Data.95 純粋なる猛虎
と、とにかく、この滅多切りにされてる状況から抜け出さねば! しかし、こいつは斧が大振りじゃないと攻撃できない武具だとわかっているから、小刻みな連撃で攻撃の隙を潰してきやがる!
こんな状態じゃ丸薬も食えねぇし、そのうち体力を全部削り取られちまう! かくなる上は、自爆技を使うしかねぇ……!
「グワッ!? ぐぅ……自血……連爆ッ!」
俺の全身から血液が噴き出し、その血液が次々と沸騰、爆裂していく!
予備動作ナシで周囲を爆発に巻き込める便利な技能ではあるが、発動と同時に現在の体力の7割を持っていかれるという、とんでもないリスクが存在する。
ただ、あくまでも持っていかれるのは『現在』の体力の7割だ。この技能が原因で死に至ることはない。体力が100あれば70を失い、体力が50しかない時は35を失うって感じで、0になることはないのさ。
ただし、爆発の威力は発動時に失う体力の量に依存するため、体力が大きく減った状態では十分な爆発を起こせず、ただただ体力を失うだけになりがちだ。
とはいえ、トラヒメはこの技能を見たことがないだろうし、多少爆発の規模がショボくとも爆炎と血の煙でいい目くらましになる! こうして作った隙に、本命の技能を通すんだ!
「伸びろ血の鎖! 刈り取れ血の刃! 錬血大旋斧ゥゥゥ!」
血の鎖で繋がれた大斧をハンマー投げのようにぶん回し、周りのすべてを刈りつくす俺の超必殺技能!
鎖部分にも斧と同じだけの攻撃判定があり、刃の軌道をなぞるように発生している血の渦に触れてもダメージが入る!
味方にも攻撃が通ってしまうバトロワでは出番がないと思っていたが、なんとか1対1の、それも屋内に敵を誘導できたのは幸運だ!
もはやフロア全体が攻撃範囲! 天守が真ん中から崩壊する危険性もあるが、構いやしねぇ! もう逃げる心も折れそうだ……。この一撃で消えてくれトラヒメェェェェェェ!!
「はぁ……はぁ……あれ? 本当に……消えた!?」
急いで最後の体力回復の丸薬を食べた後、周囲をぐるりと見渡す。外側の柱と壁のおかげでなんとか倒壊をまぬがれた4階フロアに、トラヒメの姿はなかった。
え、マジッ!? そりゃ消えてくれればありがたいと思ったけど、マジで倒せちゃったのか!? やっぱり俺もゲーマーとしての才能が目覚めつつある……!?
フフフ……この結果は予想外ではあるが、作戦としては大成功! 後は1人残った女忍者を始末すれば俺たちの優勝……!
てか、俺が1人でトラヒメを倒したっていうのに、あの2人はなぁにちんたらやってんだ! 2対1で苦戦してるようじゃ、本当にメンバーを入れ替えないと……。
「……あれ? あいつら2対2で戦ってね? あの青いのは誰だよ?」
天守の窓から見下ろす戦場には、砲を持った青い女が参戦している。もしかして……トラヒメチームの3人目か!?
まさか、どうして、あの状況で1人分の戦力をわざと隠していたのか!? 俺たちが丸薬で圧倒的に強化されているのは、最初からわかっていただろうに! 戦力を伏せておく余裕があったとでも言うのかよ……!?
「クソが! なめやがって……!」
俺も無警戒過ぎた! 残り組数と違って、残り人数はマッチ終盤になると確認できなくなる。トラヒメチームのメンバーが残り2人という確証が得られたわけではなかったんだ。
しかしなぁ、あの状況で2人しか出てこなかったら、誰だって残り2人だって判断するわ!
「いやっ、落ち着け俺……! トラヒメを倒したんだから、後は3対2で普通に敵を制圧すればいいだけじゃないか。何をそんなに焦って……」
「誰を倒したって?」
「ぐぼあああーーーーーーッ!!」
また顔に蹴りと痺れぇ! と、トラヒメの奴が急に窓の外に現れた……!
そ、そうか! 下の階に降りてやがったんだ! 【錬血大旋斧】がぐるぐる回って周りが見えなくなる技能なのをいいことに、俺が床に開けた大穴から3階に逃れて身を隠し、体力と念力を整えてい
たんだ!
その後は俺の独り言を聞いて大体の位置を把握し、天守の外側から技能を使って登ってきた! チクショウが……逃げたり隠れたり卑怯だぞ……!
「ああぁ……ああ、に、逃げなければ……!」
5階に逃げるんだ……! もう作戦はないが、戦っても勝てない以上、逃げ……!
「雷虎影斬!」
「ぐげぇ!?」
階段を昇っていた俺のケツを下から斬り上げてきやがった……! ど、どこまでも容赦のない奴だ……! 親の顔が見てみたいぜ……!
ケツをズタズタにされながらも逃げ続けた俺は、ついに天守の最上階までやって来た。それで……こっから俺はどうするんだ? どんな未来が待ってるんだ?
『ハッカクさん、ハッカクさん、業務連絡です』
その時、俺の脳内に声が響いた。これはスタッフのぐるとクンの声だ。ゲーム外の人間とボイスチャットを行う機能が『電脳戦国絵巻』には搭載されているんだ。
『生配信のコメント欄がハッカクさん叩きとトラヒメさんの応援で埋まっていますが、同時接続者数はうなぎのぼりです。各種SNSでも話題になっているようで、これは大きなバズの予感が……』
プッツーンと脳の血管が切れるような感覚。俺はそれでも冷静にボイスをぐるとクンにだけ聞こえるように切り替え、まくし立てるように言い放った。
『あのなぁ! 俺が追い込まれてる時は回線不良とか理由つけて配信を止めろって言ってるだろっ!!』
『そ、そんなこと聞いてません!』
『バズるって言うけどよぉ! それバズってるのトラヒメじゃねぇか! 女にボコボコにされるような弱い男に人間は惹かれねぇんだよ! 結局、男も女もたくさんの女を従わせてるような強い男が好きなんだよぉ!』
『…………』
『この大事な時にくだらないことで連絡すんじゃねぇ! さっさと配信を止めろ! もう連絡するな! この無能が! いいか? 配信を今すぐ切れ! すぐ切れ! 切れェ!!』
ほんと、馬鹿ばっかりで困る……! 怒るのだってエネルギーを使うんだぜ……? 俺は怒りたくなんてないんだ。若手を叱ることだけが生きがいになってる老害とは違うんだ……!
「誰かと話してたの? 口の動きが斬れ、斬れ、斬れって……」
「あっ……ひぃぃぃぃぃ!!」
トラヒメがすぐ後ろに立っていた! その服は相変わらず布が少ないが、その布の一部は焦げていたり、切れていたりする。俺の攻撃がまったく通用してないわけではないんだ。
これはインチキでもなんでもない……。ただ単純にプレイヤーとしてレベルが違いすぎる……!
「く、来るなぁ! 俺たちはこのバトロワに、このゲームに賭けてんだ! 特に思い入れがないなら、ここは負けてくれねぇか!? なぁ!? いいだろうぅ!?」
トラヒメは止まらない。
「か、金なら払うよぉ! コラボもしようよぉ! 他にも俺にできることがあれば、なんでもしますから! 本当に頼む! 今回だけは見逃してくれぇ……!」
トラヒメは止まらない。
「いいのかっ!? 俺のファンは結構マナー悪いぜ!? 今も俺なんかを追いかけてる奴は完全に煮詰まってるからなぁ!? 俺をめっためたに倒しちまったら、お前のSNSなんかは全部荒らされちまうぜっ!? チャンネルはもちろん、他にもいっぱい……!」
トラヒメは立ち止まり、言った。
「私、そういうのやってないから」
「え……? 1つも?」
「うん、何もやってないよ」
「あ、あはは、そりゃ……うらやましいなぁ……」
トラヒメは丸薬を食べる。赤い玉の中に黒い粒が混じるスイカのようなアレは『闘志溌剌の丸薬』だ。一定時間防御力を大きく下げる代わりに、攻撃力を爆発的に上昇させる効果がある。
使いどころを間違えれば自分を追い詰める諸刃の丸薬。それを使う時は、勝利を掴む『覚悟』ができた時のみ……。
「うおぉぉぉりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃーーーーーーーーーッ!!」
「ぐごぉぉぉがあぎぃげぇぶぉあばばばばばばばばばババババババァァァーーーーーーッ!?」
もう斬撃が目で追いきれねぇや。滅多斬りにされた俺の体はその衝撃で吹き飛び、天守の壁を突き破って空を舞った。
あぁ、あれだけ準備した俺のリ・デビュー作戦が……。こんな、こんな小娘に……。
「ぐふぅ!?」
地面に激突した俺の体は、野望と共にむなしく散ったとさ……。





