『忠犬というよりも猟犬』
今回は「だだだ」ことダリウス昔語り。
本来、俺は忠犬というよりも猟犬のタイプだったと思うんですが。
『主』に出会って、気付けば十年。
いつの間にか『猟犬』であった頃を忘れそうな俺がいる。
主に忠実であれ。
それは、当然のこと。
だけど職分として、俺は主の側近くに仕えて雑事を担うとか。
言われたこと、望まれたことに先んじて応え、主を満足させるとか。
そういったことには向いていないと思っていた。
俺の家、ダンダリオン伯爵家は代々軍事に関わって来た。
特に要人……王家の方々の警備、護衛といった任務に従事している。
主の側に仕えるという意味では、これも側仕えといって良いだろう。
しかし主の望みに応じたり、雑事を捌くのとは全く色合いが違う。
側に仕えながらも、主の声に全て応じる訳ではなく。
主の身を守る為であれば、主当人の言葉にも時に反した行動を取る。
我が家の職分は主の声に応じることではなく、主を守護すること。
召使とは違う。
そんな家の中にあって、俺はまた毛色が微妙に違った。
例えるなら、主を守る番犬であったダンダリオン伯爵家。
なのに俺だけ、猟犬に生まれてきたってところですかね。
主を守ることよりも、その側で防備を固めることよりも。
防壁の中から先んじて飛び出し、攻撃されるよりも疾く速く駆け抜けて。
主の敵を仕留め、何よりも戦いの中に身を置いた。
待ち構えて守るというのは、どうにもまだるっこしいと感じてしまう。
気が急いて、急いて、気付いたら飛び出してしまうんだ。
荒々しい暴力の、その渦中に。
俺の十代の頃、思春期時代はおおむねそんな感じに過ぎていきました。
尖っていた訳ではないですが、若かったなぁと今では思う。
防御? そんなもん、攻撃されるより先に倒しちまえば必要ねぇ!!
そんな暴論を常々吐いて、がははと笑っていた大男。
俺は、父の親友の……俺に最初に剣を教えてくれた、師匠の暴論に毒され過ぎたらしい。
息子がうっかり染まってしまったと、父が頭を抱えた五歳の頃。
その時から父と祖父両名による矯正が始まったが、一度染みついたモノは抜けなかった。
父よ、恨むのであれば若かりし頃の、うっかりな約束を恨んでください。
我が家の男子は、一族代々の剣技を身に着け成長する。
俺だけ他人を師匠にしたのは、独身時代の父が酒の席で交わした約束が原因だったとか。
父上、俺が次男で良かったですね?
家を継ぐべき長男の、兄上の方が染まっていたら洒落になりませんでしたよ。
あまりにも血の気の多い剣術に、うっかり思考を染められた俺。
矯正の一環として、祖父指導のもと戦場に連れ出されたのが十二の頃。
初陣でした。
そこで後方支援と防備に努め、現場での防衛の大切さというものを実践で教える。
そういう意図をもっての『社会見学』だった筈なんですがね?
何の手違いか、『師匠』と同じ現場に配備されたのが運の尽き。
豪快な大男は、俺に顎をしゃくって言いました。
一番手柄を取りに行くぞー!!
勝手に行ってください。一人で。
俺は、ちゃんとそう答えたと思うんですが。
気が付いたら、大男に引き連れられて敵陣真っただ中。
そこから、何をしたのかよく覚えていません。
俺はどうやって生き残ったんでしょうね?
生還した俺を、ドン引きした祖父が迎えてくれたことだけは覚えています。
あ、あと剣が誰か知らない他人のモノにすり替わってました。
すっごい血塗れでしたけど。
あの時持っていった剣、十二の誕生日に贈られたお気に入りだったんですけどねー。
もう戻ってはこないでしょうね、と。
俺にわかるのはそれだけです。
ですが、その時。
どうやら俺が大将首を取っていた? らしくて? ですね?
どうやら本気で大物だったらしく……?
手柄を立てた実感もないまま、何故か国王陛下に爵位を貰いました。
それも子爵位。
俺、どれだけ大きな手柄を立てたんでしょう……???
後で紙面で功績に関する通知を貰いましたけど、記憶があやふや過ぎて全く身に覚えがありません。
戦場に出たら、一目散に手柄目がけてまっしぐら。
それは俺のせいではなく、師匠のせいとも思うんですが。
言葉では拒否しつつも、我先にと飛び込んだ事実は覆せない。
それもあの瞬間だけ思い出せば、かなりわくわくしていた気がします。
まるで冒険にでも、出かけるみたいに。
守ることよりも、敵の首を取りに行くことが嬉しくて、楽しくて、仕方がなかった。
ああ、俺って本当に師匠に毒されてたんだなぁと。
そう思う訳です。
代々王家の番犬呼ばわりされてきた、当家の中で。
なんだか異色の俺。
手柄を自ら取りに行く姿勢は、ダンダリオン家らしくない。
我が家の名誉と手柄は、いつだって主を守ることにあった筈なんですが。
いつしか俺は、『ダンダリオン家の猟犬』と呼ばれるようになっていました。
これも黒歴史って言うんでしょうかね?
父と祖父は頭を抱え、そして匙を遥か彼方に投げ捨てました。
どうせ家を継がない次男……いえ、個人で爵位を授かったとなれば、新しい家を興すことになるんですかね? まだ独身の身としては、全々実感もわきませんが。
兎に角ダンダリオン本家を継ぐ訳ではない、ということで。
父上には有難くも、思うまま好きに生きろとお言葉を頂戴してしまいました。
済みません、父上。手のかかる息子で。
そうして、若干十二歳で独立してしまった訳ですが。
軍部でそれなりの地位にいる師匠をはじめ、方々から勧誘をいただいてしまいました。
俺の先を買って下さるんですね、有難うございます。
ですが、異色の存在だろうが何だろうが、俺もダンダリオン家の一員。
その剣、忠誠は変わらず主に……王家に捧げられている訳で。
いえ、騎士ならそれで当然ですが。
……って、この時はまだ正式な騎士でもなかったんですけどね。俺。
取り合えず先のことは主に相談しようと、そんなことになりました。
たかが十二歳の小僧が、直接相談できるものでもなかったんですけどね。
軍部に身を置く限り、それは何処だろうと王家の旗下。
なので軍部であれば何処でも良かった筈なんですが。
父に匙を投げられた身としても、俺の自覚する適正的にも、護衛任務はないと思いましたが。
一応、俺の先行きを父も祖父も気にかけてくれていたらしく。
それとなく、主……国王陛下に相談してくれていたみたいで。
それは職権乱用じゃないかなーとも思いましたが。
何しろ父上は、今の国王陛下が王太子の頃からずっと身辺警護に勤めてきた間柄。
それだけずっと側近くいれば、王族相手でも少しは気安い関係が築けるものなのだと。
未だ特定の主に仕えている訳ではない、十二歳の俺は知りませんでした。
国王陛下から、何故か俺の進路に関する相談が王妃様へと伝わり。
最終的に俺の進路を決めたのは、何故か王妃様でした。
それが、俺が十三歳の頃。
今から十一年前のことです。
俺の知る由もないことですが。
当時、王妃様は生国から秘密裏に受けていた『相談』がありました。
相手は王妃様の甥御に当たる、隣国の王太子殿下。
彼の方にとって、何よりも心配な……末弟の、年端もいかない『王子』に関するご相談。
はい、言わずもがなリュケイオン殿下に関することですね。
密に連絡を取り合い、手筈を整え。
王太子殿下は信頼のおける叔母君……
我が国の王妃様のお膝元へと、弟君を預ける為に画策されていたそうで。
その時には、一年後にリュケイオン殿下を受け入れることで既に話が纏まっていたそうです。
ですがそこで、我が国の麗しき王妃様は思案したとのこと。
その時の俺は、詳しくは知りませんでした。
後に、リュケイオン殿下と接するようになって否応もなく知らしめられましたが。
我が国に『留学』してくる王子様は、中々に難しく複雑な生まれ育ちをされていたそうで。
あまりに心配な要素の多いお方なので、側で親身に接する『誰か』を付けた方が良いと。
王妃様は、そう判断されました。
あまり人と触れ合うことの無かった生い立ちに、深く同情されてのことです。
そこでなんで俺に白羽の矢が立ったのか。
今でも不思議なんですけどね?
ですがなんだかんだで、俺とリュケイオン殿下は上手くやれていると思います。
リュケイオン殿下も年々……特にここ近年は、ようやっと『人間らしく』なってきましたし。
これを思うと、王妃様は人を見る目があったのかもしれません。
あれ、これって俺の自画自賛になるんですかね?
友人の様に、時に兄の様に、もしかすると父親の様に。
近くで、主従の枠を超えて、まるで家族の様に。
親しく、情をもって見守り、接する。
そんな役回りを俺に求めているのだと、王妃様は俺に直々に仰いました。
俺なんかに、恐れ多いことです。
その時もやっぱり、「そこでなんで猟犬なんですか」と思いましたが。
実は俺が幼少の頃から矯正案について、父上から国王陛下は相談を受けていたらしく。
ここでだったら最終手段で、血気にはやって敵を倒しに行くよりも、心配過ぎて側で甲斐甲斐しく守らずにはいられない『誰か』を宛がってみてはどうか、と。
そんな最終結論に達してたとか、俺が知る筈もありませんよね?
更にダンダリオン家の子息に守らせるとなれば王族の縁筋だけど、と。
適任の『庇護したいと思わせる儚げな護衛対象』を探した結果、現在の我が国の王族には『儚げ』という言葉が欠片も引っかからない、良く言えば活発で好奇心旺盛な方々しかいらっしゃらず、計画は頓挫したまま放置されていた、とか。
それが今回、『庇護せずにはいられない儚げな護衛対象(王家の縁故筋)』という色々と厳しい条件にそのままピタリと当てはまるリュケイオン殿下が『留学』してくると相成って、頓挫した計画を思い出した国王夫妻によって計画始動が唱えられた……だとか。
やっぱりそれも、俺が知る筈もありません。
上手くすれば、心配事が二つ一度に片付くかもしれない、とか思われたのかもしれません。
俺は王妃様の甥とはいえ、他国の王子に付けられることとなり……
……それも、従者として。
多分、より世話を焼かせるために護衛じゃなく従者に、となったんだと思います。
なれば、と。
厳しい顔をした侍従長の顔が今でも記憶に鮮明です。
たった一年の教育で他国の王族付きなど、異例の事ですが。
だからと言って手を抜くのは以ての外。
むしろ誰にするよりも厳しい教育を覚悟召されよ、と。
御年六十二歳の侍従長は良い笑顔で仰いました。
そして始まる、従者としての特訓……地獄の一年間。
王子の側仕えとして恥ずかしくない域にまで鍛え上げると、張り切る侍従長。
その教育は…………初陣で体験した戦場よりも、辛いものがありました。
そんな苦難を乗り越えて、迎えた暫定『主』との対面。
俺は柄にもなく、緊張して。
背後で見守る侍従長の鋭い眼差しに、冷や汗を流しながら。
隣国からやって来た、当時九歳のリュケイオン殿下と出会った訳ですが。
年齢は、九歳だと聞いていました。
だけど目の前にいる男の子は、精々が七歳か六歳くらいにしか見えなくて。
体は細く、青白く。
不揃いでちぐはぐな長さの髪は、まさにざんばら髪で。
まるで重篤な病人の様な姿は、とても王家の子供には見えませんでした。
だけど何よりも、印象に残ったのは。
まるで木の洞のような、ぽっかりと空いた空洞のような。
何の感情も映さない、無感動な大きい瞳。
確かに見た目は子供なのに、その目は子供の目じゃありませんでした。
無表情。何の表情もないという、顔の、本当の意味を知りました。
誰だって無表情を装うことくらいはあります。
だけど、リュケイオン殿下の無表情は『装った』ものではありませんでした。
既に豊かな表情を会得した者の無表情は、『無』を装いながらも確かに面の皮の下から透けて見えるモノがある……見る者に悟らせない様、綺麗に覆い隠された『表情』が。
ですが、リュケイオン殿下にはそれがありません。
まだ九歳……いいえ、何の表情も知らない幼さこそが、理由だった。
顔に出すべき『表情』を、知らない。持たない。
だからこその、『無表情』。
その時はリュケイオン殿下の表情とか、目の意味とか。
そんな細かな分析は出来ませんでしたが。
漠然と、「これは子供の浮かべて良いモノじゃないな」と思いました。
恥ずかしいことに。
戦場で、生死の境を既に体験した身でありながら。
俺は、リュケイオン殿下の顔をこそ。
恐ろしいと、思いました。
これは異質なナニかだと、心の底の何かが訴えた。
ただ情緒が未発達なだけじゃない。
それだけで済ませられない、業の深い何か。
それも恐らくは殿下個人の業ではなく……他者に押し付けられ、被せられた業で。
この子供は、恐ろしい。
俺の知らないナニかを、既に知っている。
そう思って、沸き上がる身震いを抑えつけた。
だけど同時に、こうも思いました。
この子供は、到底放っておけるものではない、と。
心配な点の多い子だから、と。
事前に王妃様は仰っていた。
だから出来るだけ、親身になってほしいと。
従者としての分に徹するのではなく、時に家族か友人の様に接してほしいと。
王妃様がそう仰った言葉を思い出すまでもなく、俺の心に刻まれるモノがありました。
この子供は、放っておけないと。
俺は番犬じゃなく、猟犬の性だった筈なんですけどね?
主の側で機嫌を取るよりも、愛想を振りまいて慰めるよりも。
誰よりも疾く速く、遠くまで駆け抜けて。
主の敵を逸早く仕留め、武勲をもって忠誠と成す。
俺自身も、周囲も、俺はそんな人間なんだと思っていました。
ところが、どうでしょう。
どうにも心配で、常に目が離せない。
どうにも放っておけなくて、つい世話を焼いてしまう。
そんな『主』に巡り合い、自分が思った以上に世話焼きだったことを知りました。
ついでに猟犬の皮を被った下に、意外と『ダンダリオン家』らしい面が隠れていたことも。
今までずっと気付かなかった自分の一面は、思ったより違和感なく今の自分に溶け込んだ。
殿下と側近く仕えるようになって、早十年。
感情も薄く、口数も少ない十年前の殿下は、誰より手強い相手でありました。
倒せそうな気がしないから、必死に懐柔するしかない。
それがまた、大変だったんですが。
此方の思惑通りにいく方ではなかったことだけは確かです。
殿下も子供の身には過度に重い過去を持っていらっしゃるし。
色々と難しい方だったことは確かです。
十四歳の子供には荷の重ぎる相手だったと、断言できます。
俺を指名した王妃様を恨んだこともありました。
今では、感謝してますけど。
俺の『主』は難しい方です。
ですがどこの誰より、仕える甲斐がある。
今ではそう思っている俺がいます。
俺の本来の主は、我が国の王家。
忠誠は、とうの昔に捧げました。
でも、最近は思います。
忠誠を捧げる対象は、一つじゃなくっても良いですよね?って。
壮絶な半生を生き抜いてきたせいか、俺の『主』は中々に捻じ曲がっていて柔軟で。
そんな『主』の考えに、俺もだいぶ染まってきてしまったようで。
俺って、結構染まりやすいんですかね?
例えこれが、一時的な主従関係だったとしても。
俺が『主』と心中で呼ぶ方は、やっぱり世話を焼かずにはいられない方で。
色々と、放っておけません。
もし今、戦いに巻き込まれたとしても。
この危なっかし過ぎる主を放っては、とても敵を討ちになんていけない。
更には似た境遇の妹君と巡り合ったことで、より一層目が離せません。
だけど『可愛い妹』の存在は、きっと『彼』にとって良い影響になります。
俺にとっては内心で弟の様にも思っている、この方が。
今よりも、より良い方向に向かえるようになれば、と。
まるで兄か父か、あるいは乳母のような心で、そう思っている俺がいます。
目が離せない。
目を離したくない。
どんな風に変化して、どう成長していくのか。
どんな生き様を見せてくれるのか、常に楽しみな俺がいる。
その明るくなっていく顔を、今後も見守りたいと思わせる。
勿論、従者の立場としてもそう思いますけど。
実は俺は、従者ではなく乳母だったのではないか……と。
ここ十年を振り返る度、リュケイオン殿下の側で奮闘したアレコレを思い出す度に。
なんだかそう思えてくるのは、何故なんでしょうね?
「――と、まあ。そんな感じなんだけど。そんな俺の奮闘記、聞く?」
我ながら長くなるよ、と言い添えた。
既にここまでで、十分長くなっていた? ああ、そんなこともあるかもしれませんね。
琥珀色の液体で満たされたグラス片手に、最近殿下の従者になった新入りを見下ろしてみる。
「すみません! 俺が浅慮でした、勘弁してくださいよ。ダンダリオン先輩!」
「リュケイオン殿下の側仕え歴が長い人ほど、過保護になってくって話は聞いてましたが……ダンダリオン先輩は最古参のはずなのに、それほど過保護には見えないと思ってたのになー……」
「そうそう、むしろ、こう……飄々と接してるっていうか。殿下に口ごたえとかしちゃうし」
「甘いな、新人ども。ダリウスさんは俺らの中で一番の殿下贔屓だ!」
「十一年前の尖ったナイフみたいだったダぃるすさん、今いじゅこってかんじ、だよにゃー」
「……おい、そいつ呂律回ってないぞ」
「おま、飲み過ぎだ! こいつ瓶三本いってやがる……!」
「すんません、ダリウスさん。俺らはこいつ連れて、今夜はもう下がります」
「ああ。お疲れさん。それじゃあ俺は予定通り、今夜は殿下の寝所で寝ずの番だから」
「……ダリウスさんだけに任せてしまって、済みません」
「辛いと思ったら、いつでも声をかけて下さいね。寝所の番なら代わりますから」
「気にするな。この中で男爵より位が上なのは俺だけだし。それに俺だったら、殿下のお供で旅の間は馬車だしな? 旅程の間、昼の内に寝ておくから問題ない」
「おお……そこで、主の前で堂々昼寝するとか、宣言しちゃうところが先輩の凄さですよね」
「それを本気で実践するから、普段は過保護に見えないんですけどねー……」
ケタケタと、明らかに酔いの回った笑いを零す一人を引きずり。
『同僚』達は、部屋に戻っていく。
殿下が晩餐の席に向かわれている間に、交代で夕食を取る。
その席に酒が出されたのは、男爵家の厚意とのことだった。
俺は呑んでいないが、目の前で気持ち良く酔われると、流石に羨ましい。
今夜はきっと寝ずの番になる。
殿下もそう指図してくる筈だ。
敵地も同然の、この国の貴族の屋敷。
こんな場所で、油断はできない。
酒なんか、一滴も呑める筈がない。
それも、男爵家側から提供された酒は論外だ。
全く飲まずに余計な警戒を与えるものでもないので、従者仲間の数人に処理させた。
隣国王家預かりである、俺達に毒物を盛るとは思えない。
それでも念を入れて、毒に耐性を付けている面子を選んでのことだ。
……毒だけでなく、アルコールにも耐性を付けていた面子だったんですが。
それを酔わせるとなると、やはり何か変な酒だったのかもしれない。
「…………今夜は、特に気が抜けないな」
俺は呟き、暗器の類の手入れを念入りに済ませておくことにした。
深夜、案の定。
殿下が招待した筈のない『来客』が何名か訪れましたが。
想定していたよりは危険性の低い『来客』ばかりでした。
こういう『来客』は、殿下に仕えていると割と珍しくありません。
お帰りを願うのは簡単に済みましたが、これ暗器の手入れは必要なかったですかね?
あっれ、ダリウスさんはもうちょっと淡泊だった気がするんですが……
書いていたら、当初想定した以上に過保護になった気がします。
取りあえず本人は兄代わりくらいの心づもりで見守っています。
ですが今回で、私の中でダリウスのあだ名が「乳母」になりました。
以下、削ったり変えたりした部分 ↓
ところが、どうでしょう。
誰よりも心配で、不安で、手をかけたいと思わせる『主』を斡旋されてしまったせいですね。
俺は世話焼きなんかじゃ、絶対にないと思っていました。
なのに、なのにですよ?
最初は持てあまして、戸惑った。
碌な関係も構築出来ないでいる内から、どう接したものかと一歩引いて。
それが殿下と出会って、一か月も経たず四六時中殿下のことで頭を悩ませるようになり。
殿下の人間味の乏しさが、過酷な幼少期によるものだと察するにつれて、心配性になり。
どうやったら打ち解けられるのかと、頭を掻きむしって思案した。
俺は、本当に。
こんな、世話焼きなんかじゃなかった筈なのに。
どうしても世話を焼かずにはいられない相手という存在を知り。
自覚がありましたが、何故かまめまめしく世話を焼く自分の新たな一面を知り。
殿下のほっとした顔や、気の緩んだ顔を見分けられるようになったと一喜一憂し。
数年かけて信用を勝ち得、倍の時間をかけて信頼を築き。
初めて気を許したうっすい微笑を見せてもらえた時には、何故か異常な達成感がありました。
俺は、やりきった……!!
心の中で、そう叫んだことは秘密です。
殿下と側近く仕えるようになって、早十年。
その間には色んなことがありました。
感情も薄く、口数も少ない十年前の殿下は、誰より手強い相手でありました。
倒せそうな気がしないから、必死に懐柔するしかない。
だけど何も口にしてくれないから、何を望んでいるのかわからない。
懐柔策は悉く空回り、それでもだからひたすら、此方から働きかけるしかない。
そんな殿下が全般的に『人間』を苦手にしていると、それに気付くのには直ぐでした。
気付いて、更にどうするべきかと頭を抱えましたけどね……!
十四歳の子供には荷の重すぎる相手だったと、断言できます。
俺を指名した王妃様を恨んだこともありました。
今では、感謝してますけど!




