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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、逃避行
23/39

11/私と妹と、薄汚い男

さり気無く、おにいさま野生児疑惑。

 今、私達がいる場所が国境に程近い場所で。

 治安に問題のある地域だと、確かに知っている筈だった。

 気を緩めていたつもりはない。

 だが、危険な襲撃犯は全てダリウスが引き受けてくれていると。

 そんな油断が、どこかにあったのかもしれない。

 加えて、道のこともある。

 一人で先行し、身を隠すとなった時に、私は平坦に慣らされた道を常であれば避けていた。

 身を隠す意味も込め、道のない木々の間を意図的に通る。

 今回は妹の存在があった故、悪路を避けて整地された道を通っていたのだが……道があるということは、人の通りがあるということ。

 人の往来があればこそ、賊の類は網を張る。

 そのことを忘れたつもりはないが、こうして襲われてしまえば何とも言えぬ。

 襲いかかって来る相手が貴族の走狗ばかりとは限らぬと。

 私は確かにそれを知っていた筈なのに。


 

 その者達は、樹上から襲いかかって来た。

 道に被さる、葉の茂った枝の上。

 獲物が下の道を通りかかる瞬間を、今か今かと待ち構えていたのだろう。

 まんまとかかった獲物は、私だった。

 

 不意打ちは、一瞬で高い効果を上げる。

 樹上から飛び降り様に、位置が丁度良かったのか。

 帯剣しているレミエルを避け、まずは弱そうな『未亡人(私)』を捕まえて人質に……という意図であったのかもしれない。

 私の頭を強く殴打したのは、粗野で野卑な八人の男達。

 厄介なことに、相手は山賊の一団と見えた。

 当然ながら、礼儀も品性も期待は出来ない。

 

 殴りつけられた衝撃。

 元より不安定な横座りの体勢であったことが災いした。

 敢えて引きずり降ろそうとされた訳ではなかったが……

 私の身体は殴りつけられた勢いに逆らえず、馬から転げ落ちる。

「……っ」

 だが私の懐には、妹がいる。


 私は咄嗟に妹を深く抱きこみ、自分の体で包み込む。

 落馬の衝撃から庇うことしか頭になかった。

「ぐ、ぅ……っ」

「リュカ様!」

 レミエルが、私の名を叫ぶ。

 だが私は、それに応えることが出来ない。

 頭を打ち付けることは、何とか回避した。

 だが肩から地面に叩きつけられ、衝撃で身体が強張る。

 全身が痺れてしまったようだ。

 指先一つ動かすことが出来ず、喉は言葉を忘れた。

 全身を走り抜けた苦痛に、呻き声しか出ては来ない。


 ……此方の全身が、苦痛に喘いでいるというのに。

 山賊の男は此方の事情などお構いなしとばかり、私の全身を覆うヴェールに手をかけてきた。

 恐らくは、私を殴り付けた張本人。

 賊の頭と思しき男は、楽しげに笑いながら私を見下ろしている。

 遠慮も躊躇いもない手が、ヴェールを剥いで私の姿を暴く。

 なんと、不作法な。


 頭部から垂れた赤い血と、顔を覆う乱れた髪。

 私の顔は、半分も見えなかったに違いない。

 だがそれでも、体格を見て性別を間違える相手はいないだろう。

「チッ……男かよ。色っぺぇ後家さんを期待してたってぇのによ」

 男の声が、あからさまに白けたものになる。

 私が色気のある後家だったら、どうしたというのだ。

 敢えて問いはしないが、胸の悪くなるような男だ。この下種め。

 私が男だと知り、寄せられる興味が種類を変える。

 御座成(おざな)りでありながら、抜け目なく検分する目。

 私の価値を測る目だ。

「見たとこ貴族のボンボン……ってとこか。こんな物騒な場所で、お忍びなんざ命がいくつあっても足りねぇぜ、坊ちゃん」

「貴様、リュカ様から離れろっ」

「おっと、そっちは護衛かぁ? 命令口調はいただけねぇな」

 視界の端に、悔しげに口を噛むレミエルが見えた。

 駆け寄ろうにも、位置が悪い。

 レミエルよりも、近距離に……レミエルとは間に私を挟むようにして、山賊はにやにやと嗤っている。

 明らかに、私を人質(たて)にする気だ。

 現に男は私に刃物を突き付けており、レミエルは一歩も動けずにいる。

 武装したレミエルを警戒してか、男が顎をしゃくると配下と思わしき男達が反包囲する形でレミエルを囲んだ。

 この異様な空気が、状況を掴めていないだろう妹にも伝わったのか。

「……っ」

 包み込むように、懐に入れたミンティシアが震えている。

 妹の小さな手が、ぎゅっと強く私の服を掴んでいた。

 怯えているのか……泣くことを忘れた顔は、張りつめて固まっている。

「おら、もっと後ろに下がれよ。お宅の坊ちゃんが腕の一本二本失っても俺は知らねえぜ?」

「く……っ」

 男の脅しの声が、恐ろしかったか。

 私の体で覆うようにして、隠していた妹。

 妹の小さな体が、びくりと大きく震えた。

 それを、山賊の男に見咎められてしまう。


「お……っと、こんなとこにガキがいやがる」


 男の手が、無造作に……妹の手を掴んだ。

 私の妹の、手を。

「っ放せ……!」

 未だ詰まっていた喉に、無理やり声を通す。

 黙って見過ごして良いものではない。

「うるせぇ! おい、押さえてやがれ」

「へい、頭」

「ぐ……っ」

 寄りにも寄って。

 この男……私の傷めた肩を掴みおった。

 全身に、耐え難い痛みが響く。

「……へぇ? 高く売れそうな面してんじゃねえか。ちっとガキ過ぎるが……おう、おめぇら。どうよ、高く売れそうじゃね?」

「好事家を当たれば充分な稼ぎになりますぜ、頭!」

「でも貴族のガキなら、身代金を巻き上げられねぇですかね」

「あぁん? だったら身代金を取った後で売り飛ばしゃ良いだろうが」

「流石はお頭、なんて名案!」

「だったらこっちの野郎の方も金になるんじゃねえっすか」

「そうさなぁ……けどコイツラ、俺らの顔を見てやがる。生かしといても面倒にしかなんねぇだろ。髪の束なり、腕の一本なり取っときゃ良いだろ。それを家に送りつけて、さもまだ生きてますって装うのはどうだ」

「頭、冴えてますぜ!」

「そうと決まりゃ……お前ら、まずはさっさとそこの護衛を刻んじまいな!」

 男の号令と共に、配下の山賊どもがレミエルに襲いかかる。

 今の会話を聞く限り、男達の方針は私を殺して妹を売る……というところだろう。

 殺すと暗に宣言したものを、再度人質として盾には出来まい。

 妹は妹で、売るのであれば余計な傷は付けない筈。

 レミエルもそれを察して、山賊どもに抵抗を始めた。

 あれでもダリウスに鍛えられた実力者だ。そうそう滅多なことで殺されはすまい。


 それよりも問題は、此方にあった。

「邪魔くせぇな。なんだこのヒモ」

 男が、私と妹を繋いだ紐に手をかける。

 その手には……あまり状態の良くない、ナイフが握られている。


「や、やぁっ やぁぁっ おにいさまぁ……」

 妹が、より強くしがみ付いてくる。

 私も離すまいと、抱きこもうとするが。

「動くんじゃねえよ!」

「ぐ、ぅっ」

 男と知った私を相手に、容赦はない。

 だが容赦がなかろうと何だろうと、妹を渡す気はない。

 妹も私から離されまいとしてか、普段の静かで大人しい様子とはかけ離れた活発さで……男の手を振り払おうと、激しく暴れた。

 それが、男の気に障ったのだろう。

「大人しくしろ、このガキが! 生意気に暴れてんじゃねえよ!」

「 っ 」


 …………。

 ………………。

 ……なんと、許し難い。


 この男……ミンティシアに、なんということを。


 ミンティシアの頬を、男が殴った。

 それをまざまざと、間近に見せつけられ……

 私の頭を、カッと焼けつくような熱さが支配した。






次回、お兄様がマジギレします。

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