Data.93 生存競争は終局へ
「それは狙いが単純さ!」
「ちぃ……!」
ハッカクが投げてきた斧をすんでのところで回避する。血のように赤く、禍々しい形状の斧はそのまま近くの豆の木にぶっ刺さった。
本来ならこれは最高の攻め時、相手が武具を手放しているのだから。しかし、今のハッカクと斧は赤黒い鎖で繋がっている。なんらかの武具技能ですぐに手元に引き戻せる状態にしているんだ。
「このまま押し通る!」
狙いが単純で結構! ハッカクは無視して手早くガラムから倒す!
「く、くるなぁ! 八ツ子鼠」
ガラムが広げた巻物から8匹の鼠が飛び出した! みな茶色い毛で、大きさは外国サイズ! 鼠じゃなくてビーバー召喚の間違いじゃないの!?
「邪魔な豆の木をかじり倒すのだ!」
鼠たちは一斉に豆の木をかじりだした。さっきの斧の直撃でも揺らぐことすらなかった豆の木が、長く鋭い前歯でどんどんかじられていく!
本人のプレイング技術とか関係なく、召喚獣はその召喚獣だけの強みを持っている。だからこそ、召喚させる前に本体を倒したかったけど、今更言っても仕方がない。
豆の木をかじるのに夢中になっている鼠も無視して、引き続き本体を狙う!
「2匹はトラヒメの方を狙え!」
「えっ!? ちょ、こっち来たっ!?」
豆の木をかじっていた鼠の内2匹がくるっとこちらを向くと、そのまま一直線に突進してきた! あの前歯で噛まれたら、私の華奢な脚なんてすぐにガリガリッと……想像するだけでも恐ろしい!
それ以前にあの鼠たちは丸薬で強化されたガラムの技能であることも忘れちゃいけない。防御を重視していない私の場合、たとえ体当たりみたいなかわいい攻撃でも大きなダメージを受ける可能性が高い。
「先にこいつらから斬り捨てるか……!」
鼠たちは私に跳びかかる直前でフェイントを入れ、1匹は側面から回り込んで足首、もう1匹は豆の木を足場に高くジャンプして首を狙ってきた。
「火激流血……雷虎影斬ッ!」
炎と雷の回転斬りで2匹を一太刀の内に斬り捨てる。技能を重ねがけしたおかげで火力は十分。2匹の鼠は無事灰となって散った。
「い、一度に2匹を……!」
「ついでにあんたもよ!」
【火激流血刃】の効果が続いているうちに再度【雷虎影斬】を発動。ガラムの無防備な首をすれ違いざまに斬り抜ける!
「これはおまけ!」
振り向きざまに【鹿角突き】も発動。背後からガラムの喉笛を貫いた! いくら丸薬で強くなってたって、これだけ攻撃を加えれば……!
しかし、私の想いとは裏腹にガラムは消滅しなかった! かなり贅沢に念力を使ったから、これ以上の追撃は反撃された時のリスクが大きい。それでも……!
「五連投!」
斬りかかろうとしたガラムの背中に5枚の大葉手裏剣が刺さった!
「マキ……ぐむっ!?」
彼女の名を呼ぼうと開いた口に丸薬が投げ込まれた! このマスカット味は……何の丸薬だ?
「念力回復の丸薬よ。この調子で攻撃を続けなさい。あなたが誰かと戦ってる間、私はそれ以外の敵を抑えるから」
「ありがとう! とりあえずガラムは倒せたし後は……」
驚いた……! ガラムはまだ消滅していなかった!
「丸薬による強化って、ここまで強いの……!?」
「いや、耐えたというより死ぬ前に体力を回復したみたい。でも、何かを食べる素振りはなかった……。おそらく、あちらも私と同じように丸薬を投げて食べさせたんだわ」
「あの距離から投げて口の中に……! すごいコントロールだね」
「まぐれよ、まぐれ。そう何回も上手くはいかないし、なにより回復系の丸薬はとってもレア。いくら全体からかき集めたって、そうたくさん集まるものじゃない。このまま戦い続けていれば、そのうち回復なんてできなくなるはずよ! 気にせず攻撃を続けなさい!」
「うん! わかった!」
狙いは変わらずガラムだ。これだけ攻撃を受け続ければ心も折れてくる。心が折れれば、動きはどんどん雑になっていく。動きが雑ならいくらでも隙が突ける!
マキノが他のメンバーの邪魔をしている間に、なんとしても仕留めなければ!
◇ ◇ ◇
俺は焦っていた……。
なんだこいつら強すぎる!
いや、本当に強いのはあのトラヒメって女だ。まるで俺たちとは違う時間軸を生きているような……。1秒間の中であいつだけたくさん動いているような、そんな機敏さがある!
「あー、もう!」
いるんだよなぁ……こういう奴。この界隈にはまれに現れるタイプだ。突然やって来て、生まれ持った才能で地道に頑張ってる俺たちみたいな凡才を踏みにじっていく天才どもが……!
だがしかし、ここで文句を言っても始まらない。冷静に状況を分析し、奴を出し抜く新たな作戦を考えなければ……!
まず、ガラムとクミンでは勝負にならない。あいつと1対1にしたら今度こそやられる! さっきは上手く口の中に丸薬が収まってくれて助かったが、次もあんな幸運を期待してるようじゃ勝てない。
ならば、誰がトラヒメと戦うか……って、俺しかいないよね!
ちっ、本当ならガラムあたりにやらせる仕事だが、あいつ最近また腕が落ちたんじゃないか? このまま劣化していくだけなら、他のメンバーを探さなきゃあな。
「さて、それじゃあ……トラヒメ! 俺と勝負しろぉ!!」
あいつからは絶対にガラムを仕留めるという覚悟を感じるが、そうはさせない。3対2で押され気味なのに戦力を減らしてたまるか!
「うおおおおおおおおおっ!!」
斧を振り回し、連打連打でトラヒメを押していく!
おっ、トラヒメの方が引き下がっているぞ! 豆の木の森を抜け、開けた場所までトラヒメを後退させられた! 障害物がないここなら、もっと大きく斧を振り回せる!
俺も実は天才だったのか!? この歳にして才能の花が開いたのか!? いける……! このままゴリ押しでトラヒメを仕留めてやる!
そう思った矢先、ずっと黙っていたトラヒメが口を開いたんだ。
「やっぱり丸薬をたくさん食べてるからパワーはあるね。そう、パワーは……」
見た目のイメージより少し低く、殺気にあふれた声……。な、なんだ……こいつ……。押しているのは俺のはずだぞ……!
「お、おおおーーーーーーっ!!」
攻撃の手を緩めれば反撃を食らう……!
しかし、現実は『攻撃の手を緩めなくても反撃を食らう』だった! 動作の隙を突いて電撃やら熱やらを帯びた刃が俺の体を斬り刻む……!
「ぐおっ、がああっ、や、やめっ!」
パーティで一番強化されているのは俺だ。これだけの攻撃を食らってもまだ死なない。しかし、反撃の隙がまったくない! いくら斧を振り回しても当たらないんだ……!
それどころか、斧を振るたびに隙が生まれて……攻撃される! ならば、攻撃せずにいったん逃げるのみだ……!
「はぁ……はぁ……クソッ!」
命からがらトラヒメから距離を取り、その隙に『体力回復の丸薬』を食べる。逃げられたというより、逃がされたのか……。あいつも技能を使いまくってるから、念力を自然回復させるために一度攻撃を止めたんだ。
一見すれば相手にも俺を倒しきるだけの火力がないと思えるが、実際はこのまま戦いが続けば俺がやられる。なぜなら、回復系の丸薬が底をつくからだ。
俺が持っている回復系の丸薬は、『体力回復の丸薬』と『念力回復の丸薬』がそれぞれ1つずつ。さっき女忍者が言っていたように、回復系の丸薬は強力すぎるゆえにマップに落ちている数がそもそも少ない。
しかも、俺たちはまだ丸薬で能力を強化しきれていない序盤と中盤を確実に生き残るため、回復系の丸薬を積極的に使ってきた。能力の強化が済めば無双状態になって、回復の必要などなくなるという想定もあった。
それが今……アダとなっている! 丸薬をかき集めた割に回復手段が乏しい現状は、非常にマズイ……!
いや、冷静になれ俺! そもそも回復の丸薬が10個あろうが20個あろうが、相手に攻撃を食らわせられないほど実力に差がある場合、なんの意味もないんじゃないか?
そうだ。別に回復の丸薬なんていらないんだ。意味ないんだから! つまり、俺の作戦は悪くないし、俺も悪くない!
……って責任逃れしても事態は好転しないぜ。かくなる上は!
「くっ……! なかなかやるじゃないか……! お互いパーティのリーダー同士、譲れないものがあるよなぁ……!」
トラヒメは首をかしげているが、そんなことお構いなしに話を続けるぜ!
「俺たちみたいな優れたプレイヤーの戦いが、複数人による乱戦で終わってしまうのはもったいないと思わないか? 1対1で勝負してみたいと思わないか? あの忍びの城を最終決戦の舞台にして!」
俺は斧で忍びの城を指し示す。あの城の中は入り組んでいるから、逃げ回ればかなりの時間を稼ぐことができる。その間に1人残った女忍者の方をガラムとクミンで始末して、後から俺も合流すれば3対1。流石にこれなら勝てるはず……!
問題は3対2の状況で押しているトラヒメに、この提案を受けるメリットがほぼないということだ!
うーん、自分で言っててなんだけど……大問題過ぎない!? もうゲームが上手い代わりにトラヒメの頭が悪いことを祈るしかない……!
「うーん、どうしようかなー?」
トラヒメはチラッと女忍者の方を見る。頼む……馬鹿であってくれ……!
「……よし、1対1でやろうじゃないの!」
「バ……! あ、そうだろうそうだろう! やはり俺たちみたいな優れたプレイヤーはタイマンで決着をつけるべきなのだ!」
馬鹿で助かったーって言いかけたー! でも、なんとか言葉を呑み込んだぜ! 流石に馬鹿なんて言ったら提案を蹴られるのは確実だからな!
「こいっ! 忍びの城で決着をつけよう!」
一足先に忍びの城に入って振り返ると……よしよし、ちゃんとついてきてるな! このまま城の中でのらりくらりと逃げ回って、ガラムたちが女忍者を始末するのを待つんだ!
クックックッ……まだまだ勝利の女神は俺を見放しちゃいないな!
ハッカクは知らなかった――。
トラヒメたちには、もう1人仲間が残っていることを――。
謀略にまみれた生存競争も、いよいよ終局へ向かおうとしていた――。





