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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第二章 長い長い初夜

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23 盗み聞き


(嘘でしょ嘘でしょ、なぜあの男がここに!?)


 あんな見苦しい喧嘩のあと、こんなところで再会するぐらいなら捕縛され続けたほうがマシだ。


 そんなフェリータの焦りをよそに、足音は部屋の手前で止まり、立ち話に切り替わった。


「言ってくれるではないか、そなたとて大概のくせに。普通一介の騎士が王女の寝所に踏み入って寝具を引きはがすか? 銀の水差しを櫛で力いっぱい叩き鳴らすか? まったく、護身用の短剣片手に飛び起きたオルテンシアの哀れなことよ、あやつのあんなに無防備な……動転した顔は久しぶりに見たぞ」


「お気に召していただけたなら何より。本当は櫛で頬を張り倒して差し上げたかったのですが、人の気も知らない安らかな寝顔につい手元が狂ってしまいました」


「不遜な奴め。もういいだろう、結果的には夜のうちに、憲兵隊長の前でオルテンシアに真相を証言させることができたのだから」


「ええ。おかげで憲兵も数時間のロスを経て、呪詛の犯人探しに乗り出すことが出来、罪人扱いだった女が救命の功労者だったことも判明しました。迅速な王女様のご協力に頭が下がります」


「睨むな。ちゃんとフェリータの働きには報いるから」


 刺々しいロレンツィオの物言いに、飄々としていた王太子は最後に少しだけ疲れたような、観念したような声を返した。


 ――なるほど、自分の釈放は保釈金ではなく、証言の確保で無実の裏付けがなされたかららしい。

 

(なら最初から話してくれればいいのに、噂以上にひどい女ですわ)


 フェリータが金髪と紫の目の王女を憎々しく思う一方、ロレンツィオはここで一旦(ほこ)を収めることにしたようだった。

 重たげなため息をひとつ吐いて、「あの女の、護衛騎士を襲った容疑については?」と幾分かたい声で話を変えた。


 フェリータの頭に熱が灯る。飛び出して誤解だと喚きたくなった矢先、ヴィットリオが「ああ」と後を継いだ。


「もちろん、王女の呪詛が真の狙いで、護衛への危害は足止めに過ぎないだろうからな。救命した魔術師は犯人候補から外れるし、それに見つかった『あれ』が正しく“頭部”なら、目撃情報も無意味なものだったといえる。……しかしまさか、サルヴァンテにまだあったとはな、“コッペリウスの人形”が」


 ――どくん。


 安堵したのは一瞬で、フェリータの胸の内は大きく乱れた。


 コッペリウスの人形、ですって?


 逸る心臓をおさえ、音を立てないよう細心の注意を払い、フェリータは低くなったヴィットリオの声を拾うために扉に耳をつけた。


「十年以上前に使用禁止令が出てから、貴族邸含めて都中探して処分したはずだったのだが。……不気味なものよな。人間に化ける、からくり人形の使い魔。橋のそばに“人形の首”が落ちていたのをそなたが見つけたから良かったが、朝まで待っていたら犯人に回収されて厄介なことになっていたかもしれん」


 “コッペリウスの人形”は、頭、胴、関節のついた両腕・両足でできた、木の人形による使役術だ。


 一見すると子どもの玩具のようで、腹は開くようになっている。そこに特定の人間と縁深いものを“核”として仕込み、魔力を流し込むことで、核に使われた物の持ち主そっくりの見た目に変わる使い魔作成術。


 フェリータももちろん知っている。それが魔術の中でもかなり悪用されやすい術であり、市井の魔術師たちが請け負い犯罪や貴族の政争への関与に頻繁に使っていたため、十年あまり前――はっきり言えば十二年前、禁術に封じられたことも。


 表向きの理由とは別に、その人形術が禁じられた本当の理由も。


 扉越しのフェリータの動揺を知る由もないヴィットリオに、ロレンツィオがそれまでとはうってかわって真剣な声で応じる。

 

「人がそれなりにいた割に、逃走する姿の目撃情報がほとんどないのにも頷けます。記録に残っている限りでも暗殺などに使われたことが多いようですし、護衛騎士相手に大怪我を負わせるのも、生身のご令嬢よりずっと簡単にやってのけるでしょうね」


 彼らの口ぶりから、その使い魔がフェリータに化けて事件を起こしたということが察せられる。

 そしてそのことを証明する“頭部”が、橋で見つかた。


「現場に落ちた魔術残滓の(たま)は、フェリータだと誤認させる小細工であると同時に、人形を彼女に化けさせるための“核”だったのかもしれませんね。だから珠が落ちるとともに術が解けて、頭が落ちた」


「ペルラの真珠が核だとすると、三……四日前の祭典に居合わせた者なら誰でも用意ができるな。ルカは気を失う前に『花の香りがした』と言ったそうだが、フェリータが使っているネロリの香水を人形にまとわせていたのなら、そこから追えるか?」


「……どうでしょう。あの女の香水は特別仕様らしくて、そこらの店では出回っていませんから。そうなるとかえって市販の、それこそ誰でも手に入れられる安価なものを使ったかもしれません。実際の彼女の愛用品との違いなんて抜きに“王女の護衛が、ピンク髪でネロリの香りをまとった女に殺されかけた”という話だけでも世間に広まれば、あの女に罪を被せられるでしょう」


 仕事モードなのか、感情の起伏の感じられない言い方だった。

 そこへ、王太子が冷静な問いを投げかける。


「一応聞くが、フランチェスカ・ぺルラでないと思った理由はなんだ?」


 フェリータは息を呑み、硬直した。


「ピンクの髪で、フェリータの香水も簡単に手に入れられる。あの細腕では直接刺し続けたとは思えんが、彼女も魔術を使えば現場に白い珠が残る。あの人形の頭が、必ずしもコッペリウスの人形の一部とも限らない。……それに、姉とは仲がいいと聞いていたのに、さきの宴会では父母を置いて先に帰っていたのも気になる」


 そんな、フランチェスカが疑われるなんて。

 焦り、飛び出しかけたフェリータだったが、それを今度はロレンツィオが「お言葉ですが」とひどく冷静に制した。


「妹君はそこまでの腕力はもちろん、度胸も、魔術の技量もないように見受けられます。本人とその父親には聞かせられませんがね」


 姉は聞いてしまったが。

 妹の名誉を傷つける言いように、フェリータはさっきとは別の感情でドアノブに力を込めかけた。


「ほとんど接点のないオルテンシア様を恨む理由もよくわかりませんし。姉の婚約者を奪ったからというなら、姉に罪は着せないでしょう。……それと、先に帰ったという点はヴァレンティノが補完してくれました。うちの中庭で姉妹喧嘩が勃発したみたいで、フランチェスカ嬢は不機嫌なままひとりさっさと帰ったとのことで」


「なおさら姉を恨んでいそうだがな」


「ならあの頭部がコッペリウスでもなんでもなく、ただの観光客の落とし物だと結論が出たらご令嬢に話を聞けばよろしいかと。ヴァレンティノとリカルドが夜を徹して鑑定していますから、じきに報告があがるでしょう」


「よい、考えを聞きたかっただけだ。それに宮廷付き二人と、あのヴァレンティノがほぼ間違いないと睨んでいるのだから、あれはコッペリウスの人形なのであろうよ。……しかし姉妹喧嘩か。どうりで、フェリータがあんなに殺気立っていたわけよな」


 どうやら、自分と妹に向けられた疑いは晴れる方向に向かったらしい。


「やはりオルテンシアを恨む相手を、片っ端から当たるしかないか。そのうえで、ペルラの名前を貶めたがっていそうで、かつ魔術師……ロレンツィオ・カヴァリエリが第一候補だな?」


「姫が昔馴染みに恨まれている自覚が兄としておありなんですね」


 コッペリウスの人形のことは気になるが、外の二人に問うてもこれ以上の話は出ないのだろう。

 あとで憲兵隊長がくると、さっきの女性が言っていた。そのときに詳しい説明がされると信じよう。

 そう結論付けて、フェリータは緊張で濡れた手を、そっと扉から離した。



 *



「……それより殿下。この機に、祖父にかけられたくだらない疑義についてお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 相変わらず廊下で佇んだまま、ロレンツィオはそれまでとは異なる恨みがましげな声を目の前の男に聞かせた。

 

 しかし王太子はしれっと「悪いが、それは十人委員会という不可侵領域に出された議題だからな」と打ち返す。


「なに、デマならデマだと判明するさ、彼らも忙しいのだから少し待て」


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