Data.84 生存競争、開始
時は流れて、午後6時――。
トラヒメたちは作戦会議を終え、『いろはに町』で戦いの時が来るのを待っていた――。
「最低限お互いのことは理解できたし、チーム全体でのルールも決められた。あとは私たち1人1人が本来の実力を発揮できれば、優勝待ったなしよ!」
「まっ、本番で本来の実力を発揮することほど難しいことはないんだけどね」
「もう、マキノったら……。せっかく私が柄にもなく盛り上げようとしてるのにさ!」
「ふん……」
相変わらずマキノはツンツンしているけど、3人の空気感は格段に良くなっている。それにマキノの戦法は、前衛の私や後衛のリオとも違う特殊なものだ。お互いに尊重し合い、連携が取れれば、優勝待ったなしという言葉は決して戯言ではない。
ただ、お互いを知るための時間があまりにも短かったことだけは不安材料かも……。
《カンッカンッカンッカンッカンッカーンッ!》
6回打ち鳴らされる鐘。午後6時を告げる合図。
同時に私たちの目の前にバトロワへの参加を確認するウィンドウが表示される。答えはもちろんイエスだ!
「わわっ!」
参加に同意した瞬間、私たちの体は『いろはに町』から消え去り、次の瞬間には空に浮かぶ雲の上へとワープしていた!
あれ!? 確か聞いてた話だと、バトロワ専用マップに送り込まれてそこで戦うって話だったけど、専用マップって雲の上なの!? 私が軽ーく調べた感じだと、どのマップも地上だった気がするけど……。
それに加えて雲の上にはどんどんプレイヤーがワープしてくる! おそらくこの人たちが対戦相手なんだろうけど、こんな何もない雲の上で戦ったら……私が断然有利じゃない!
「さあ、始まるわよ!」
刀を抜こうとしてた私にマキノが声をかける。始まる……ということは、今はまだ戦いは始まってないの?
雲の上にワープしてくる人はもういない。静止していた雲が風に吹かれて動き始める。そして、雲の上の人々はみんな雲の端っこに寄って地上を見つめている。
「ま、まさか……」
「私の合図で3人一緒に降りるわよ!」
「やっぱり……!?」
ビビる私をしり目に、プレイヤーたちはどんどん雲から身を投げていく! この雲の下に戦うためのフィールドがあって、みんな好きなところに降りる……というか、落ちていくんだ!
「いち、にの……さんっ!」
マキノとリオが飛び降りる! ええいっ、女は度胸だ!
「うおおおおおおーーーーーーっ!!」
雲からダーイブ! ものすごい風圧を受ける体! 眼下に広がる自然あふれるフィールド!
「マップは私が得意な『忍びの里』を引けたわ!」
何度かバトロワを経験してるマキノは落下中も余裕の表情だ。
というのも、初心者限定のような制限付きのバトロワは限られた回数しか挑戦できないけれど、特に制限がなく報酬もないフリーバトロワは参加人数さえ揃えばいつでも開催されている。
罪を背負うことなく気軽に対人戦を楽しめるので、戰に負けず劣らず『電脳戦国絵巻』の人気コンテンツらしい。
マキノはそのフリーバトロワに数回参加し、優勝経験こそないものの5位以内に入ったことがあるという。ゆえに彼女の言葉は私たちの道しるべになる……はずなんだけど、落下中の私にはマキノの言葉を聞く余裕があまりない!
私は高所恐怖症ではないけど、スカイダイビングの経験もない! いきなり雲から身を投げて、冷静でいられるはずもない!
「フィールド南の武家屋敷に降りる!」
「了解です」
リオはなぜか余裕がある! まあ、お嬢様だからリアルでスカイダイビングの経験とかありそうだけど……!
「りょ、了解……!」
落下姿勢をコントロールし、目指すべきポイントへ落ちていく私たち。それでこれ……パラシュートとかあるの? 眼下にはハッキリと目標の武家屋敷が見え始めている。そろそろ減速しないと地面に激突……!
「よし、そろそろ……凧、展開!」
「凧、展開!」
マキノは体より大きな凧を呼び出し、それに張り付いて滑空を始める。うーん、実に忍者だ!
リオは背中から西洋の竜のような大きな翼を生やして滑空している。うーん、実に竜美だ!
「あら、あなたも課金スキンを使っているのね」
「ええ、カタログを見てたら自分好みのスキンを見つけちゃったので、つい……」
「へぇ、悪くないセンスよ」
2人は談笑している! その間にも私だけがどんどん地面に迫っていく!
「ちょ、どうやって凧を呼び出すの!?」
「えっ!? 何してるのトラヒメちゃん!? 口で言えばいいんだよ!」
「たこぉぉぉ! てんっ……かいっ!!」
グッと体が急な減速を感じる。ふぅ……なんとか助かったか……。私は課金スキンなんて買った覚えはないから、一体どんな凧が展開して……。
「って、凧じゃないじゃん!」
私の凧として現れたのは、体に巻き付いた無数の糸の端っこをカラスが咥えて飛んでいる……というものだった! これじゃあ、さらわれてるみたいじゃない!
でも、一応地面に激突することは避けられそうなので、この際カラスでも良しとする。
「あ、ちょちょ、流されてるよ!」
上手くカラスたちを制御できず、思っていた地点よりも右に流れていく! 流された地点には武家屋敷の広い中庭があり、そこには他のパーティがすでに降り立っている!
しかし、もはや軌道の修正は不可能。私は敵地のど真ん中に突っ込んでいった。
地面に足が着いた瞬間、カラスたちは糸を咥えるのをやめ、どこかへ飛び去った。体に巻き付いていた糸も消えている。
「やっぱり人間、地に足ついてるのが一番ね……」
それがたとえ、敵に囲まれている状況だとしても。
相手は1パーティ全員、つまり3人で私を取り囲んでいる。でも、私に焦りはない。むしろ安心感を覚えている。少なくともこの状況で何をすべきか……私はよく知っているから!





