Data.80 先人の教え
「初心者が砲を使いこなすうえで大事なことは1つだ。立ち止まって、しっかり狙いを定めて……撃つ。当たり前のことを言ってるように聞こえるだろうが、最初はそれだけでいい」
「立ち止まって、しっかり狙いを定めて、撃つ……ですね」
「動きながら撃てば照準がブレる。焦って狙っても照準がブレる。これは玄人も素人も同じだ。素人と比べて玄人は経験やテクニックでブレの影響を減らせるが、それでも静止して撃つ時に比べて命中率は落ちる。どれだけ腕を磨いても、できる限り撃つ時は動きを止めてよく狙う。その意識が大事だ」
「わかりました!」
「ただ、このアドバイスをすると射撃に集中するあまり棒立ちになり、回避行動を忘れる奴が多い。限られたフィールドの中に多くのプレイヤーがひしめくバトロワでは、そういった奴は真っ先に倒されてしまう」
「では、どうすればいいのでしょう?」
「状況に応じて意識を切り替えるしかないな。移動する時は武具をしまって移動だけに専念する。不意をつかれた時は逃げることだけに専念する。そして、安全が確保できたら攻撃だけに専念する」
「メリハリが大事ってことですね」
「そういうことだ。初心者はマルチタスクなんて考えなくていい。1つの行動を状況に応じて切り替えるんだ」
「ふむふむ……。でも、初心者に状況に応じた判断は難しいですよね?」
「ああ、だからトラヒメに従えばいい」
「え? 私?」
いきなり名前が出たので素振りをやめて2人の方に向き直る。
「トラヒメもシステム上は初心者だが、戦いにおいてはかなりの手練れだ。音を消している俺の気配を察知したように、戦場でも敵の気配を感じ取り、その位置を把握することができるはずだ」
「んー、まあ、できないことはないかな!」
このゲームに慣れてきたからか、より周囲の様子を敏感に感じ取れるようになってきた……気がする。ちょっと前だと、草原でジャビと仲間たちの待ち伏せに気づかなかったけど、今なら気づくことができるかも?
「攻撃する時はトラヒメの判断を常に仰げ。近くに敵が潜んでいる状態で射撃体制に入ると確実に狙われる。接近戦において砲はほとんど役に立たないからだ。これが近接武具同士の対決なら、トラヒメのように反射神経にものを言わせてカウンターを決めることもできるがな」
「いやぁ~、それほどでも~」
ゼトさんの中の私、なかなか評価が高いな。人から褒められるのって、なんであれ悪い気はしないものだ!
「バトロワは歴史のあるゲームジャンルだ。覚えるべきセオリーは数多く存在するが、あまり一気に詰め込みすぎると、今度は頭でっかちになって動けなくなる。今回は本当に基礎の基礎だけ覚えて、あとは迷わず自分の力を信じろ。迷いこそが最大の敵だ」
「ご教授いただきありがとうございます! とても参考になりました!」
「私からもありがとうございます。リオに武具だけじゃなく、アドバイスまでくださって」
「なに、これは俺のためでもある。あの『隙間の郎党』はザイリンこそ油断ならぬ男だが、それ以外はとるにたらん取り巻きだ。そんな奴らに自分の組合を壊されるのは我慢ならん。俺はお前たちの力を大いにあてにしているぞ」
組合のため……か。本当はリュカさんのためなんじゃないかとツッコみたくなるけど、今の私は他のことをゼトさんに聞きたくてしょうがなかった。でも、これを聞くのもなかなか勇気がいるというか、少々厚かましくて失礼なのよね……。
ええい! これもバトロワで勝利するためだ! 回り回ってゼトさんのためにもなるんだから、意を決して聞いてみよう!
「あのぉ、武具をもらっておいて厚かましいんですが、他にいらない防具や装飾はありませんか?」
今のリオの防具は初期装備の『質素な着物』。装飾に至っては装備していない。優勝を目指すというのならば、この2つの装備欄もそれなりのもので埋めたいところだ。
それはゼトさんも気づいているはず。なのに、何も言わずにここから去りそうな雰囲気になってきたから、思わず聞いてみたくなったんだ。
「フッ……流石はトラヒメといったところか。痛いところを的確についてくるじゃないか」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「いや、当然の疑問に触れないまま去ろうとしていた俺が悪い。とはいえ、その答えは単純だ。俺が所持していた防具や装飾は、すべて必要としている組合の仲間に配った後なんだ。だから、お前たちに渡せるものは残っていない。蒼炎龍砲は砲を必要としてる奴が偶然いなかったから残っていたがな」
このゲームで装備を手に入れるには、それなりに苦労しなければならないはず……。それを惜しげもなく仲間に配るなんて、本当にこの人は組合想いの人だ! ただ、団体行動ができないだけで!
「まあ、装備と装飾に関してはリュカかうるみを頼るといい。特にうるみは組合に所属していないから、手に入れた装備はすべて自分で管理しているはずだ。メイン以外にサブの装備セットを持っていてもおかしくはない」
「そうしてみます。最後まで本当にありがとうございました」
リオが頭を下げると、ゼトさんは少し慌てたように言う。
「頭を下げられるほどのことはしてない。それでは、これで失礼させてもらう。俺も明日の決戦に備えて最後までやれることをやるつもりだ。お前たちの健闘を祈る」
早歩きで去っていくゼトさん。相変わらず素直じゃないけど、人としても、このゲームの先輩としても、尊敬できる人物だなぁと思わされる時間だった。
「じゃあ、リュカさんとうるみに連絡を取ってみるかなぁ~」
「うるみって、あの白い巫女服を着た人だよね?」
「うん、そうだよ」
「それはそれは……直接会えるのが楽しみね……!」
一瞬だけ冷たく光ったリオの瞳を見て、私の背筋はゾクゾクと震えた……! ま、まさか、まだヌルヌルのことを根に持ってる!? 私の体をリアルでヌルヌルにしたのに!?
いや、流石に大丈夫だろう……。ちょっと震える指で私はリュカさんとうるみへチャットを送った。





