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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、隣国の王族
34/39

『ユピルス・ダンダリオン』

前回から随分と間が空いてしまいました。

お待たせして申し訳ありません。

今年はずっと別の作品の方で、完結目指して集中気味でして……そっちにかかりきりでした。

それもひと段落したので、少し余裕ができました。

やっぱり投稿は不定期でゆったりめになりそうですが、次回は今回ほど間を空けずに投稿できると思います。



 ――私の名前は、ユピルス・ダンダリオン。

 第二王女ティアラアンナ殿下の身辺警護を職務とする近衛騎士の一人。

 そして代々我が国において『王家の番犬』として名を馳せた一族の息子でもある。

 それを証明するように、父は第一王子殿下の、叔父は第一王女殿下の警護を任じられています。

 国王陛下の御側には昔から祖父がおり、本当に昔から、根っからの番犬一族です。

 …………私の弟は我が家とは方針を異にする方に指導を受けてしまったので、少し違いますが。

 しかし弟も今では我が国でお預かりしている隣国の王子の御側に侍って護衛に徹しているので、やはり彼にも番犬の気質は僅かなりと受け継がれていたのでしょう。

 本当に犬な訳ではない。

 だが、番犬であることを自認して、主家の方々の身辺を守る。

 それがダンダンリオン一族の誇り。


 時には、警護対象者の望みで護衛以外の役目を担うこともあります。

 警護対象者の身辺の安全が、完全に保証されている場合に限りますが。

 誤解の無い様に言っておきますが、警護対象者の身が害される可能性が少しでもあれば誰が何を言おうとお近くを離れることも、ましてや警護以外のことを優先することもあり得ません。

 何よりもお守りすべきなのは、警護対象者の言葉や誇りではなく、そのお命なのですから。

 

 ですが……先程も申しましたが、警護対象者の安全が保障されている場合はその限りではありません。

 誰の害にもならないような些細な望みや、私で叶えられるお願いであれば対応することも(やぶさ)かではなく。

 つまり、何が言いたいのかと申しますと。


 誰よりも王族の命が優先される、この王城内にて。

 私は第二王女殿下により命じられてしまったのです。


 我が国に身を寄せる隣国の第六王子。

 リュケイオン殿下の……特に昨日お連れになった妹殿下との仲についての情報を。


 ……こんなことは間諜なり密偵なりにお命じになればいいものを、と思いはしますが。

 まだ幼く、跡取りという訳でもない第二王女殿下は王族として敬われはしても、実権はさほどお持ちではありませんから。

 動かせる手駒は、王により側付に命じられた私達護衛や女官、侍女達といったくらいで。

 その中でも機動力と縁故に恵まれた私が命を受けるのは、予定調和のようなものだったのかもしれません。

 もう少し王族としての自覚をお持ちいただけたら、とは思いますけどね。

 第二王女殿下は私に、弟から職務上の機密を聞き出せとお命じになられたのも同然なのですから。


 何しろ私の実弟は、リュケイオン殿下の従者を務めている。

 要は弟に殿下の近況を聞いて来いということですよね。


 しかし私の弟は、リュケイオン殿下に心酔?しております。

 それに意固地というか、何と言おうか……とにかく弟がそう易々と兄の私に口を割るとも思えません。

 例え身内であろうが、警護対象者の私的な情報を流出させることは、番犬にとっては以ての外の事態なのですから。

 もしも迂闊に情報を漏らし、それが原因で警護対象者に危険が迫ろうものなら……

 近衛騎士を引退した当家の曾爺様であれば、「警護対象者の御身を完璧に守りきって危険を退けた上で、全てが片付き次第腹を切って自害しろ」とでも言われそうです。

 何故わざわざ腹を切るのか……服毒自殺でも良いではないですか、と質問した幼きあの日。

 私は曾爺様の鉄拳を脳天に頂きながら、言われたものです。

 意図せぬことであろうと警護対象者を害するところであったのだから、警護対象者が負う筈であった傷と痛みを自らの身に刻むことで責任とせよ、と。

 我が家の教育は、少々貴族としては特殊かもしれません。

 その教育法で育てられた私には、少しおかしいかもしれないと思ってもどこがどうおかしいとは説明できないのですが。


 我が家の方針とは別の方向性に育てられた弟も、曾爺様の訓戒は物心つく前から聞かされてきている。

 兄弟だからと情に絆されてほいほい情報を渡してしまうような、易い相手ではない。

 ――となると、さて。

 一体どのようにして、情報を引き出すべきだろうか。


 

 案ずるよりも産むが易し、と。

 過去の偉人は良い言葉を残しました。

 思い悩んでも時間が無駄に消費されるだけと割切り、私は……ひとまず行動に出てから考えることとしました。

 これでも気配を殺すことは得意な方です。

 気配を消した暗殺者に逆に気配を消して接近後捕縛した、という経験も何度かあります。これ、少し自慢です。

 それで「暗殺者殺し」などというあだ名を付けられた時は、行いを誇張されているような気がして悩みましたが。

 あだ名は不本意ですが、気配を殺すことに自信があることは偽りありません。

 私は特技を生かし、気配を消して弟の近辺に張り込むこととしました。

 ……本当の意味で間諜になる気はありませんから、見張る対象は身内である弟だけに絞ります。

 隣国の王子殿下? その近くに潜むなんて、そんな不敬なことは絶対にしませんよ。

 私が自分の警護対象者に同じことをされたら、きっと心底腹が立ちますしね。

 いえ、腹を立てるより先に刺客と判じて取り押さえるかもしれませんが。


 

 弟の尾行をしながら、自分は何をやっているのかと自己嫌悪に頭を痛めます。

 第二王女殿下に命じられたからには、何かしら情報を掴んで戻らなければいけないのが悩ましいところ。

 出来れば軽く済ませられるような、当たり障りのない情報をいただきたい。

 うっかり重要な秘密などを知ってしまえば、洒落になりません。

 それでも何時間かかるか、と。

 憂鬱に思っていたのですが……思わぬ光明は、廊下の向こうからやって来ました。


「――ダリウス、少しよろしいかしら」

「は……アンジェライネ殿下」


 ゆったりとした足取りで、数人の侍女を連れて向かって来られるのは……我が国の第一王女殿下。

 私の警護対象者、ティアラアンナ王女殿下の姉姫様に当たる方です。

 しかし第一王女殿下が、何故此処に。

 お従兄君とはいえ、リュケイオン殿下の滞在する離宮にはあまり縁のない筈。

 そもそも王女殿下が、自ら歩いて先触れもなく足を運ばれるのは……あまり、褒められることではありません。


 私の弟ダリウスも、困惑した様子を滲ませながらも頭を垂れます。

 今は隣国の王子殿下にお仕えしているとはいえ、弟の本来の主は我が国の王家以外にありません。

 王女殿下御本人から呼びとめられたとなれば、快く諾を返す他にはないのです。

 ……うちの王女も、御足労いただけたらわざわざ私が間諜の真似ごとなどしないで済むんですけどね。

 私が弟に問質しても碌な結果にはなりませんが、第二王女殿下が直接お命じになれば、弟とて何かしら喋るでしょうに。


 そう、今まさに第一王女殿下がなさったように。


「あのね、ダリウス。少し聞きたいことがあるのですけれど」

「あはははは。……リュケイオン殿下について、ですよね」

「うふ。話が早いわね。だけどね、ダリウス? 今日お聞きしたいのはお兄様のことだけではなくてよ」

「…………では何のことでしょう?」

「わかっているのでしょう?」

「ははははは……主様のプライベートについて喋ると思われますか?」

「ほんの少し、心配しているだけなのよ? お兄様は……なんでも、幼い妹君をお連れしたとか? あの人付き合いの不得手なお兄様のことですもの。妹様と仲良くされておいでかしら、と」

「それなら御心配は無用ですよ。殿下も歳の離れた妹姫は大層可愛くお思いで……此方にお戻りになられてから、新しい環境を不安に思われておいでの妹姫を気にかけておいでです。今朝だって、妹姫がお寂しくならないようにと同じ寝台でお休みだったんですよ?」

「まあ、お兄様が!?」


 第一王女殿下のお陰で、うちの王女様への手土産ゲットと相成りました。

 もうこの情報で構いませんよね?

 これ以上探れと言われても、王女殿下御本人においでいただかないと無理だとお伝えしましょう。


 そんな訳で、姫様。新情報です。


 リュケイオン殿下は妹姫と同じ寝床で寝起きを共にされていらっしゃるそうですよー。






 その日の、お昼前。

 張り込みに出ていた近衛から伝え聞いた情報に、第二王女ティアラアンナの怒号が轟いた。

 彼女が淑女の嗜みと王家の自覚に目覚める日は未だ遠そうだ。




 


 ダリウス

  王女の不満をかわす為、ある程度の些細な情報流出は致し方無しと思っている模様。

  小出しに些細な情報を与えておかないと、不満が募って強硬手段に出る可能性もあると思っている。

  勿論、他に聞かれても構わない程度、リュケイオンが気にしない範囲に留まる。


 怒号の内訳

  妹ちゃんへの嫉妬五割:妹ちゃんの人格が不明瞭な点への不満一割:妹を気遣うお兄様素敵ー!四割


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