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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第二章 長い長い初夜

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24 吐露

今度は主人公が消えてしまいました。


「ええ、その忙しい部署宛てに、議題としての妥当性の精査をすっとばして直接投げこむのを、黙認した方がいるようですが。……他意はございませんが、ただこの頃つくづくご兄妹はよく似ておられると、しみじみ痛感しておりましてね」


 当てこすってみても、ヴィットリオはその形良い唇で弧を描くのみだ。


「乙女のように美しい王子で悪いな。なに、“総督”の輪番制は通してやったろう。オルテンシアが父に推したあれが、そなたの要望だったと知らないとでも? 周辺を整えたばかりか、大いに不満をこぼすペルラ伯の盾になったのは妹でなく私だぞ」


「それとて肝心な宮廷付きの間でしっかり周知されていなかったではありませんか。おかげでとんでもない悲劇が生まれましたよ」


 不満を隠そうともしなくなったロレンツィオに、ヴィットリオが気分を害した様子はない。むしろ口の中で飴を転がすように、「悲劇ねぇ」と呟いた。


 それを、ロレンツィオはほんの一瞬訝しんだ。


 王太子ヴィットリオはドライな男だが、その一方でさすがオルテンシアの兄というか、感情の発露にひどく正直な男だ。

 

 今の状況は彼を不機嫌にするになんらおかしいところはない。幸か不幸か、ロレンツィオは上っ面を取り繕うべき相手ではない。


 なのに、王太子はあまりその様子を見せない。むしろやたら機嫌がいいような。


(オルテンシアが狙われて気分がいいのか? まさか、そこまで険悪な仲ではないはず)


 そこまで考えて、ロレンツィオはその思考を切り捨てることにした。今は何より、フェリータを罠にはめて第一王女を殺そうとした犯人を見つけるのが最優先のはずなのだから、考えても無駄だ。


「……王女の敵は狭めきれませんから、まず摘発を逃れた人形師がいないか洗って、」


「そなた、本当は結構まんざらでもないだろう?」


 不意を衝かれて、ロレンツィオはとっさに反応が遅れた。


「は?」


「フェリータのことよ。“波高き真珠の姫君”と結婚したこと、できたこと、そうそう不幸とも思ってないんじゃないかと思って、この際だからこちらも確かめておこうかとな?」


 今度はロレンツィオは何も言わなかった。表情も動かさなかった。


「ヴァレンティノもな、うっすら気づいておったぞ。“隠したいようだから言わないでいた”とはなんとも律義者のあやつらしいことよな。で、どうなんだ、さっきからずいぶんイラついておるが?」


 王太子の顔が近づき、声が一層低くなる。

 にやにやと楽しそうに笑う顔は、ろくでもないことを思いついたときのオルテンシアにそっくりだった。


 廊下に人影はなく、背中は閉め切られた扉。挟まれたロレンツィオへの追撃は止む気配がない。


「王女の寝所を荒らし、元婚約者(リカルド)やヴァレンティノまで巻き込んで、夜通し冤罪の証拠を探したり。そうまでして名誉回復してやりたい女との結婚、お前にとっていかほどに“悲劇”なのだね? 香水が特別仕様だなんて初耳だが、そなた天敵の身の回りのことにずいぶん詳しいのだなぁ?」


 そこまで言われてようやく、ロレンツィオは「何を期待しておいでで?」と、困ったように笑った。


「たとえ会ったばかりの政略結婚の相手でも、この状況なら必死になるというもの。どんな悪妻でも離縁できないのですから」


「たとえ話は聞きたくない」


 躱そうとした笑顔が固まる。

 王太子は今や罪人を尋問する憲兵のような目つきで、臣下に迫っていた。


「……」


「……」


「……失礼、煙草を吸っても?」


「答えてからな」


「…………」


「……おい」


 しびれを切らしたヴィットリオが、声に為政者の傲慢さを滲ませたのと、それはほぼ同時だった。


「好きですよ」


 (がく)ごと落ちる花のように、ぽとっと男が自白したのは。


 あっけない陥落に、ヴィットリオはつかの間紫の目を丸くしていたが、やがてそれを三日月型に歪めて「ほう、そうかそうか」と嬉しそうに繰り返した。


「五年前、宮廷で見かけてからずっと好きですよ」


「そんな前からかぁ~しかも一目惚れかぁ~まあ可愛かったもんな〜」


 追い打ちを待たず、自ら話し始めたロレンツィオに、ヴィットリオは顎を撫でながら相槌を打った。


 懸念だった家臣夫婦の不仲問題が片付く気配と、生意気な家臣の意外な潔さの発見に、すっかり気を良くしていた。


 その青い目が虚空を見つめて不自然に動かないことに、気が付かないまま。


「ええ一目惚れです。挨拶すらしていない、遠目に見かけただけの十四の小娘にね。十四ですよ。当時の自分をはたき殺しに行きたいですよ子ども相手に何考えてんだと」


「そなたも十七だったろ、許せ許せ私が許す」


「そう、十七歳。当時は爵位授受にかける親の期待がもう嫌で嫌で、当て付けもあって絶対魔術師になんかならねぇし騎士としてのカヴァリエリを自分の代で復活させると息巻いてた反抗期の小僧だったわけですが、文字通り引きずられてホラあれが仇敵だ見てみろと言われて、……それからはもうそんな青臭い決意泡ですよ泡、さーっと流れていって排水路のかなた」


「かなたかーそうかー」


「それからはもうペルラと肩を並べる魔術師になるべく勉強訓練勉強訓練、父が喜ぶのがムカつくとか言ってられませんでしたね。幸い、翻意の前に見習い志願していた騎士団は応援してくれましたけど、まーーーー忙しい。学院の進級試験と騎士団の実力試験とオルテンシアのパシリが被ったときはあの女の血で進級試験のテスト用紙埋めてあの女の首級で実力証明にしようかと」


 一定の抑揚でズラズラと言い連ねる男の異常さに、王太子もさすがに悦楽の笑みをひきつらせた。ここに来て“やばい箱のふたを開けたやもしれん”と悪寒が背筋を伝う。


「愚かだとお思いでしょう」


「まさか」


 突如振られ、とっさに余裕の笑みで取り繕う。


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