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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第二章 長い長い初夜

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26 コッペリウスの人形


「というわけで、これはコッペリウスの人形の一部でまず間違いないかと」


 言ってから、ヴァレンティノは視線を長方形テーブルの反対側に座る黒髪の友人と、ひとり上座に座る王子に向けた。


 憲兵隊長に案内された一室で、徹夜の魔術師たちはテーブルの中央に白木でできた人形の頭と資料束を置いて額を突き合わせていた。椅子は扉から最も遠い上座に一つ、側面に二つずつ置いて、他は邪魔だからと早々にわきに寄せられている。


 なお、話に参加しようとした憲兵たちは、「あとで上から順々に報告していくから」とリカルドにすげなく追い出された。


「リカルドも同意してくれました。見たところ、作られたのは十年以上前。つまりこれは、規制前に人形を手に入れて“コッペリウス狩り”から隠しきった人物が引っ張り出してきたか、観光客とともに異国から持ち込まれたかということですね。……とはいえ後者はどうかな、コッペリウスは諸外国ではもっと前から禁じられていますし、首のねじ穴の切り方がサルヴァンテの職人組合のものの記録と酷似している。私は前者だと見ています」


 空虚な眼窩(がんか)の頭部を布越しに手に取り、底部を見ながら目をすがめてそう言うと、ヴァレンティノはそれを元の位置に戻した。


「……そうか、迅速な鑑定ありがとう。この手の記録とノウハウはどうしたって新参の俺には持ち得ないから助かった」


 斜め向かいにいる友人に、ロレンツィオがわずかに口角を上げて礼を言うと、かどを挟んで隣に座っていた王太子もゆっくりと手を上げ、叩いた。


「さすがは最古の星の血統。いやはや、侯爵の妻(そなたの母)が教皇の姪でなければ、今の宮廷付きの平均年齢をもう少し下げられたかもしれんなぁ」


 ヴァレンティノはロレンツィオに微笑み、ヴィットリオに「もったいなきお言葉です」と目礼した。


 一方その隣に腰かけ、同じように鑑定に従事したリカルドは、いつもの端正な笑みを隠して怪訝そうに問いかけた。


「……二人とも、なんでずっと下見てんの?」


 一瞬、場が静まり返る。

 が、二人はすぐに「二十歳にはわからんだろうが、もう年だからだよ」「いや~二十二迎えると急に来るからな~老化は目からってな~」と朗らかに答えははははと笑った。


 視線は、さっきから何度も見ているチェステ家の記録を行ったり来たりしている。何も書かれていない裏面の、隅々まで。


「ふぅん」とふてぶてしさを隠さない同窓生の相槌をたしなめたヴァレンティノは、その薄い青の目をそのままリカルドの背後へとそらし。


 リカルドの背後に無言で佇むその人物の機嫌を窺うように、おそるおそる話しかけた。


「……あの、フェリータ様も、座られては?」


 空いたロレンツィオの隣はおろかテーブルそのものにすら、リカルドの体の厚み分の距離を保つ、鉄面皮のフェリータに。


「………………結構ですわ」


 異常なほどにまっすぐな視線は、目の合わない男二人の頭に注がれたまま。

 すげない答えに、ヴァレンティノは「あ、そう……」と力なく呟いた。


「フェリータ、気分悪いなら別室で休んでたほうがいい。さっき迎えを寄こすよう伝えたから、それまで」


 盾にされるような位置関係のリカルドが振り返り、呆れたように言うが、フェリータは首を振るだけで、また夫の頭を凝視する。


 ロレンツィオはいつもと変わらない落ち着いた表情で、しかし絶対に顔を上げ目を見返そうとはしなかった。ヴィットリオはそんな夫妻の様子を頑として視界に入れまいとじっと俯き続けている。


「……話を戻します。刺されたルカ・ガレッティの言っていた“花の香り”。これからもうっすらとは香りますが、これは」


 ヴァレンティノが再びフェリータの方をちらっと見やるが、ストロベリーブロンドの首振り人形の代わりにリカルドが「当然フェリータのじゃないね」と断じる。


「まぁ、そのあたりは頭が見つかった時点から予想通りだ。早急に耳に入れておきたい話というのは?」


 ロレンツイオの催促に、ヴァレンティノの水色の目がリカルドの方に向く。

 それを受けた銀髪の青年は、譲るように相手の方へ手を払った。


「……十二年前、コッペリウスの人形職人による、貴族の子弟の誘拐未遂事件がありましたよね」


 語り手を譲られたヴァレンティノが口を開く。

 同時に、黙りこくっていたフェリータの手がぴく、と動く。


「……ああ、あの事件。コッペリウス取り締まりの機運が高まったきっかけになった」


 王太子の目がわずかに上がり、上目遣いでリカルドの方に向く。


「あのとき、犯人だったとされる職人が作って魔術師に売っていた人形群と、特徴が一致するんです」


 俯きがちだった二人が顔を上げた。神妙な顔のヴァレンティノが視線を受け止める。


「レリカリオほどではなくても、コッペリウスの人形も作れる職人は限られています。十年近く前の作品とわかった時点で、まさかと思って当時の資料を当たりましたところ……そういうことで」


「だがあのときの犯人は捕縛時の激しい抵抗ゆえに、その場でやむなく殺されたはず。身よりもなく、遺品を隠し持ちそうな身近な人物もいなそうだった」


 顎に手をやったヴィットリオが記憶を探るように視線をさ迷わせる。その後を、ロレンツィオが引き継ぐ。


「となると、容疑者は呪詛に精通した魔術師で、当時の職人の顧客だった、もしくはその身内の可能性が高いということか」


「魔術師とは限らないよ」


 静かに水を差したのは、組んだ膝の上で指先を絡めたリカルドだった。


「この人形、作り手以外の魔力をろくに帯びていないけど、その代わり、魔力を通して見るとそこかしこに血の跡が見えた。魔術じゃなくて、生贄術で動かされたんだ」


 部屋の空気がぴんと張り詰める。目を見開いたフェリータはガウンから手を離し、口を覆っていた。


「じゃあ誰か、犠牲者が?」険しい顔のロレンツィオに、リカルドがかぶりをふる。


「そうかもしれない。ただ、生贄術って要は体力とか精神力とかの生きる力を魔力代わりに消費する術だから、必ずしも殺してるとは限らない。生贄が今廃人状態の可能性もあるから、遺体は出る可能性と同じくらい、出ない可能性も高い」


 ね、とリカルドがヴァレンティノに同意を求める。赤茶の髪が揺れて、リカルドの意見は肯定された。


「フェリータ、そなたはどう思う?」


 いつもの落ち着きを取り戻した声に指名され、ピンクの髪の首振り人形もようやく本来の声を取り戻した。


「……なんとも言えませんわ。わたくしはリカルドやヴァレンティノ様のような“観測者の目”は持ちません。魔術痕跡を視認できるお二方がそう言うなら、そうなのでしょうとしか」


「ぺルラといえば、もとは切った張った燃やした沈めたけしかけたの戦争屋系魔術師だもんね」


「まぁリカルド。うちが前線に出てばかり、というのは古い話よ」

 

 フェリータが目の前の銀髪を小突いてたしなめるのから目をそらし、ロレンツィオが腕を組んで難しい顔をした。


「こうなるとオルテンシア様の呪詛も生贄術を使ったと考えられるか。彼女の体に残った魔術痕跡を調べるのは“観測者の目”持ちの誰かに依頼するとして、……殿下、フェリータはいつごろから前線復帰させるので?」


「個人的には早急に戻ってもらいたい、非常事態だからな。バディーノの祖父も、オルテンシアが狙われた以上つまらん茶々は入れてこないはず、と思いたいがね」


 ヴィットリオが頬杖をついて嘆息した、そこへ。


「……それと、もうひとつ」


 四人の目がフェリータに向かう。

 注目を集めた女は思い詰めたような固い面持ちだった。逡巡するように閉じたり開いたりしていた口が、やがて意を決したように一回り大きく開き。


「あなた、わたくしのこと好きなの?」


「は?」


 その瞬間、リカルドの間の抜けた声をかき消すように、壁際に寄せられていた椅子が一斉に浮き上がり、勢いよく床に叩きつけられた。



 ***



「ほんとに何でもないから、話の顛末(てんまつ)は君らの上司に追って聞かせるから。これは王太子ヴィットリオ殿下のご意向だよほら散った散った」


 物音に集まってきた憲兵たちをリカルドが部屋の前から追い立てる間、無意識魔術を爆発させたロレンツィオは腕を組み死人に似た目で壁掛け時計を見つめていた。


「落ち着いた? コーヒーもらってきてあげようか?」


「……ああ、いや、いい、ありがとうヴァレンティノ、うん大丈夫、研究発表はもうアドリブで行く」


「落ち着いて? コーヒーもらってきてあげるから」


 学院時代のことをうわごとのように口走る男の肩を、同窓生が労わるように叩く。

 ロレンツィオの目は秒針を追うせいで微細に動いていて、言葉のおぼつかなさと相まってひどく不気味だった。

 

 一方、場に火薬を投げ入れたフェリータは、青い顔の王太子に引きずられてきた部屋の隅で横並びで肩を抱かれ、こんこんと諭されていた。


「ロレンツィオ、私の前での煙草を許す。……さてフェリータ、我々は今仕事中だったであろ? 夫婦の時間ではなかったな? わかるな? さぁ仕事の話をしよう、仕事の話だけをしよう」


 これにはフェリータも、眉根をわずかに寄せしおらしい顔で『うんうん』と今度は縦に小さくうなずくばかりだ。


「申し訳ございませんでした。……あのヴィットリオ様、こんなことを聞くのは差し出がましいのですが」


「うん?」


「あの男わたくしのこと好きだったんですの?」


 王太子は『うわーん』という顔で天井を仰いだ。


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