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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第三章  彼と彼女は見つめあう

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第四話  いつもの事

 上流に進んで川を渡り、この湿地を形成する原因の一つである湧水を垂れ流している崖に差し掛かる。

 数段に渡って高さ三十メートルほどの高さに達する崖から流れ落ちる湧水は、水量次第では立派な滝になっていた事だろう。痩せた木がまばらに生える湿地の中にあって、崖の上だけは幹の太い立派な木が生えて森を形成していた。

 精霊人機や車両でこの崖を登るのは無理だろう。もしも越えることができれば、大幅な移動時間の短縮が望めたのだが……。

 俺は霧にかすんで見えない崖の先に目を凝らす。多分、三キロくらいはこの崖が続いている。


「今日はこの辺りで野営にしましょう」


 ベイジルが整備車両の拡声器で指示を出してくる。

 俺はミツキと手分けして手早く野営の準備を整える。

 夕食の準備をしようとしたところで、テントの設営を終えたベイジルに呼ばれて顔を上げる。

 調査隊のいたって非友好的な視線を背景に俺たちに声をかけたベイジルだったが、今日一日の俺とミツキに対するベイジルの態度に業を煮やしたらしい調査隊の一人が割って入った。


「ベイジルさん、いい加減にこんな胡散臭い連中と仲良くしようとすんのやめてください。きっと、精霊人機に乗れないからって僻んでこんな気持ち悪い物を作ったんですよ。ようは落ちこぼれです。たった二人で活動してるのもおかしいでしょう。人格に問題があるからどこの開拓団も受け入れなかったんです。雇ったからって必要以上に面倒を見る必要はないんですって!」


 割って入った調査隊員は整備士の一人だ。くすんだ金髪を揺らしながらベイジルを止めている。

 ベイジルたちには知る由もない事だが、整備士君の言葉はすべて、当たらずしも遠からずと言った所だ。おおむね正しい。

 開拓学校の入学試験で未だかつて前例がないほどに適正なしの偉業を打ち立て、人とのかかわりを避けたいから二人で活動している。

 もちろん、わざわざ整備士君の論を補強してやる義理もないので口にはしない。

 ベイジルが整備士君の両肩に手を置いて、優しい声音で諭す。


「決めつけてはいけないよ。マッカシー山砦からここまでキャラバンを護衛してくれたのは彼らなんだ。貴重な物資を、ヘケトの群れに囲まれながらも守り抜いて届けてくれた」

「それはマッカシー山砦から派遣された護衛隊の仕事ぶりを評価するべきでしょう。あいつらは足を引っ張って精霊人機が二機も大破する原因を作ったって聞いてますよ!?」


 整備士君が聞きかじった噂で的外れな反論をしている。

 護衛隊長や整備士長辺りが噂をばら撒いたのだろう。リンデも関わっていそうだ。

 整備士君は畳みかけるように俺たちを指差す。


「今回の調査でもこいつらに足を引っ張られるかもしれないんですよ。それもこんな防衛拠点から離れた場所じゃ援軍だって期待できない!」


 彼らの騒ぎをまるっと無視して、ミツキがパンを切って皿に盛り、小瓶を三つ取り出した。


「チャツネを作ってみました。結構自信作だよ。まずはパンにつけて食べてみて」

「あぁ、昨日、先に部屋へ帰ったと思ったらそれを作ってたのか。でも、俺が部屋に帰った時は匂いがしなかったな」

「換気しておくと案外気付かれないものだね」


 ほのぼのと食事を始めようとしていると、ベイジルとくすんだ金髪整備士君がやって来る。

 どうやら、ベイジルに叱られたらしく、整備士君はかなり不満顔だ。


「隣で騒ぎが起こっても平然と食事を始めようとするような協調性のなさですよ。こいつら絶対おかしいですって」

「こらこら、失礼だろう。もとはと言えば君の無神経な発言が騒ぎの発端なのだから、これ以上恥を重ねるのはよしなさい。さぁ、二人に謝るんだ」


 ベイジルは和やかな笑みを浮かべながら整備士君を促す。

 整備士君はベイジルに逆らえないのか、悔しそうな顔をしながらも頭を下げた。


「部下が失礼をしました」


 そう言って、ベイジルも整備士君の隣で頭を下げる。

 ベイジルが頭を下げたことに驚いたのは成り行きを窺っていた調査隊の面々だ。


「――ベイジルさん!?」

「ベイジルさんまでそんな奴らに頭を下げないでくださいよ!」


 後ろにいた調査隊の面々が次々に口を開き、ベイジルに頭を上げさせようとする。

 ミツキが「うわぁ」と小さく呟いた。俺も同じ気持ちだ。

 俺はベイジルと整備士君の頭越しに調査隊の面々に声を掛ける。


「あんた達まで失礼なことを言ったら、ベイジルはいつまでも頭を上げられないだろうが。援護は味方に当たらないようにしろって上官に教わらなかったのか?」


 調査隊の面々が悔しそうに口を閉じて俺を睨む。それでいいんだよ、と笑顔で手を振っておいた。

 調査隊の連中はさておき、俺はベイジルに向き直る。


「頭を上げてください。こっちは気にしてないので」


 元からこうなるだろうことは目に見えていた。

 いまさらこの程度で気を悪くしたりはしない。いつもの事だし、これからも同じだろう。


「それより、何か用があったのでは?」


 水を向けると、ベイジルがやっと頭を上げた。

 ベイジルはディアの角に渡した木板の簡易テーブルとその上の料理を見て、整備車両を手で示した。


「一緒に食事でもどうでしょうか。開拓者の話を久しぶりに聞いてみたいと思いましてね」

「俺たちからは開拓者の話なんて聞けませんよ。そっちの整備士君が言う通り、たった二人で活動していますし、同業からもあまり快く思われてないですからね。ボルスに帰ったらギルドを訪ねてみてはいかがですか?」

「困ったことになかなか時間が作れないからね。この機会を逃すまいと思ったのだけれど、無理にとは言わないよ」


 あっさりと引くような気配を見せながら、ベイジルはミツキの作ったチャツネを指差す。


「ジャムとは違うようだね。いい香りだ」


 リンゴをベースに玉ねぎのみじん切りを入れて香辛料を利かせたリンゴチャツネをベイジルは珍しそうに見つめている。

 ミツキがさっさとチャツネの小瓶に蓋をした。

 驚いた顔をするベイジルの隣で整備士君がむっとした顔で口を開く。


「なんだ、その態度は」

「ヨウ君に食べてもらう前に香りが飛ぶのは嫌なんです。それより、用件が済んだのなら早く車両へ戻ってください」


 暗にチャツネを食べさせる気はないというミツキに整備士君の顔がさらに怒りに染まる。

 しかし、ベイジルがにこやかな笑みを浮かべて整備士君の肩を叩いて黙らせた。


「いいんだよ。食事の邪魔をして悪かったね」


 ベイジルは整備士君の背中を押して車両へ戻って行く。

 二人の姿を見送って、俺はディアの背に腰掛けて食事を再開した。

 しかし、ミツキがチャツネの小瓶を片付け始めた。

 俺の視線に気付いたのか、ミツキは唇を尖らせ、日本語で呟く。


「この流れでヨウ君にチャツネは食べさせられないでしょ」

「いや、良く分からないんだけど」

「分からないなら分からないでもいいよ。とにかく嫌なの。いま何か作るからちょっと待ってて」

「手伝うよ」


 ディアの背から降りて、俺もミツキと並んで料理を始める。

 作業を分担しながら進めていると、また視線を感じた。

 うんざりしながら目を向けると、調査隊の連中がこちらの様子を窺っている。

 ベイジルだけはにこやかに俺たちの共同作業を眺めていた。


「あのベイジルって人、何を考えてるのかいまいち分からないな」

「私は嫌いだな、あの人」


 ストレートに嫌いと言ったミツキが珍しくて、俺は思わず二度見する。

 ミツキは肩を竦めた。


「気付かない? あの人、誰かと仲良くしようとか欠片も思ってないよ。誰とも衝突しないように、としか考えてない」

「ちょっと違うだろ。誰とも衝突しないように、じゃなくて、誰かが衝突しないようにしてるんだ」


 その誰かの中にベイジル自身も含まれているようだが、どちらにせよ一歩引いてる点では変わらない。


「ヨウ君も気付いてたんだね」

「同じ穴のムジナだからな」

「ヨウ君もベイジルも、同じ穴に居たら我慢できずに出ていきそうだけどね」


 確かに、居たたまれなくなって出ていくだろうな。


「でも、ヨウ君はベイジルと少し違う気がするかな」


 ミツキが燻製肉をスライスしながら俺の言葉を否定する。

 どう違うのかと思って先を促すと、ミツキはスライスした燻製肉でマッシュポテトを包みバジルに似た香りのする胡椒くらいの大きさの実を砕き始める。その間、ずっと考えをまとめているようだった。


「宿に来た時にベイジルが言ってた、誰かに嫌悪感を向けることが許される人間じゃないって話。多分、あの話がベイジルの態度の根幹にある考え方なんだと思うの。自分を卑下して他の人間をより上位の人間として考えているから、衝突を避けている……のかな?」


 ミツキは後半で自信がなくなったのか、小首をかしげる。

 だが、ミツキが言いたいことは分かった。

 ミツキの考えを踏まえて、俺は再度考えて答えを導く。


「衝突を避けているんじゃなくて、誰かが誰かを蔑んだりしないよう注意してるのかもしれないな」

「あぁ、衝突を避けているように見えるのはただの副産物って事ね。うん、納得」


 俺自身はまだ何かが違うような気もしたが、その違いを見つけたからと言って何かが変わるわけでもない。

 こんな依頼はさっさと終わらせて、拠点の港町に戻ってミツキとデートする方がはるかに重要だ。

 俺の考えを見透かしたように、ミツキがほほ笑む。


「私はどこに居ても楽しいよ?」


 あざとい。


「二人っきりなら家の中でも楽しいよ?」


 自堕落あざとい。なんだこれ、新ジャンルか。

 ミツキと話しているとズルズルと俺まで引きこもりの世界に埋没していきそうだった。それでもいいかな、とか思っている自分がちょっと怖い。

 ミツキが作った料理を皿に盛りつけ、俺は鍋を水魔術で洗う。

 ディアの背に再び腰かけると、ミツキが自信なさそうな顔で上目づかいに俺を見た。


「チャツネと違って少し自信ないけど、熱いうちに食べてね」


 ミツキは自信がないなどと言っているが、実際はかなり美味しい。

 燻製肉の香りが染みついたマッシュポテトは噛むたびにバジルっぽい香りが追いかけてきて口いっぱいに広がる。ふわりとしたマッシュポテトの食感の中に細かく切ったカリカリのベーコンがアクセントになっていた。燻製肉の塩気もいい具合にマッシュポテトにマッチしている。


「やっぱりミツキの料理はおいしいな」


 ミツキが機嫌よさそうに笑って簡易テーブルに両肘を突き、両手に可愛らしい曲線を描く顎を乗せた。


「一日中家の中にいれば、もっと手の込んだ美味しい料理を食べさせてあげるよ」

「餌付けしようとすんな」


 俺は放浪癖のある野良猫か何かか。

 ミツキはわざとらしく「ちぇっ」などと舌打ちする。

 舌打ちを耳ざとく聞きつけたのか、調査隊の何人かがこちらを見た顔を顰めた。

 こんなに不愉快な思いをするくらいなら、一日家の中デートもありかもしれない……待て、騙されるな。これは錯覚だ。

 心を静めて、俺は夕食を再開した。



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