出したんだと思ったんだよ。十三歳で開拓者って珍しいだろ?」
「そうでもない。開拓学校の退学者だったり、村や町を焼け出されて開拓者になる奴の中には俺たちより年下の奴もいる」
「そういう奴はたった二人で活動しないだろ」
ボールドウィンの言葉に肩を竦める。
年齢と家出人かどうかは関係がない事を言ったのに、人数に言及されても話が違うとしか言いようがない。
俺やミツキが転生にまつわる事情を抱えていなければ、どこかの開拓団に所属する道もあっただろうが、仮定の話をしても意味はない。
ミツキが俺とボールドウィンの会話に割り込んできた。
「私たちの事情なんて、あなたたちには関係のない事でしょ」
「寂しいこと言うなよ。そりゃあ、最初に会ったときは失礼なこと言ったけどさ」
ギルドを出る前にも言ったけどな。
自覚はないようだし、指摘しても理解できないだろう。
俺とミツキが口を閉ざすと、ボールドウィンは空気が悪くなったのを察したか視線をさまよわせる。
「な、なんか悪いこと言ったか? ごめん、ごめん」
俺はため息をついて通りを曲がる。
こんな奴と一緒に買い出しになんて来るんじゃなかった。
隣を歩くミツキを見る。
俺とミツキに好き勝手に改造されたスカイに愛着がわくのかという質問に対する答えが聞けるから、ミツキは買い出しに付き合う事にしたはずだ。
この調子で本当に答えが聞けるのか、俺には疑問だった。ミツキもどうやら失敗を感じ取り始めているらしいことが表情から分かる。
店だけ教えて帰ってしまおうと俺がミツキに提案する前に、ボールドウィンが口を開く。
「開拓学校の卒業生はほとんどが軍に志願するって言っただろ」
さっき聞いた。
そう言えば、ボールドウィン達は開拓学校を卒業してすぐに開拓団を立ち上げている。
退学して仕方なく開拓者になったのではなく、卒業してからわざわざ開拓者になるというのは珍しい。
ちょうど到着した店に入って、必要な物を買いそろえる。遠征に必要な物資の一覧は開拓学校でも習うらしく、ボールドウィンとの齟齬はあまりなかった。
ボールドウィンが店の中を見回す。
「俺たちはあまり成績が良い方じゃなくてさ。卒業くらいは難なくできるんだけど――これは嫌味とかじゃないからな?」
卒業どころか入学すらできなかった俺に気を使ったらしいが、元々開拓学校に思い入れもないから何とも思わない。
俺の反応が薄かったことに安心したのか、ボールドウィンは話を続ける。
「俺たち十人でいろいろと教えあったりしてさ。結構仲が良かったんだよ。それで、二つ上の先輩が卒業する時にふと思ったんだ。軍へ入隊したら別の部隊に配属になって、こいつらとも離れ離れになるんだなってさ」
十中八九そうなっただろう。
精霊人機の操縦士と歩兵、整備士ではそれぞれ役割が違う。整備士など、砦などで常勤になれば歩兵との接点もほとんどなくなる。
俺が開拓学校に入ったとしたら、誰とも関わらない様にしてやり過ごしただろうな。
ボールドウィンが会計を済ませて、予想外の安さに喜びながら物資の搬入場所を倉庫に指定する。出発まであの倉庫で雑魚寝しているみたいだが、ちゃんと疲れは取れているのだろうか。
店を出ると、ボールドウィンは倉庫へ歩き出す。
俺はついて行こうとして、ミツキに袖を掴まれ、足を止めた。
ボールドウィンの話を聞くためにギルドを出るように促したのはミツキなのに、なぜだろうかと振りかえる。
ミツキは少し俯き加減に地面を見つめて、何かを考えているようだった。
いつまで待っても口を開かず、かといって袖を放そうともしないミツキに首を傾げつつ、声を掛ける。
「ミツキ、どうかしたのか?」
「……何か、致命的なミスをした気がする」
日本語で呟いたミツキの不穏な言葉に、俺は今日一日の行動を思い起こす。
せいぜいデュラ奪還作戦への参加を決めた事くらいしか変化がないのだが、今になって致命的なミスと感じるような過ちは犯した覚えがない。
気がするというからには、ミツキも具体的には説明できないのだろう。
先を行っていたボールドウィンが俺たちがついてきていない事に気付いて戻ってくる。
「どうかしたか? 人ごみに酔ったとか?」
普段人に避けられてるから慣れてないだろうし、と余計なひと言を付け加えて心配してくるボールドウィン。
こいつ、少し抜けているというか鈍感なところがあるだけで、根は悪い奴ではないらしい。ただ、団長には向かないと思う。
ミツキのいう致命的なミスとやらは気になったが、とりあえずはボールドウィンとスカイが置いてある倉庫に向かう。
もう周辺の村にも被害が出始めているため、奪還作戦はすぐにでも始めてほしいとギルドから急かされている。
スカイの調整は終わっているが、何しろほとんど新型という事で予備の部品がなかなか揃わなかった。いま倉庫では予備部品に不良品が混ざっていないかの確認作業をしているはずだ。
ミツキが人ごみに酔ったと勘違いしたままのボールドウィンが歩く速度を緩めながら話を戻す。
「卒業して離れ離れになるのも嫌だったけど、それ以上に、命令があったら仲間でも見捨てないといけないってのがどうにも性に合わなかったんだ。それで、みんなでバイトしたり、授業の合間や休日を利用して魔物を倒したり、卒業する時に村から出てきたっていう新入生に相場より安く教科書を売ったりして資金を稼いだ。それで、新大陸に渡航してすぐにスカイとか整備車両を買って、開拓団としての登録を済ませたんだ」
軍の気質が合わずに開拓者を志して、金を稼いだのか。
型遅れとは言え、精霊人機を購入できるほどの資金を集めるのは苦労したはずだ。
「そんな苦労をして手に入れたスカイを弄り回されて、よく改造されたままの今のスカイを受け入れたな」
俺の感想に、ボールドウィンが笑う。
「最初は、何してくれてんだ、このくそ野郎って思ったけどな」
やっぱり思ってたか。
けどさ、とボールドウィンが続ける。
「取り外したパーツは傷一つ付いてなかった。いつでも再利用可能なように部品ごとに分類して、使えなくなってる物や使えなくなりそうな物は教えてくれた。安いからって粗悪品を使うな、とも叱られた。メーカーごとに精度が高い部品も教えてくれた。技術は確かで、ハチャメチャなことやってるくせに壊れるような無茶はしなかった」
ボールドウィンが空を仰いで、ため息を吐く。
「開拓学校を卒業した俺たちなら、そこらの開拓者よりよほど腕が立つと思ってた。なんでもできると思ってた。でも、命がけで戦って培った実践的な知識とか経験は開拓学校じゃ得られないんだよな。緊張感が違うって肌で感じたよ。だから、学ぼうと思った」
言われてみると、ボールドウィン達は次第に俺たちの言う事を聞くようになっていたように思う。質問されることも多かったし、俺たち以外にも竜翼の下や回収屋、飛蝗の整備士たちへ質問しに行く姿も改造が進むほど見かけるようになった。
俺もミツキもスカイの改造に夢中で特に気に留めていなかった。
ボールドウィン達が学ぶ姿勢を取りだした事も、マライアさんの計算のうちなのかはわからない。
だが、ボールドウィン達はマライアさんに感謝しているらしい。
「慢心して突っ込んで死人が出る前に鼻っ柱折ってくれたことには感謝してる。俺たちの抗議とか反論に耳を貸さずに推し進めてくれたコトじゃなかったアカカカワ? にも感謝してる」
名前を間違えなければ、様になったんだけどね。という嫌味は飲み込んで、俺はミツキを見る。
俺たちはスカイの改造に取り組む姿勢を評価されたのだ。改造されたスカイの有用性ではなく、そこに至るまでの姿勢と、そこから学ぶことができたことに感謝されている。
それは、ミツキのいう努力する意義、自分の存在が相手の中で居場所を作り、それが大きくなるという物ではないだろうか。
ミツキが願っていた物ではないだろうか。
なのに、ミツキ、なんでそんなに――青ざめてるんだ?
倉庫が見えてくる。
ミツキが足を止め、繋いでいた手に引っ張られて俺も足を止めた。
「ミツキ?」
「ヨウ君、帰ろう」
小さな声だった。それでも有無を言わせぬ口調で、しかも日本語だった。
俺たちのやり取りが聞こえなかったのか、ボールドウィンが振り返って話を続ける。
「改造されたスカイに愛着が持てるのかって質問だったよな」
そうだ。俺はそれを聞こうとしていた。
だが、すでに答えは出ている。
努力する意義があったと分かった以上、俺はミツキのために、開拓団〝青羽根〟が改造されたスカイを所持し続けられるように全力で協力する。
協力を申し出ようとした時、ボールドウィンが腰に両手を当てて胸を張った。
「愛着が持てないはずないだろ。お前たちと一緒にスカイの改造に当てた二週間はいい経験になった。いい思い出になった。この機体で奪還作戦に参加して大活躍したら、多分一生この話で盛り上がれるくらいにさ!」
ボールドウィンが力強く言い切った時、俺はミツキが言った致命的なミスを悟った。
同時に、このミスを取り繕おうにも、すでに手遅れだという事にも。
何のために、俺は人を遠ざけ続けた?
大切な物を作りたくなかったからだ。死んだ事であらゆる関係性が失われていくのが嫌だったからだ。
でも、それだけじゃなかった。
この世界で大切な何かを、思い出と呼べる何かを作ってこの世界との繋がりが濃くなれば、前世で築いた赤田川ヨウの人生が薄れていくような気がした。
この世界でのコト・ファーグとしての居場所ができるほど、自分の立脚点をこの世界に置くほどに、赤田川ヨウとしての立脚点が揺らいでいく気がした。すべてが夢か幻で、俺は前世の記憶を持っていると勘違いしているただの異常者だという仮説を否定する事も出来なかった。それが耐えられなかった。
だから、ミツキと前世の記憶を共有できることに安心したのだ。赤田川ヨウは確かに存在した。日本という土地で生活し、思い出をいくつも持っている一人の人間だったのだと確信を持てたから。
同時に、俺はこの世界でコト・ファーグとして生きていく事に躊躇いがあった。
だから、俺はこの世界に思い出を作る事に意義を見いだせなくなっていた。
そうだ。ミツキがいれば、日本の常識も価値観も記憶も共有できるミツキさえ隣にいれば、転生者、赤田川ヨウとしてこの世界で生きていける。コト・ファーグである必要なんてどこにもなかった。それが何より楽だった。
……でも、もう何もかもが手遅れだ。
俺はここに思い出を共有する相手を作ってしまった。
また、いつか失われるモノを作ってしまったのだ。
俺はもう、喪失感から逃れられなくなった。
どうする?
「――おい、どうかしたのか?」
ボールドウィンが焦ったように問いかけてくる。
自分でもわかる。いま俺は、酷い顔色をしているだろう。
「ヨウ君、この依頼、やめよう」
ミツキが日本語で提案してくる。
いまさら逃げたって、手遅れだと分かっているだろうに。
だから俺は答える。
日本語ではなく、この世界の言葉で。
「……大丈夫だ。逃げても遅いなら、失わないようにするしかない」
「違うんだよ、ヨウ君」
あくまでも日本語で話を続けるミツキを不思議に思い、顔を見る。
ミツキは青い顔で俺の手を両手で握っていた。
「ヨウ君、この依頼を受けたら、私が大事じゃなくなるでしょ?」




