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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第五章 星の血統

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61 あのとき怒っていた理由


「……学院卒業した十九の頃から、俺は騎士団付き魔術師として働きつつ、宮廷付きになるための推薦も出してもらってた」


 知っている。だがその頃、話す機会などなかったはず。

 騎士団が呪獣に遭遇していたとしても、宮廷付きになれる男がいた現場に、フェリータが救援に向かう必要はなかったはずだ。そしてそれ以前に、フェリータはその頃まだ宮廷付きになっていなかった。

 

「自信もあった。オルテンシアの話じゃ、宮廷付きは常に人手不足で、数年以内に退職する高齢者もいた。リカルドが在学中に内定してたとしても、能力があれば追加も歓迎されるってことだった。なのに俺は、二回就任を却下されてる。候補者としての俺の名前を見て、現役宮廷付きの誰かさんが承認のサインをしなかったかららしい」

 

 後半、なんだか雰囲気が怪しくなった。


「…………わ、わたくしは知りませんわねぇ?」


 フェリータは目をそらし、そっと男から離れようとしたが、反対にロレンツィオは抱き寄せる腕に力を込めてきた。


 その上「まあ聞けよ」と低く囁かれては、息を呑んで身を固くするしかない。

 

 ――宮廷付き魔術師になるためには、何段階もの審査を通る。立候補者は多いが、面談や実技披露を経て、すべての過程をパスする頃には一人か二人に絞られる。


 そして、最後に厳しいチェックをするのは、現役の宮廷付きたちだ。

 全員が最終候補者を精査し、国の最高峰の魔術師にふさわしいと認めれば、候補者が出した申請書に承認のサインをする。

 申請書に全員のサインがされた候補者にだけ、最後に王が任命の可否を判断するのだ。


 つまり、ひとりでも現役宮廷付きがサインを拒んだら、その候補者が王の判断を仰ぐことはできない。すべての事務手続きを免除するような、国の緊急時でもない限り。


「二回目の却下で申請書が戻ってきた冬の日、さすがに頭にきて王宮に直談判しに行った」


「や、野蛮、……なんでもございませんわ」


 顔は見られなかったが、睨まれたような気がした。


「……今思えば、御前会議がちょうど終わったあたりの時間だった。中庭で顔なじみの侍従が宮廷付き魔術師長に取次いでくれるのを待ってたら、ツンツンすました顔のあんたが現れた」


「えっ!?」


「就任して半年くらいだろ。ちまっとした体で偉そうにふんぞりがえって、『落伍者が意見陳述に来たと。おまえかしら?』って」


「あ、……あら、ま……」


 自分こそなり損ないだとわかった上でそれを聞かされると、いたたまれないどころか拷問だ。

 しかし、そんなことあっただろうか。確かに、初めての環境で覚えることが多くて、何かと四苦八苦していた頃だったろうが。


「ろくに俺の顔も見ないで、差し戻された申請書を見せてみろとか言うから渡したよ。こっちは邪魔してんのが誰なのか見当がついてたし、遠目で見てたあんたがペルラの娘だってことも知ってたし、その場で申請書を破られるくらいは予想しながら」


 フェリータは必死に思い出そうとした。すでに仕事についていたなら、自分も彼の申請書を見ているはずだし、その本人から呼び出されたならかなり印象的だったはず。

 でも、そんな書類を仕事部屋で精読した覚えなどない。ろくに見もせず、父に『そんなのサインしなくていい』とでも言われたのだろうか。


 気まずくて、フェリータは男から愛情の言質を取ることにした。勇気を出してぎゅっとくっつく。


「……わたくし、近くで見ても可愛かったでしょ?」


「攫って閉じ込めてサインさせようかと、イライラしながら待ってた」


「……」


 青ざめたフェリータは少し離れようとしたが、一度くっつくともう相手の体との間にすきまが作れなかった。


「でもそんなことしなくても、あんたは顔も上げないまま、その場で控えてた侍従にペンを持ってこさせて、空いてた枠にサインをした。俺の目の前で」


「……え」


 暗がりの中、目を丸くして見上げるフェリータと目が合って、ロレンツィオは苦笑いした。

 

「書類を侍従に渡してしれっと『陛下へお届けを』だと。それでポカンとした侍従の聞いてるところで、俺に向かってこう言った」


『どうやらパ、……ペルラ伯のもとに書類が回らないまま決裁扱いになっていたようですわ。父がこの経歴と能力を見誤るわけありませんもの。さ、今日はもうお引取りなさって、あとは陛下のご判断次第ですから。――まあわたくしなら、その腕がなまらないよう磨きをかけて、呼び出しを待ちますわね』


 ペンを扇に持ち替えた小娘魔術師は、相変わらず相手には一瞥もくれないままだったという。


「………」


 何様だ。いや確かに、自分ならいかにもそう言うだろうが。


「申請書のサイン枠は、あんたの就任前後に書類が作られたせいであんたの分が無く、回ってこなかったんだ。あんたは父親がこれみよがしに空けてた枠をただのミスだと勘違いして、さらっと承認サインを書いてくれたんだよ。後でその侍従に聞いたら、ペルラ伯は一度はそんなの書いてないと王に抗議したらしいが、じゃあ誰がサインの偽造をしたんだと返され、言い返せなかったらしい。結局“サインは自分がしたが、その候補者を任命することは正直おすすめできない”って未練たらしくネガキャンして去ったとさ」


 ロレンツィオの種明かしを受けて、フェリータはめまいを感じていた。なるほど父がこの男の宮廷付き就任に地団駄踏んだわけだ。


 でもこの件で、フェリータは何も父に怒られていない。表立っては、フェリータを罰したくなかったからだろう。

 そして父自身、ロレンツィオの就任拒絶に無理があることを知っていたのだ。それはそれとして大嫌いなだけで。


「俺が礼を言うと、あんたも書面から顔を上げた。そのとき、確かに目が合ったんだ。……でもそこで、リカルドに呼ばれてるって別の役人があんたに声をかけた。一瞬で、あんたの視線と意識はよそに持ってかれた」


 出てきた幼馴染みの名前に、自分がこのことをろくに思い出せない理由を知った。

 そうか。

 このあと、リカルドと会って、その日の出来事の重要度が上塗りされてしまったのだ。

 もとより、当時はカヴァリエリにも、ほかの宮廷付きにもさして興味はなかった。目の前の男もまだただの同僚の、さらに“候補者”に過ぎなかった。


「しばらくして本当に王から任命前提の呼び出しが来た。春、あんたに同僚として会えると決まった。さぞかし偉そうに『ワタクシがサインしてあげたおかげよオホホホ』ぐらいのこと言われるんだろうなと構えてたよ」


「わたくしの再現度が低いですわ! そんな笑い方しません!」


「……初出仕の日、部屋に置かれてた小箱に一瞬、期待した。あんたは父親ほどには俺を嫌ってないから、もしかしてと。……でも違うとすぐ気付かされた。箱は呪われてるし、あんたは俺のことをまるっと忘れてたから。それで俺は、あんたはカヴァリエリの人間が就任すると知って嫌がらせに箱を用意して、白々しく様子見に来たんだと思った。俺の書類に自分でサインしたことなんか、まるっと忘れて」


『忘れやすいようだし』


 はたと思い出した、一年前のロレンツィオの不可解な言葉。


 彼はのんきに挨拶するフェリータにむけて笑顔を浮かべながら、内心ひどく憤って、そして傷ついていたのだ。


 でもそんなの、その場で『違いますよ』と言えばいいではないか。

 そう言い返そうとして。


「近くで見た可愛さにあてられて、一冬ずっとあんたのこと考えてた俺の気も知らないで」


 当て擦り、とするにはあまりにも切実な、熱烈な言葉に、フェリータは硬直した。


 この男、本当に、本当に。


「…………こ、殺して」


「残念ながら、そんな余裕はない」


 恥ずかしさと罪悪感と嬉しさに縮こまっても、水はすでに抱き上げられたフェリータの胸まで迫っている。ロレンツィオが肩に担ぐようにフェリータを抱きかかえ直した。


「……どうしましょう」


 眉を下げたフェリータの今さら過ぎる呟きに、ロレンツィオは何も言わない。

 

「……死んでほしくないわ」


 抱きつく腕と、抱きしめる腕とに力がこもる。





 そのとき、暗い天井のすみで小さな物音がした。




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