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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、逃避行
27/39

13/私と妹と、検問所

 無表情でも目を伏せ、顔を若干俯きがちにすれば、影がかかる。

 それは「強張った悲しみの表情」に見える。

 他の表情はよくわからないが、『影のある表情』は得意な方だ。

 何しろ平素より、何もしていなくとも『影がある』と言われる程なのだから。

 黒い未亡人のヴェールは体の輪郭を誤魔化し、更に影をより濃くする。

 この布一枚で、私に対する憐憫が目に見えて高まっていた。

 そして、私の胸元に身を寄せる小さな姿。

 男児の格好をさせたミンティシアの頬には、明らかな殴られた痕跡がある。

 それも大人の男に受けたものとはっきりと刻まれていた。

 未亡人と、暴力の痕の残る幼い子供の組み合わせだ。

 いかにも訳ありげだが、他者の詮索を撥ね退けるだけの威力があった。


 ここは、国境地帯。

 両国の間を行き来する旅人を誰何する、検問所。


 伴も連れず、それなりに身なりの良い未亡人が通過するには人目を引くが……

 明らかに怯え、私に縋るミンティシアを見て、余計な手出しが出来る者がいようか。


 私と妹は、無事に国境を抜けた。

 これで山場を越えたと言えるだろうか。

 追手の存在が案じられたが……まずは、安心と言って良いだろう。

 数ある脅威の内、一つはもう気にせずとも構わない。

 こうなると、早めにダリウス達と合流した方が良いだろう。

 国境には二つの国の検問所が、向い合せに佇んでいる。

 出国手続きを終えれば、即座に入国手続きに向かえる様に、だ。

 一先ず入国手続きまでを終えておこう。

 それから……検問所内の休憩室で妹と二人、お茶でも飲むとしよう。

 ここまででミンティシアにも疲労が溜まっている。

 温かいお茶とお菓子があれば、妹の気も随分と休まる筈だ。

 どれだけ遅くなっても、ダリウス達が日を跨いで遅れるとは思えない。

 今日中に追い付いてくるだろう。

 それまでのんびりとしていても構わない筈だ。

「ミンティシア、休憩にしよう。お茶を飲みなさい」

「はい、おに…………あ」

「……ミンティシア、もう『お兄様』と呼んでも大丈夫だ」

「!」

 妹の表情は、やはりあまり変わらない。

 だが何となくだが……全身で、喜んでいるような気がした。

 馬上で抱き寄せているからだろう。

 その動きが、感情を伝えてくる。

 私が呼称の解禁を告げた途端、全身がピンと伸びた。

 ハッとした様子で私を見上げ、無言で目を輝かせる。

 小さな両手はぎゅっと、私の腕を握っていた。

「……もう、いいの?」

「ああ、構わない。本当に大丈夫だ、もう誰も追いかけてはこない。だから、私のことを『お兄様』と呼んでくれるか?」

「はい! はい、おにいさま……!」

 表情は、あまり変わらなかったが……

 興奮しているのか、頬が紅潮している。

 たかが呼び方一つで、これ程に喜んでくれるのか、と。

 少し、私の方が気恥ずかしくなってくる。

 

 私は、妹にどうやら慕われているらしい。


 私のことを慕ってくれているのだ、と。

 言葉にして聞かずとも、妹の全身が語っていた。

 恐らくこれは、勘違いではない…………はず、だ。

 自信はないが、恐らく……そうなのだろうと、思う。


 呼び方一つで喜べるほど、こんなに慕ってくれていることが嬉しいような……焦る、ような。

 緊張のような、気もそぞろになってしまいそうな。

 謎の感情が、胸の中で熱く自己主張を重ねてくる。

 どうすれば良いのかと、途方に暮れれば良いのか。

 それとも狼狽すれば、戸惑えば良いのか。

 妹に対してどのような態度を取れば良いのか。

 何故か、今更、態度の有り様についてわからなくなってくる。


 本当に、今更だ。

 妹とは既に数日を共にしている。

 顔を合わせた当初に態度について思い悩むなら、まだしも。

 慕われていると気付いた今になって、悩むなど。


 慕ってくれる者など、今までいなかった為だろうか?

 『慕われる』という現象に直面して、私は今まで知らなかった感情が芽生えるのを感じた。


「ミンティシア、お兄様とお茶を呑んで、お菓子を食べよう。それから……お兄様と、仲良くしてくれるだろうか?」

「!」

「仲良くしてくれると、その……嬉しい、ん、だが。………………仲良く、してくれるか?」

「う、うんっ! うん! な、なか、よく……してほしぃっ」


 今までになく、強く、早く。

 妹は私の顔を見上げて、はっきりと頷いていた。

 こんなに大きな妹の声を、悲鳴や泣き声以外で初めて聞く。

 それだけ強い気持ちで、仲良くしたいと同意してくれたのだろうか?

 

 昨日までは、こんなことはなかった。

 初めて撫でた時よりも、ずっと怖々と。

 私は妹の頭をゆっくりとぎこちなく撫でて……


「そうか……嬉しい、な」

「うんっ」


 私の言葉に、同意を返して。

 妹は。

 その幼い顔に、はじめて。


 小さく微かなものだったが……確かに、はじめて。

 愛らしく緩んだ、微笑みを浮かべた。



 とりあえず、だが。

 数日前に初めて顔を合わせたばかりの妹が、凄まじく可愛いんだが。

 私はこの妹に対し、どう接していけば良いのだろうか。

 正直にいって、どうすれば良いのかわからなかった。





 賢そうなのに、今まで妹から慕われてるって気付いていなかったお兄様。

 そしてダリウス達に慕われていることには、まだ気付いていない。(鈍い)

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