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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、隣国の王族
31/39

14.5/わたしとおにいさま

ミンティシアがとてもかわいかった、ので。

叔母上様が暴走しました。



 おにいさまが、手を引いてくれる。

 だから、はじめての場所でもこわくない。

 たくさんの人が、ミンティシアのこと見てたけど。

 おにいさまの手が、あたたかかったから。

 ちょっと、びくびくしちゃったけど。

 でも足をとめないで、歩くことができた。


 おにいさま、すごい。

 おにいさまはすごいの。

 あんなにたくさんの人が見てるのに、おにいさまはへいきみたい。

 ミンティシアは、びくってなるのに。

 だけどおにいさまといっしょにいると、ミンティシアもって、なるから。

 おにいさまが手を引いてくれたから、歩けたんだよ。

 

「ミンティシア、私達はこれから国王陛下と……叔母上にお会いする」

「おば……?」

 おばうぇ?って誰なのかな……。

 おにいさまの手にぎゅって力がはいる。

「こわい、ひと?」

「いいや、怖くはない。私達を庇護して下さる」

「……んっと、おにいさま、は?」

 おにいさま、おにいさま。

 ミンティシアひとりで会うの?

 おにいさまは? おにいさまは、いっしょじゃないの?

「お兄様も一緒だ」

「だったら、だいじょぅ、ぶ……」

 しっかりと、おにいさまがいっしょって言ってくれたから。

 いっしょにいてくれるなら、こわくない。

 ……ううん、ほんとうはちょっと、初めて会うひとってこわい。

 だけどがんばってこわくない、って、するの。

 おにいさまがいっしょなら、きっとできるよね。

 おにいさま、ちゃんとミンティシアの手をにぎっててね……。




「あらまあ、可愛らしい子猫ちゃんね?」

 

 こ、ねこ?

 こんなきらきらの大きなおへや、入るのはじめて。

 びっくりして、ぼうっとなって。

 おへやをきょろきょろ、するのは……おぎょうぎ、わるいかな。

 でも、おちつかなくって、きょろきょろしちゃうの。


 そうしたら、いつのまにか目のまえに、きらきらしたひとたち、が、いて。

 すっごくきらきら、きらきらしてるから。

 どうしてあんなにきらきらするんだろうって、じぃっと見上げたら。


 ものすごく、きらきらしたひとが、よくわからないことを言うの。

 こねこ……おにいさまが見つけてくれた子ねこ?

 でもあの子、レミちゃんにあずけてきたのに。

 ほかにも子ねこがいるのかな……


 さっきまでは上を見るみたいに、きょろきょろしてたけど。

 いま、は、ねこをさがして足下をきょろきょろ。

 もしかしたら、あの子がついてきちゃったのかな。

「まあ、ほほほ……本当に可愛らしい子を連れておいでね、リュケイオン」

「猫などと。この者はミンティシア、私の父母を同じくする妹です。叔母上」

「ふふ。ええ、わかっているわ。既に貴方の『お兄様』から話を聞いていてよ、リュケイオン」

「……生国(ヴェシテス)の、王太子殿下(あにうえ)から?」

「ええ。貴方と、それから新たにそちらの……小さな可愛らしい王女様のことをお願いします、ですって」

「兄上が……」

「勿論、わたくし達の返事は『是』よ。リュケイオン。懐かしい故郷から、可哀想な甥っ子の頼みですもの。……乱心した『国王陛下(あにうえさま)』に、思うところがない訳ではありませんからね」

 おにいさまと、あのひとが何を言ってるのか、よくわからないけど。

 えっと、でも……すごくすごく、びっくりした。

 子ねこって、ミンティシアのこと?

 ミンティシアは、にんげん、だよ?

 それともあのひと、ミンティシアがねこに見える……?

 え、え、え……ほかのひと、も、そうなのかな。

 おにいさまにはミンティシア、ねこに見えてないよね?

 ミンティシア、ねこじゃないよね?

 おにいさまの服を、ぎゅっとして。

 思わずおにいさまの後ろにかくれる。

 子ねこって思われて、おにいさまとひきはなされたら……いや。

 おにいさまの見つけてくれた子ねこも、ここには入れないってレミちゃんにつれていかれちゃったのに。

 ミンティシアも、そうなるの?

 子ねこと思われて、お外に出され、る……?


 おにいさま、と、いっしょって言ったのに。


「や……」

「ミンティシア? ……叔母上は無情な方ではない。怖がる必要は、」

「……やだ。おにいさまとはなれる、の、や。もう、いや」

「ミンティシア?」

「おにいさま、と、いっしょ……じゃなきゃ、やだ」

 思わず、おにいさまの腕にぎゅってしがみついた。


 おば、さ……? に会うから、ちゃんとしなさいって言われたのに。

 ミンティシア、ちゃんとできなかった。

 いいこになれなかった。

 ……わるいこ、で、ごめんなさい。おにいさま。


「…………あらやだ、本当に可愛らしいわね」

「叔母上、身を乗り出さないで下さい。ミンティシアも落ち着きなさい」

「ねえリュケイオン? 貴方の妹、凄く愛らしいわね。可愛い」

「十年前の私と、ほぼ変わらぬ容姿ですが」

「十年前の貴方もとびきり可愛かったわ……いえ、顔が可愛いことも確かだけれど。でもそれ以上に、反応が凄く可愛いわ。凄く凄く可愛いわ。ねえ、リュケイオン、その子をわたくしにくれないかしら?」

「お戯れは止して下さい」


 このひと、なにを言ってるんだろう。

 え、え……っと?

 ミンティシア、もらわれ、ちゃう……?


「……っ」


 お、おにいさま……ミンティシアのこと、あげちゃわないよね?

 ずっとずっといっしょ、って。

 ミンティシアといっしょって、おにいさま……っ


「叔母上、落ち着いて下さい。妹がますます怖がります。そして妹を差し上げるつもりはありません。そもそも叔母上には既に二人も王女がいるではないですか」

「確かにわたくしには二人の王女がいるわ。でもあの子達……最近、あまり可愛い気がないのよねぇ」

「だからといって、お戯れになっては困ります。見ていただきたい、妹のこの怯える様を」

「……半ば以上本気だったのだけど」

「叔母上……報告がいっているのではありませんか? つい数日前に、妹は盗賊に遭遇して怖い思いをしたばかり。今は何かと不安定な時期だというのに、余計な影を与えないでいただけませんか」


 むねが、びっくりしたみたいに、ばくばくってして。

 いきが、くるしい。

 おにいさま、おにいさま……ちゃんとおとなりに、いて。

 どこにもいかないで。

 ミンティシアをおいていったら……いや。

 

 言いたいことが、たくさんあるのに。

 ミンティシアといっしょにいてって、ちゃんとおねがいしたいのに。

 口から、こえがでない。

 なにも言えない。

 へんな、かすれた音しかでてきてくれなくって。

 それでも、つたえたいことがたくさん、たくさんあるから。

 おにいさまに、両手でぎゅっとしがみつく。

 いっしょにいたいって、つたえたいから……これしか、できなくて。


 だけどおにいさまも、ミンティシアのこと、ぎゅってしてくれて。

 ぽんぽんって、せなかをやさしくなでてくれて。

 いきが、すっとむねにとおる。

 からだ、も、ぎしぎししてたのに。

 それがふわってなって、かるくなる。

 

 おにいさまがいてくれると、だいじょうぶ、ってなる。

 あんしん、する。

 

「あまり不用意に不安を煽るような発言はお控え下さい。彼女は『私の妹』です。私と『境遇』を同じくする……叔母上も、この意味がおわかりでしょう」

「ええ、そうね……配慮が足りませんでした。だから……その、あまり怯えないでいて?」

「叔母上、直接話しかけられても妹は余計に萎縮するだけですが」

「……ええ。貴方の言いたいことはわかるつもりよ。貴方のこの十年を、わたくしも見守ってきたのですもの。本当に、考えが足りなかったわ。あまりにも可愛い女の子だったから……はしゃいでしまったのよ」

「妹は人を怖がります。叶う限りの配慮をしてはいただけませんか」

「本当に十年前の貴方と同じ(・・)の様だし……ええ、一度受け入れると決めたのです。貴方にしてきたのと同様に配慮するとお約束しましょう」


 よく、わからないんだけど。

 おにいさまはミンティシアをあげたりしないって、やくそく、してくれて。

 ミンティシアの手をぎゅっとして、はげましてくれた。

 おにいさまはずっとおにいさまだよって、いっしょだよって。

 そう言ってくれてるみたいに、おにいさまの手はあたたかかった。


 でも、あのきらきらしたひと、は……

 おにいさまは、わるい人じゃないって、言った……けど。

 もらわれちゃうかもって思うと、すごくこわくなるから。

 あのひとには……あまり、ちかくに行かないようにしよう。




おまけ『ひとりぼっちの小さな子猫』


 それは、見目麗しいお兄様と妹姫がはぐれた護衛達の到着を待っていた時の事です。

 国境地帯の関所には、隣り合う二国の施設が並んでいます。

 それぞれ、この地に詰める兵たちの宿舎を兼ねた検問所。

 ウェルヌス国側の施設でお茶でも飲みながら待とうかと、お兄様は妹姫を腕に抱えて移動中でしたが。

 そんな時に、聞こえてきたモノ。


 ――にゃ~……

 

 か細い声は、幼い獣の小さな訴え。

 どうやら近くに子猫がいるらしい。

 お兄様はすぐにそう思い至りましたが、どうやら妹姫は違うよう。

 ゆるりと首を振って、声に耳を傾けました。

 再び聞こえた「にゃー」という声にも、不思議そうな顔をするばかり。

「ミンティシア、何か気になることが?」

「おにいさま……」

 とても、とても引っ込み思案のお姫様。

 妹姫はお兄様に聞いても良いのかと躊躇っている様子でしたが、

「遠慮せず、お兄様に聞いてみなさい。どんな質問でも怒りはしない」

 優しく撫でられながら促され、妹姫はお兄様に思い切って聞いてみることにしました。


「おにいさま……あれ、なにか、の……なきごえ?」


 本当に、本当に不思議そうに首を傾げる妹姫。

 彼女は、「ねこ」の声を聴いたことがなかったのです。

 お兄様は妹姫が身を置いていた環境に理解があったので、それをおかしいとは思いませんでした。

 気まぐれな猫は貴人の愛玩動物として好まれますが、逃亡阻止の為に大概が室内に留め置かれます。

 益獣として飼っている場合も、厨房や穀物庫など限られた環境で飼育されるものです。

 ましてや妹姫が暮らしていたのは、王宮の敷地内。

 高貴な方々の行き交う場所に、どうして野良の獣が立ち入れるでしょう。

 見苦しい思いを方々にさせてしまう前に、衛兵たちが野良猫なんて追い出してしまいます。

 

 だから、妹姫は知りません。

 本物の猫のしなやかさも、あたたかさも、その鳴く声の響きすらも。

 お兄様もまた、それらを知ったのは生まれ育った王宮を出されてからの事です。

 ふと、お兄様は思いました。

 妹姫にはお友達がいません。

 これからお友達を作ってやれたら、とは思うのですが……

 人間に怯えてしまう性質は、そうそう簡単には治らないもの。

 当面は同年代の子供にだって……いいえ、無邪気な中に残酷性を有する子供が相手だからこそ、きっと妹姫は怯えて打ち解けるのに時間がかかってしまうことでしょう。

 その分、お友達を得られる時間も遠のきます。

 その間、ずっと遊び相手のひとりもなく。

 妹姫はひとりぼっちなのでしょうか。

 お兄様が側にいる時は良いのですが、これから向かう隣国の王宮には妹姫とお兄様の二人きりで暮らす訳ではありません。

 たくさんの人がいて、たくさんの義務と仕事が溢れる場所です。

 お兄様にもまた、自分自身ではずらせない種々の用事に煩わされることがあるでしょう。

 妹姫とずっと四六時中一緒に居られるとは限りません。

 その間、もちろん放置するつもりはないのですが……人に任せて、それで安心できるでしょうか。

 今のところ、お兄様にしか心を開いていない妹姫の事です。

 お兄様のいない場所ではきっと寂しく辛い思いをすることでしょう。

 そんな時、彼女の心をどうやって慰めてやれば良いのでしょうか。

 お兄様は、ちょっと考えてしまいました。


 お茶を飲もうと、食堂に向かっていた足。

 その行く先を、お兄様は少し変えることにしました。

「おにいさま?」

 急な方向転換に、妹姫が首を傾げます。

「少し、お兄様と寄り道をしよう」

 もしかしたらあの声は、この施設で飼われている猫のものかもしれません。

 ですがこの辺境の地で、いきなり子猫がぽんっと何もないところから増えることはないでしょう。

 施設で飼われていた猫が、新たに子猫を生んだのではないかとお兄様は考えました。

 猫は一度に何匹もの子を産む生き物です。

 もし子猫が増えすぎて困っているようでしたら……妹姫の為に、いっぴきもらうのも悪くありません。

 それも、妹姫が猫を嫌がらなければの話でしたが。

 生まれ育った王宮を出立する前、妹姫は犬と戯れていました。

 あの光景を思い出してみれば、少なくとも動物嫌いということは無さそうです。

 物は試し、まずは引き合わせてみようとお兄様は考えたのでした。


 そして、彼らは小さな『こねこ』と遭遇します。


「――何? もう一度、説明してくれないか」

「いやあ、だからですねー? 昨夜、うちの鶏を狙って森から出てきたんですよ」

 ひょいっと。

 紐で繋がれていた子猫を、心底困った様子で兵士の一人が摘みあげます。


 それは物珍しい、『斑点模様』のワイルドな子猫でした。


 人はその猫を、『ヤマネコ』と呼びます。


「夜番の交代途中で偶然居合わせたうちの者が、鶏を襲っている親猫を殺しちゃったところで気付いたんですよね……この子猫に」

「つまり、既に親猫はいない……と」

「だからと言って、山猫でしょう? 家猫とは気性も異なるでしょうし、まさか飼う訳にもいかないし。けど親猫を殺しちゃったあとなんで、扱いに困って困って…………そうだ、何なら連れて行きます? 珍しさには太鼓判を押しますよ!」

「………………躾には、専門家の意見を聞いてみることにしよう」


 こうして、彼らの短い旅のさなかに。

 小さな小さな、妹姫の『お友達』が仲間入りしました。

 ちなみに寂しい時間をずっと過ごしていた妹姫は、はじめての『お友達』にたいそう喜んだそうです。

 良かったね、お兄様!



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