Data.86 武家屋敷の探索
「とにかく、トラヒメちゃんが無事でよかった。私はもう不安で不安で……」
そう言うリオの手は震えている。まさか、あの竜美がか弱い少女のように震えるなんて……! そんなに私の勝利を信じられなかったというの!?
「リオ、私のことそんなに心配だった……?」
「ううん、トラヒメちゃんが負けるとは思ってなかったよ。心配だったのは自分のことなの。私は強くないから、どこから敵が出てくるのか、上手く戦えるのかが不安で、トラヒメちゃんが近くにいないとよりその気持ちが強くなって……」
流石の秀才・中殿竜美もVRゲームにおける対人戦の雰囲気には呑まれてしまったようだ。でも、それは何もおかしなことではないし、私も想定済みだ。
ゲームといえどアバターの向こうには人がいて、自分に対する明確な敵意を向けてくる。そして、そんな中で相手を殺すための動きをする必要がある。まともで優しい人ほどヘビーに感じるのは当然だ。
「大丈夫だよリオ。負けたって誰もリオを責めたりなんかしない。もしそんな人がいたら、私がやっつけてあげる!」
「ありがとうトラヒメちゃん。おかげでだいぶ気持ちが楽になったよ」
リオは自分の武具である蒼炎龍砲を固く握りしめる。単独行動はみんなを不安にさせてしまう。1人で動くにしても、これからは先にみんなの了承を得ないといけないな。
「初めての対人戦で不安なのは理解するけど、隣に私がいる状態で震えられるのは少々心外ね。まるで私が頼りにならない人みたいじゃない」
「それは……まだマキノさんの実力を知りませんから」
「むっ、なかなか言ってくれるじゃないの。でも、それはそう。今に見てなさい。すぐに私の隣にいる方が安心だってわからせてあげる」
うんうん、リオとマキノは多少やり取りにトゲがあっても上手く回っている。あとは私とマキノがもっと仲良くなれればチームワークも出てくるはず!
「他のパーティに気をつけつつ、武家屋敷の中に入りましょう。とにかく序盤は戦闘より『丸薬』を集めることに集中するのよ」
「了解!」
丸薬とは、バトロワ限定のアイテムだ。大きく分けて2種類の丸薬があり、どちらも食べることで様々な効果を発揮する。
『強化丸薬』は食べると基礎能力が上昇し、その効果はマッチが終わるまで継続する。攻撃、防御、敏捷など能力ごと対応する丸薬は違うので、偏った食べ方をすると特定の能力に特化させることもできる。
『特殊丸薬』はその名の通り、食べると一定時間だけ特殊な能力を発揮することができる。たとえば、技能を使いまくっても念力を消費しない『無限念力の丸薬』とかね。
どちらの種類の丸薬も重要度が高いけど、手に入りにくさは特殊丸薬の方が上だ。不利な状況の打開や不意打ち、ここぞという時のダメ押しにも使える分、安定して入手できるわけではないということね。
そして、丸薬のほとんどはフィールド内に点在する建物の中に落ちている。私たちが他チームとの衝突を覚悟の上で大きな武家屋敷に降り立ったのは、それだけ丸薬が手に入りやすいからだ。
武家屋敷は中庭こそ広くて視界が開けているけど、内部はふすまで仕切られた部屋に加えて、廊下には直角の曲がり角が多い。死角からの奇襲を常に警戒しないといけないな。
「敵の警戒を解くことなく、落ちている丸薬を拾うのよ。丸薬そのものはとても小さいけど、強く発光しているから見過ごすことはそうないわ。拾う時も手を近づけるだけで回収できるから、あまり腰を深く下ろして、すぐに動けない体勢にならないように」
「はーい」
3人で3方向を警戒しつつ進む。今のところ近くに気配はないけど、相手が実力者だと気配を消すのが上手いこともある。そういう時は気配だけに頼らず、他の感覚も鋭く尖らせるんだ。
武家屋敷の廊下は板張りだから、歩くと結構音がする。ふすまも当然開ければ音がする。また、バトロワのフィールドにはモンスターが存在しない。鳥のさえずりや虫の鳴く音もないので、聞こえる音のほとんどはプレイヤー由来ということになる。
《ミシィ……!》
「鹿角突き!」
「ぐおおおっ!?」
天井から聞こえたほんの小さな軋む音! もちろん、天井も木製なので軋み自体は私たちが歩くことで発生することもある。
しかし、今私が反応したのは気配! 私たちが自分の潜んでいる天井の真下に来た時に音がしたので、自分の存在がバレたのではないかと動揺した。その気配を感じ取ったんだ!
「と、攻撃したのはいいけど、屋根裏じゃ追撃が……!」
「私が行く! 大葉手裏剣!」
マキノの武具は投カテゴリーの『手裏剣』。この上なく忍者らしい武具だけど、マキノが持つ『大葉手裏剣』は忍者が扱うあの小さな金属の手裏剣と大きく違う点がある。
1つは大きさ。大葉手裏剣は4つの刃がついたオーソドックスな形状だけど、そのサイズはマキノが両手を広げたくらいある! これを手に持って振り回すだけでも威圧感があるのに、投げてしまおうと言うのだから豪快だ!
2つ目はデザイン。大葉手裏剣は木で作られた輪っかの周りに、大きな葉っぱが4枚くっつく形になっている。この葉っぱは金属のように硬く、切れ味がとてもいいらしい。それでいて軽量で、大きさの割に投げるのも簡単とのこと。
マキノはこの大葉手裏剣で天井を突き破り、飛んでいった手裏剣に追従するようにジャンプして屋根裏に入っていった。
その後は屋根裏でドタバタと音がし、天井が揺れるたびに木くずが落ちてくるけど……戦っている様子が見えない! 一体どっちが優勢なのか……!
「……静かになった?」
音がしなくなると、天井に空いた穴からマキノがひょっこり顔を出した。
「相手も忍者だったわ。ちゃんと倒して丸薬も回収したから安心して」
私とリオはホッと胸をなでおろした……が、しかし! それも束の間!
強烈な気配を感じた時には、リオの背後の壁がぐるんと回転し、中から新たな忍者が現れた! ここは武家屋敷じゃなくて忍者屋敷だったの!?
「リオ、危ないっ!」
紫色の刃を持つ忍者の短刀が、リオの背中に振り下ろされる……!





