Data.73 思案する郎党
優虎たちがお風呂場でヌルヌルになっている間も、『電脳戦国絵巻』の世界は動き続ける。
「ライオーたちが敗れた……か」
組合『隙間の郎党』のリーダー・ザイリンは、活動拠点である『針岩山』のアジトで一人つぶやいた。同時にトラヒメを戰に巻き込んだ自分の判断が正しかったと強く確信した。
正直なところ、『烏合の衆』にちょっかいをかけすぎたせいで、あちらの士気はダダ下がりしていた。あのままではとてもじゃないが、見世物として面白い戰は実現できそうになかった。
しかし、ここでトラヒメを混ぜることで、想像以上の化学反応が起こった。彼女はリュカと合流してすぐ『隙間の郎党』側の組合『惨堕亞暴琉斗』を倒し、異名持ちも撃破。その朗報はゲーム中を駆け巡り、今では少しずつではあるが『烏合の衆』の士気も上がってきている。
そう、これでいいのだ。最初から勝敗が見え見えの勝負など面白くない。最終的に勝つことが一番とはいえ、そこに面白さがないなら配信活動なんてする必要がない。
……と言いつつも、トラヒメの奮闘を反映した現状の戦力分析でも、まだまだ『隙間の郎党』側が圧倒的に有利なことに変わりはない。
『烏合の衆』はせめて参戦するプレイヤーの数を『隙間の郎党』と同じにしておかなければ、たとえトラヒメやリュカ、ゼトあたりの強力なプレイヤーが頑張ったとしても勝利はない。
ゆえに勝負を分けるのは戰当日ではなく、戰前日である明日なのだとザイリンは思った。その1日をそれぞれの陣営のメンバーがどう使うかで勝敗が大きく変わる……。
当然、特に要注意なのはトラヒメだ。
ゼトくらい装備や技能が完成されているプレイヤーは1日で急に強くなったりはしないが、彼女の場合はゲームを始めて1週間に満たない初心者だ。下級スキルの数を増やしたり、装備の質が少し変わるだけで戦闘能力が大きく変化する。
その事実をトラヒメ本人が理解しているのかはわからないが、周りにいるリュカやうるみは確実に理解している。となると、次にトラヒメが打つ手が自ずと見えてくる。
「ルーキー限定のトリオバトルロイヤルに出てくるだろうな」
ルーキー限定トリオバトルロイヤル――。
正式名称は『新参者限定三位一体生存競争』だが、あまりにも和風で表記することにこだわりすぎた結果、お笑い芸人のネタのような文字列になってしまい、今では公式でもあまり使われてない名称になっている。
とはいえ、イベントの内容はこの文字列で完璧に説明できている。初心者だけで構成された3人1組のチームを複数集めて、特別に用意されたフィールドに送り込み、最後の1チームになるまで戦わせる。
まさに『新参者限定三位一体生存競争』だ。
参加を初心者に限定してるだけあって、たとえ何もできずに負けてしまった場合でも、応援としてそこそこ豪華な報酬を貰える。そして、最後まで生き残った暁には、その報酬の豪華さは3倍になるという!
ここまで条件が揃えば、明日トラヒメがこのイベントに参加するのは明白だろう。このバトロワは1日どころか数十分で1試合が終わるし、ボロ負けしても報酬が貰える。それに相手は初心者ばかりなので、トラヒメの強さなら十分生き残りも狙っていける。
さらに初心者限定ということは、敵対組合の強力なプレイヤーが邪魔しに来ることもないのだ。あと1日で強くなりたい時に、このイベントを逃すはずがない。俺が同じ立場なら絶対参加するね……とザイリンは思った。
「……そういえば明日は『あいつら』がこのゲームに乗り込んできてちょうど1週間だったか?」
ザイリンは数秒考えた後、『間違いない』とつぶやいた。
このイベントにおける初心者とは、ゲームに初めてログインしてから1週間以内のプレイヤーを指す。そして、3日しか遊んでいない初心者より、1週間みっちり鍛えた初心者の方が強いのは間違いない。
そのことを理解している、たとえば他のVRMMOから『電脳戦国絵巻』に活躍の場を移そうとしているプロゲーマーなどは、必ず1週間鍛えた後にこのイベントに参加するだろう。
もちろん、ゲーム側もそのことは理解しているし、実際のバトロワでは能力が近い者同士でマッチングするようにシステムが組まれている。
しかし、大人数を集めて戦わせる都合上、完璧に強さが均一になるわけではない。60や70程度の実力を持つプレイヤーしか集まらなければ、そこに100の力を持ったプレイヤーが放り込まれてしまう。
ザイリンは今まさにこれを狙っている集団のことを知っていた。
「トラヒメって奴は、どうもヤバい奴を引き寄せる力を持ってるみたいだな」
新たな波乱の予感にザイリンは頬を緩める。自分が思っている以上に戰の注目度は高くなりそうだ……。そう思うと笑わずにはいられなかった。
「さて、トラヒメはまた勝利という形で戰を盛り上げてくれるかな? 今回は戦う以前に1人ではどうにもならない根本的な問題を解決しなけりゃならないが、こればっかりはリュカやうるみでも手出しはできない。果たしてどう乗り越えるのか……楽しみだ」
そう言葉を締めくくると、彼もまた自らの強化のためにフィールドへと旅立った。





