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Data.94 天守の戦い

 ハッカクの提案に乗ったトラヒメだが、そもそもは彼女もハッカクの提案に懐疑的(かいぎてき)だった。


 今のところ自分たちは押せ押せだ。マキノとのコンビネーションも上手く回り始めている。このままいけば3対2でも勝利することができるだろう。


 もちろん、ハッカクの強さはそれなりに認めるところだし、1対1で戦ってみたいという欲望もそれなりにある。本来トラヒメは集団戦より個人戦を好む人種なのだ。


 だがしかし、今はチームの勝利が最優先。自分の欲望を抑え込んでもこのチームを勝たせたいという高いモチベーションがトラヒメにはあった。


 とはいえ、一応マキノの反応を見ておこうと、トラヒメはそちらに視線を向けた。すると、視界の端っこに動く青い物体を捉えた。このフィールドに存在する動く青いものと言ったら1つしかない。


 リオが想像以上に早くトラヒメたちに追い付いてきたのだ。


 そのスピードの秘密は、一時的に移動速度を大幅に上昇させる『高速走法の丸薬』の効果に他ならない。リオはこの丸薬を上空を飛ぶコウノトリが落とす『支援物資』から手に入れたのだ。


 支援物資とは、その名の通りプレイヤーを支援する物資が入った箱で、中身はレア度の高い丸薬3~4個で構成されている。


 落ちる位置は完全ランダムなため、偶然自分の近くに落ちてきたリオは相当に運が良い。『これも日頃の行いのおかげね』とリオは思った。


 そうして忍びの城にたどり着いたリオだったが、思った以上にトラヒメたちが優勢だったのですぐには手を出さなかった。


 トラヒメちゃんにとって私は大切な存在であり、下手にちょっかいを出して私が狙われると、トラヒメちゃんは私のことが心配すぎて戦いに集中できなくなってしまう……と考えてのことだ。


 気づかれないように石垣の上に建てられた渡櫓(わたりやぐら)の中に入り込み、矢や火縄銃を撃つために開けられている窓から蒼炎龍砲を出して構え、自分が戦うべきタイミングを待ち続けていた。


 そして今、その時が来たのだ。


 トラヒメの好きなことを、好きなようにやらせてあげる。それが自分の戦う意味。トラヒメが1対1で戦いたがっているのなら、それを叶えるのが自分の使命。


 遠く離れている2人でも、目線を交わらせるだけでお互いの言いたいことがわかった。


 そして、マキノもまた少し前からリオの存在に気づいていた。トラヒメの顔色を見て、おおよそ考えていることにも見当がついた。マキノもまたトラヒメに『好きなようにやれ』と表情で伝えた。


 時間にすればほんの一瞬の意思疎通。それで3人には十分だった。


「ありがとう! 勝ってくる!」


 楽しげに駆け出したトラヒメの背中にプレッシャーはまったく感じない。優勝チームを決める正念場でも、彼女はただ斬ることを楽しんでいるだけなのだ。


「この状況で1対1の勝負に乗るとは敵ながらあっぱれ。しかし、1人取り残されるおぬしのことを考えた行動とは思えぬな」


 ガラムの言葉に対して、マキノは少し笑った。


「まったくね! ほんとおかしな奴だわ……。でも、私が1人という点だけは間違ってるわよ?」


「なに? それはどういう……グワァ!? また我に攻撃ィ!?」


 突如として蒼い炎に包まれるガラム! 渡櫓の中で弾が当たったことに驚くリオ! 相変わらず慎重派なクミン! そして、『ゲームを純粋に楽しむ』ということが少しわかったリオ!


「さあ、こっちも第2ラウンドよ!」


 ◇ ◇ ◇


「さぁて! 早く上に登らねぇとな!」


 俺の役目はとにかく時間を稼ぐことだ。勝つことなんて考えてねぇ!


 こうして逃げ回って時間を稼いでる間に、信じて残してきたクミンとガラムが女忍者を倒してくれれば、3対1に持ち込めるんだ! 流石に3対1なら負けないって!


 とはいえ……だ。最初から逃げる気まんまんで逃げるわけにもいかない。


 一応は1対1で真剣勝負をしようと言って誘ったわけだからな。最初から逃げ回ると『戦う意思ナシ』とみなされて、向こうの戦場に逆戻りされる可能性もある。


 本気で逃げ回りつつ、仲間の方には行かせない。両方やらなくっちゃならないってのが、リーダーの辛いところだなぁ!


「とりあえず天守の4階あたりで戦う意思は見せとくか……」


 振り返ってトラヒメとの距離を確認……ゲゲッ!? 思った以上に追い付かれてるぞ、おい!


 あいつ自身スピードに特化したタイプではありそうだが、俺だって敏捷増強の丸薬を食べてスピードを……いや、敏捷増強はガラムに優先して食べさせたんだっけ?


 まあ、あいつ忍者だしな。忍者は動きが素早くないとダメだし、仕方ないよなぁ……って、それでも俺だって通常より多くの丸薬を食べてるはずだ!


 トラヒメの方が素早く感じるのは、あいつの運動センスが優れていると言うほかない。大体のVRゲームはプレイヤーの運動神経がそのままアバターの動きに反映されるからな。


 能力だけ上げた運動音痴と無強化の陸上選手が徒競走をしたら、余裕で後者が勝ったなんて例も全然ある。つまり、トラヒメは走ってるだけの今この瞬間も才能を見せつけているのだ!


「そんな奴に……負けらんねぇな!」


 天守の4階まで来た! この天守は確か7階建てだったはずだから、ここがちょうど真ん中あたりだ。上手くやれば、上にも下にも逃げられる……!


 だが、今はトラヒメの方に落っこちてもらおうか!


地裂斬(ちれつざん)ッ!」


 4階に登って来たばかりのトラヒメに対して……ではなく、そのトラヒメが立っている床に攻撃を仕掛ける!


 【地裂斬】はその名の通り、地を割く一撃! 地面に強く斧を振り下ろし、その衝撃で広がっていくヒビのような衝撃波で敵を攻撃するんだ。


 ヒビは一直線ではなく、木々のように枝分かれしながら広範囲に伸びていく。屋内では回避することが難しく、木製の床ならば衝撃でぶち抜くことができる!


「衝撃波を受けながら落ちろォ! トラヒメェ!」


 4階から3階への落下ダメージでは死なんだろうが、これを食らったら俺に近づくことを恐れるようになるはず! そうなっちまえば逃げるのは簡単だ!


 しかし、俺の予想を裏切ってトラヒメは……上に跳んでいたっ!?


「なんでそうなるぅ!?」


雷兎月蹴撃(らいとげっしゅうげき)!」


「ぐぼわぁぁぁッ!?」


 顔面に蹴りを食らう! すっげぇビリビリするぜ! そのまま俺は壁際まで吹っ飛んだぞ!?


 こいつ……床をぶち抜かれることを読んで、先に技能を発動していたのか!? そんなに俺は床をぶち抜いて、お前を遠ざけようとしているように見えたか!?


「グゥ……しかし、こんな攻撃はかすり傷……どわぁッ!?」


 か、壁際まで吹っ飛んだ俺に追撃するために、もうトラヒメが接近して来た! というか、すでに刀の届く範囲に入られているぅ!?


「ま、待った……!」


「待ったなし!」


 こいつに(にら)まれると、まさに虎に睨まれた草食動物のように、時間が止まる。トラヒメの目は、猛獣の目だ……! だがしかし、俺様は人間だ!


「くおぉ……! なめんじゃねぇ!!」


 猛獣なんざ、道具を持った人間様には勝てねぇんだよ! 長年積み重ねた意地とプライドで、虎なんざ絶滅させてやんよ!


「やあっ! とぅ! だりゃあ!」


「グワッ!? グワッ!? グワアアアッ!?」


 いや、こいつは武器を持った猛獣じゃないか! 人間でも勝てる道理がありません! ど、どうすんだよ……。俺はどう逃げればいいんだ……っ!?

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