Data.76 夢の世界はすぐそこに
金曜日の朝――。
昨日は寝る時も竜美にされるがままだった。同じベッドで添い寝するのはいつものことだけど、今回は抱き枕のようにギュッと抱き着かれている時間が長かった。
はたから見れば私が得してるように見えるでしょうけど、まあ確かに得はしている! 抱き着かれている間は思いっきり大きな胸に頬ずりして、その感触を味わっていたからね……! なんなら、お尻にも手を回してむにむにと揉んでやったわ!
あのヌルヌルに比べればこれくらいのことは許される……。私は全身を差し出したんだからね!
まあ、そんな感じで存分にお泊りを楽しんだ夜だったんだけど、朝になったらベッドから竜美がいなくなっていた。でも、その温もりだけはまだベッドに残って……。
「おはよう優虎ちゃん! 朝ごはんの準備できてるよ!」
「お、おはよ~」
まあ、そうでしょうね。
竜美が勝手に帰るわけもなく、私より先に起きて朝ごはんの準備をしてくれているだけだった。
今日はまだ金曜日で学校がある。あまりのんびりもしていられない。朝ご飯を食べたら支度をしなければ。
それにしても、エプロンを着て私を起こしに来た竜美は若奥様にしか見えない。きっと新婚生活ってこんな感じなんだろうなぁ。
◇ ◇ ◇
竜美がいれば遅刻知らずだ。朝ご飯を食べえた私たちは、アイロンをかけてピンピンに仕上がっている制服を着て、共に通学路を歩いていた。
話題はもちろん『電脳戦国絵巻』のこと。戰前日の今日、私たちは放課後にどう動くべきか……。そのアイデアは昨日の夜のうちにリュカさんから受け取っていた。
私は今日、とあるイベントに参加する。その名はえっと……漢字ばっかりで正式名称は覚えてないけど、なんでも初心者限定のバトルロイヤルらしい。
3人1組のチームが最大で33組。つまり、総勢99人のプレイヤーが限られたフィールドの中で生き残りを賭けて戦うことになる。そして、優勝した暁には『修練値40の巻物』が3つも手に入る!
修練値40と言えば、中級技能を消費した時と同じ修練値だ。ということは、優勝賞品は中級技能3つと言っても過言ではない! 初心者にこれは嬉しすぎる……!
もちろん、私にも嬉しい! この巻物が3つ手に入れば120の修練値を得たことになり、『月読山』でライオーとサハラから奪い取った中級技能【撃ち方・雨】と『敏捷増強Ⅱの巻物』を加えれば合計200になる。
そう、中級技能の修練値を上限まで上げられるんだ! しかも、私はすでに『上級指南書』をライオーの落とし物から手に入れているし、修練値さえ溜まれば即座に昇級できる!
昇級させる技能は【雷虎影斬】にしようと思っている。間違いなく私の主力技能だし、この技能の性能が上がれば戰の勝敗にも大きな影響を与えることはずだ!
ただ、現時点ではこの想定も絵に描いた餅、捕らぬ狸の皮算用だ……。
なぜなら、このバトロワは絶対に3人1組でないとエントリーできないからだ。強いから1人で十分なんていうマンガみたいな展開はまかり通らない。
そして、参加できるのは初心者……ゲームを始めて1週間以内のプレイヤーのみ! 活動期間が長いリュカさんやうるみは当然参加できない!
こうなるともう頼れる相手がいなくなってしまうのが私だ。リュカさんがなんとか1人は味方を確保すると言ってくれたけど、もう1人は私が探さなければならない!
トラヒメの名はネットに広がりつつあるみたいだから、呼びかければ一緒に戦いたいと言ってくれる人も出てくるだろう。
しかし、見ず知らずの人の中から誰を選べばいいか私にはわからないし、人見知りの私が初対面のプレイヤー2人に挟まれて実力を発揮できるとも思えない!
せめて1人は知り合いであってほしい……。となると、頼れるのは私が通う私立鷹嶺女学院中等部のクラスメイトだけになる。
だが、この学校はザ・お嬢様学校……! ゲームをたしなむ女生徒などそうそう……いや、いるにはいる。それも結構いるらしい。鷹女はゲーマーが多いお嬢様学校なのだ!
ただし、私の友達は少ない。いきなり新しいゲームを押し付けて『一緒に戦ってくれ!』と言える相手なんて……。
「あっ、そうだ! 私に『電脳戦国絵巻』を勧めてくれた竜美の友達の子なら助けてくれるかも! 確か名前は……」
「心音ちゃんのこと? 確かに彼女は『電脳戦国絵巻』を勧めただけで遊んではいないから初心者の制限には引っかからないと思うし、ゲーマーとしての腕前も相当なものだけど……」
「でしょ? いいアイデアだと思わない?」
「でも、心音ちゃんは別のゲームに真剣に取り組んでる最中なのよね……。友達としては今の彼女に電脳戦国絵巻も遊んでほしいとは言えないな……」
「そうか……。なら、やめておこう!」
真剣にゲームを遊びたい。誰にも邪魔されたくない。その気持ちはよーくわかる! 私が私である以上、その想いを無下にすることはできない! いくら自分のためでも……!
「ただ、そうなると本当にヤバいかも……。こればっかりは敵を斬っても解決しない問題だからね……」
「……ねぇ、優虎ちゃん。私の話聞いてくれる?」
「なに? あらたまっちゃって」
「私が優虎ちゃんと一緒に戦うってのは……どうかな?」
「え、竜美が?」
思えば一番無難な選択肢だ。3人じゃないとエントリーできないルールだけど、エントリーさえしてしまえば自分1人でも暴れられる。数合わせとして最も身近で安心できる人を選ぶのは最初に思いついてもいい作戦だった。
でも、それを思いつかなかった理由にも心当たりがある。
「竜美……ゲームあんまり遊ばないよね?」
「うん……」
得意なのか苦手なのか判断できないくらいに竜美のゲーム経験は浅い。『VR居合』を遊んでいた時代も、竜美はその話を聞いてくれるだけで一緒に遊んだことはない。
一応、私以外の友達の家でVRゲームを遊んだことはあるらしいけど、それもパーティーゲームみたいなもので、ガチガチの対戦アクションを遊んだことはないはず……。
それに竜美が誰かを攻撃する姿は想像できるけど、攻撃される姿は想像したくないし、見たくもない。だから、無意識のうちに竜美を戦いに巻き込むという選択肢を外していたんでしょうね。
でも、今こそ……その選択肢を選ぶ時が来たのかもしれない。
「VRデバイスは準備できてるの?」
「うん、昨日優虎ちゃんがゲームに熱中している間に家に連絡して、最新式のカプセル型VRデバイスを設置してもらったの」
さ、最新式……!?
流石はお金持ちだ……。ゲーム環境ではすでに私を追い抜いていったか……。
「正直言うと、昨日は優虎ちゃんと一緒に遊べる画面の向こうの人たちに嫉妬しちゃったんだ。でも、よくよく考えれば私と向こうの世界の間に大した壁なんてなくて、私の気持ち一つで飛び込んでいける場所なんだって思って……」
竜美は立ち止まって空を見上げる。あの空の向こうにある宇宙にも、昔に比べて気軽に行けるようになった。夢の宇宙旅行への壁は、今となってはさほど高くない。
そして、夢のバーチャル世界だって気軽に行ける。昔からバーチャル世界はいろんな物語の題材になっていたけど、それがここまで実現できるとはみんな夢にも思わなかったはずだ。
デバイス1つ買えば誰でも行ける夢の世界。世はまさに大VR時代!
「ねぇ、優虎ちゃん。私じゃダメ?」
「そんなこと……ない! お願い竜美、私と一緒に戦って!」
「うん! どこまでできるかわからないけど頑張る!」
こうして生存競争を共に生き抜く三闘士の1人が決まった!





