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Data.92 芽吹く希望

「まずはこの刃が届く距離まで詰める!」


 敵は3人。リーダーっぽいのは……()の長い斧を持っているちょい悪オヤジ風の男か!


雷兎月蹴撃(らいとげっしゅうげき)!」


 天守の屋根から高く跳び上がり、男めがけて蹴りを繰り出す!


「うぉおっ!? いきなり飛んで来たぞっ!?」


 男はかなり驚いているように見えるけど、これは本心ではない気がする。実際、すでに直線的な蹴りの軌道を読んで、自分の体を当たらない位置にズラしている。とても冷静な判断だ。


 この男がパーティのリーダーだという私の読み。そして、この男がパーティで一番強いという予想も当たっていそうね……!


「3人のところに1人で突っ込んでくるとは、命知らずもいたもんだ!」


 リーダーの男は斧を構える。これは私が地面に着地する瞬間を狙ってるな。確かに着地の時にはわずかな隙ができるけど、それはもう一度【雷兎月蹴撃】を発動することで消すことができる。


 問題はこのままリーダーの男を狙い続けるかどうかだ。この男が一番強いということは、倒すのにも一番時間がかかるということ。数で負けている今なら、一番弱い奴を狙ってとにかく敵の数を減らすのが上策……。


 となると、狙うのは背の高い僧侶のお姉さんか、ツンツン頭で全身茶色のイガグリみたいな忍者くんか……。


 お姉さんはおそらく土石属性をメインとする杖使い。土石属性は威力こそ高いが、全体的に攻撃速度が鈍足気味な属性だと聞いたことがある。それに攻撃範囲も広いらしいから、味方にも攻撃が通るバトロワでは全力を出しにくいかも。


 対して、まだ何もしていない栗の忍者くんの武具は……巻物だ! カテゴリー的には『本』に属する武具で、リュカさんのように多彩な召喚獣を使う可能性が高い。


 反面、本使いはプレイヤー本人の攻撃能力があまりないので、召喚させる前に接近戦を仕掛ければ手早く倒せるはず。


 よし、狙うのは栗忍者くんだ!


「着地キャンセルスライディング雷兎月蹴撃!」


 片足が地面に着いた瞬間、再び【雷兎月蹴撃】を発動し、向きをグイッと大きく変えながら栗忍者君を急襲(きゅうしゅう)する!


 なかなか便利で理不尽に強い【雷兎月蹴撃】だけど、これのオリジナルを使うウサギさんはもっと強かったから許してね!


「な、なにっ!? こちらに来るのかぁ!?」


 目を見開いてビビる栗忍者くん。でも、ビビっていたのが良かったのか、体の方は反射的に回避を選択し、キックの直撃を受けることはなかった。


 しかし、【雷兎月蹴撃】は私の体からほとばしる稲妻にも要注意! 回避がギリギリになるとその稲妻に触れることになり、体が痺れてしまうんだ。今回のように!


「ぐわあああっ!? 電撃による麻痺ぃ!?」


 栗忍者くんは地面に転がる。この稲妻による麻痺の時間は短い。早く追撃を……!


空断波(くうだんは)!」


「くぅ……!」


 私と栗忍者くんの間に空気の斬撃が通り抜ける。この攻撃の主はリーダーの男! やはり、こいつが一番厄介な存在……!


「おいっ、クミン! お前ファンに対しては態度がデカいくせに、戦闘になると臆病すぎるんだよ! 俺たちの攻撃能力は強化されてるが、防御能力だって強化されてる! 多少攻撃に味方を巻き込んだって構わねぇからガンガン攻撃しろ!」


「ちっ……! わかったよハッカク」


 クミンと呼ばれた僧侶のお姉さんは心底嫌そうな顔で返事をする。そして、ハッカクと呼ばれたリーダーの男は栗忍者くんにも声をかける。


「ガラムもなんだそのザマは! 想定外の出来事が起こるとフリーズするクセは対人ゲーで致命的すぎるから直せって前にも言っただろ! それでよく競技勢やってたな!」


「くっ……! 面目(めんぼく)ない……」


 ガラムと呼ばれた栗忍者くんも不満げな表情だ。しかし、ハッカクの言い方は最悪だけど言ってることは正論だから、下手に言い返せないみたい……。


 私、怒られてる人を見るのって、かわいそうですっごく嫌なのよね。特に人前で怒られてる人を見ると、見えないところでやってあげてよって気分になる。


 今、私が感じている不快感はそれにとっても近い。というか、それそのものだ。リアルだとわざわざ怒ってる人を止めたりはしないけど、今ここでなら刀を使って黙らせることができる!


 戦略的には怒られてかわいそうな人たちから狩っていくのがいいんだろうけど、あのハッカクってリーダーを早くメタメタに斬り刻んで負けを認めさせたい……! 久しぶりに特大の斬る快感を味わえること間違いなし……!


「マキノ!」


「大丈夫、もう種は蒔いてあるから。後は存分に暴れるだけよ!」


 向こうの3人は私にばっかり注目してて気がついてないでしょうけど、この場所にはもうすでにマキノの細工が施されている。芽吹きの時は今……!


《にょき、にょきにょき、にょきにょきにょき!》


 本当に『にょき』という音を立てて一斉に伸び始める豆の木たち。その幹は人間の胴体よりずっと太く、その数は小規模な林と言って差し支えないほどだ!


 芽吹くまでに時間がかかるけど、その後の成長スピードはとても早く、ほんの数秒で私とハッカクたち3人は豆の木の林の中に閉じ込められる形になった!


 障害物が多いから【雷兎月蹴撃】は使いにくいけど、私が得意とする反射神経と機動力を生かした戦い方には向いている。それに障害物があれば飛び道具が主体の杖使いクミンや、長い柄の斧を使っているハッカクは動きにくくなる。


 その間に最初の標的であるガラムを倒し、2対2になった後はいくら丸薬を集めても強化できないプレイングの差でガンガン押していくのみ!


「ふふっ、森の中の狩りは得意なのよね」


 巻物を広げて何かを召喚しようとしているガラム。そうはさせまいと私は一気に距離を詰め、彼に刃を振り下ろした!

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