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Data.91 流れを変える存在

 突然の閃光に目をつむるマキノ。ゆっくりと目を開くとそこには……以前と変わらぬ青空が広がっていた。雷を生み出す暗雲など、どこにも見当たらない。


「な、なんだったのよ……」


 追い詰められた自分が見た夢か幻か……。マキノが呆然(ぼうぜん)としていると、今度は真上から轟くような声が聞こえた。


「そこのあんたら! なんか悪いことしてるんでしょ!」


 マキノにとって聞き覚えのある声。天守から大きく身を乗り出して屋根の方を見上げると、そこには金の鯱鉾(しゃちほこ)に足をかけ、大地を見下ろすトラヒメの姿があった!


「ど、どうしてここに!? もう追いついたの!? いや、そもそもどうやって登って……!」


 その答えは【雷兎月蹴撃(らいとげっしゅうげき)】である。


 この技能は高い跳躍の後、地面に向けて降下しながら蹴りを繰り出すのだが、ジャンプをしなければスライディングキックになり、動作の途中でキャンセルも可能という柔軟な性質を持っている。


 今回はマキノに追いつくために高速スライディングを使ったのはもちろんのこと、天守に登るためにキックキャンセルも使用している。


 キックキャンセルとは、その名の通りジャンプするだけしてキックはしないというテクニック。これにより【雷兎月蹴撃】が持つ高い跳躍力だけを利用し、石垣を飛び越え、天守を外から登って来たのである。


 もちろん念力の消費は馬鹿にならないが、武家屋敷で手に入れた『無限念力の丸薬』を食べることで一定時間念力の消費を無視し、連続で技能を使うことできた。


 唯一問題があるとすれば、トラヒメもまたリオを置いてきたことだ。しかし、トラヒメにマキノを追うように指示したのは他でもないリオ本人である。


 置いていかれる不安はあるが、戦力として劣る自分よりマキノの安全を優先したリオの気持ちが、トラヒメを忍びの城へとたどり着かせたのだ。


 その事実をマキノは知らない。だが、冷静さを取り戻した彼女には、この状況を分析する力がある。トラヒメが自分の判断でリオを置いてくるとは思えない以上、答えは1つしかなかった。


「ごめんなさい……。私のために……」


 その言葉はリオには届かない。しかし、天守の下にいる3人のプレイヤーを倒せば、優勝という形でリオの指示が間違っていなかったと伝わる。


 依然として絶望的な戦力差であることに変わりはないが、もうマキノは絶望していなかった。


「来てくれてありがとうトラヒメ。一緒に彼らを倒すための作戦を考え……」


「どんな方法でズルしてるのかは知らないけど、今から全員私がぶった斬ってあげるから覚悟しなさい! マキノの(かたき)も討たせてもらうわ!」


「ええっ!?」


 トラヒメはマキノが天守の中にいると気づいていないのだ! 追いかけても追いかけても追いつかず、先に敵の気配を察知してしまったがために、あの3人がマキノを倒してしまったのだと勘違いしている!


「ちょっと勝手に殺さないでよ! 私はちゃーんと生き残ってここにいるんだから!」


「うわっ! マキノ生きてたんだ~! 良かった!」


「まっ、当然よ!」


 再会を喜ぶ2人。それを見て困惑しているのは、いきなり宣戦布告されたハッカクたちである。


「なんだあいつらは!?」


 自分が無視されたまま進む会話。まるでお前たちのことなど怖くも何ともないとでも言うような振る舞い。ここまで圧倒的な能力で恐怖と共に参加者を(ほふ)ってきたハッカクには、まるで煽られているようにも感じられる状況だった。


 それに対して茶色い忍び装束と茶色いツンツンヘヤーが特徴的な少年風プレイヤー・ガラムは、天守の上にいる痴女(ちじょ)のような服を着た少女に見覚えがあった。


「あれはもしやトラヒメか……!」


「トラヒメ? ガラムちゃ~ん、一体それってなんなの?」


「突如として現れ、急激に知名度を上げている正体不明のプレイヤーだ。『隙間の郎党』のズズマやジャビ、『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』のライオーにサハラなどを単独で撃破し、嘘か真か、あのザイリンと互角の強さを誇るという……」


「へぇ、服装以外そんなすごい子には見えないけどねぇ」


 と言いつつ、普段のハッカクならその実績に恐れをなして、絶対に喧嘩を売らない相手である。


 しかし、今の彼は一味違う。丸薬をかき集め、能力でトラヒメに(まさ)っているのは紛れもない事実。むしろ今、この瞬間こそ、格上のプレイヤーを倒し、自分自身に(はく)をつけるチャンスだと彼は思った。


「ククッ、最後の最後で盛り上がる展開が待ってたじゃないか……! クミン! おしゃべりに夢中なお嬢さんたちに1発かましてやれ!」


「あいよ」


 黒と黄土色の袈裟(けさ)を身につけた背の高い女性プレイヤー・クミンは、手に持った錫杖(しゃくじょう)を振り、空中に巨大な岩石を生み出す。


「いけっ、飛岩招来(ひがんしょうらい)!」


 巨岩は一直線に天守、それもトラヒメのいる屋根に飛んでいく。丸薬で強化された彼女の技能が直撃すれば即死もありうる。それどころか、かすっただけでも体勢が崩れ、屋根から落下してしまう危険性がある。


 そんな攻撃をトラヒメは……目を向けることもなく回避した。


 動作としては一番上の屋根から1つ下の屋根へと飛び移るだけだが、彼女はそのタイミングや位置をしっかり確認することもなく、マキノとの会話を続けながらぴょんと飛び移ったのだ。


 巨岩はトラヒメに当たることなく、天守の鯱鉾(しゃちほこ)だけを砕いて彼方へ飛んでいった。唖然(あぜん)とするハッカクたちとは裏腹に、トラヒメたちのおしゃべりは続く。


「よっと! これで高さが合って話しやすくなったねマキノ。友達を見下ろして会話するって、あんまり良い気分じゃなかったからさ」


「私も見上げ続けるのは首が……。それは置いといて、これからどう戦うの? 何か作戦は……」


「作戦なんていらないよ。というか、この短時間でマキノが納得するようなキッチリした作戦なんて建てられないでしょ?」


「む、むぅ……。それはそうだけど」


「だから、私は好きに戦う! マキノはそれを援護してちょうだい!」


 自信満々に言うトラヒメ。作戦のレベルで言えば、マキノの玉砕覚悟の突撃とそう大差ない内容ではあるが、妙な説得力がそこにはあった。


「……わかったわ。それでいきましょう!」


「そうこなくっちゃ!」


 有利なのは圧倒的にハッカクたち……。客観的に見ればその事実に変わりはない。


 だがしかし、絶対にそうだとは言い切れない空気が、忍びの城に満ち始めていた!

総合評価13000pt突破しました!

本当にありがとうございます!

引き続き頑張ってまいりますので、ポイント・ブックマーク・レビュー・感想などで応援よろしくお願いします!


※追記:マキノと書くべきところがリオになってる箇所が多々ありました。誤字報告ありがとうございます。本当に助かります……!

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