Data.72 ジェラシー竜美
「ふー! 今日も楽しかった!」
『電脳戦国絵巻』からログアウトした私は、カプセル型VRデバイスのハッチを開き、うーんと伸びをする。
ログアウト前にはリュカさんと戦友登録を行った。これで専用アプリを使えばゲーム外でもリュカさんと連絡を取れるようになった。しかも、リュカさんは『後で1日で強くなれる方法を教えてあげる』と言っていたし胸が高鳴るなぁ!
「さて、今日はお母さんもいないし1人で……あ゛っ!」
そこで私は致命的なミスに気づいた。ゲーム内でのミスではない。リアルの方の……。
「お疲れ様、優虎ちゃん。楽しかった?」
今日は竜美が家に来ているんだった……! しかも、彼女はずっと私がゲームしている様子を見ていたんだ! だというのに、途中からすっかりその存在を忘れてしまっていた!
で、でも、ゲーム中は反応できないかもしれないってことは話してあったし、チャットで話しかけられたのを無視したわけでもない。私は別に悪いことはしてない。ただ、完全にその存在を忘れていただけで……。
「ご、ごめんね竜美……。私、ゲームに熱中しすぎちゃってさ……」
「ふふっ、それはいつものことじゃない?」
「うん、まあ……。お、怒ってない?」
「どうして私が怒るの?」
「いやっ、それは……ううん、なんでもない」
竜美は笑顔だ。
表面上、怒っている様子はない。
ただ、私は今まで竜美が露骨に怒っている姿を見たことがない。最近すっごい冷たい目と怖い表情を見た覚えがあるけど、怒鳴ったり、泣いたり、そういう姿を見たことはないんだ。
しかし、それはあくまでも感情を表に出さないというだけのこと。本当のところ、竜美にだって激しい感情があるんだと思わされた事件が小学生の時にあった。
その日、私は竜美の家に泊まりに行っていた。そして、どちらか言い出したのか覚えてないけど、一緒に食べるお菓子を買いに行こうと2人で出かけたんだ。
当時の私はまだ『VR居合』に出会う前だったけど、その時からすでに1つのことに熱中すると他のことがおろそかになるタイプだった。あろうことか買い物に夢中になるあまり、竜美の家に泊まりに行っていることを忘れて、自分の家に帰ってしまったんだ。
竜美からすれば友達が突然いなくなったわけで、ちょっとした騒ぎになってもおかしくはなかった。だが、当時すでに私の行動パターンを大体把握していた竜美は、自分の買い物を終えた後、私の家にやって来て私を連れ帰ってくれたんだ。
流石に私も申し訳ないことしたなと思ってたくさん謝ったけど、竜美は笑顔で許してくれた……と思いきや、竜美は家への帰り道にあるペットショップに突然入っていった。
竜美の家はお金持ちだからペットもたくさんいる。ただ、ペットのエサなどは専門の人が買い揃えてくれていると聞いていた。ちょっと疑問に思いつつペットショップに一緒に入った私の前で竜美が購入したものは……首輪とリードだった。
そして、それを着けるのはもちろん……私。
「これでもう勝手にどこかにいけないでしょ?」
ニコニコ顔の竜美はどこか恐ろしく、本当は自分の存在を忘れて帰ったことに相当怒っているんだなと思った。私は忠犬のようにその扱いを受け入れ、しばらくそのままで街中を歩いた。
ちなみにその時買った首輪とリードはまだ持っているようで、私がふらふらとどこかに行こうとすると、たまに『また首輪着ける?』と言ってくる。数年経った今も忘れていないみたいだ。
そして、そんな竜美の存在をまた忘れ、ゲームに熱中してしまった! 一体どんな扱いを受けることになるのか……! 私は恐怖に震えてカプセルから立ち上がれずにいた。
「ほら、どうしたの優虎ちゃん」
竜美がこちらに手を伸ばし、カプセルの中からお姫様抱っこで私の体を持ちだした。お母さんでも抱っこできる未成熟の体は、体が大きい竜美なら楽々持ち運べる。ゲーム内なら体格差も怖くないけど、リアルだとどうしようもない……!
「優虎ちゃんが戦う姿……とってもカッコよかったよ」
「え?」
「私、見惚れてちゃって、どういうチャットを送っていいのかわからなかったな!」
少し照れくさそうに笑う竜美は、ゆっくりと私の体を床に降ろした。
「そ、そう言ってくれると、私も嬉しいよ……」
なんだかこっちまで照れくさくなってくる! どうやら今回は竜美も怒ってはいないようで、私だけでなく一緒に戦った仲間たちの戦いっぷりもたくさん褒めてくれた!
そーよそーよ、別にゲームに熱中して他のことを忘れてしまうなんて普通のことだからね! 流石の竜美もそんなことまで気にすることはないわけだ!
「優虎ちゃん、今日は私の両親も家に帰ってこない日だから、優虎ちゃんの家に泊まらせてもらうね」
「うんうん、いーよいーよ!」
たくさん褒めてもらって上機嫌の私は竜美の申し出を快諾する。というか、私たちがお互いの家に泊まり合うのは普通の日常みたいなもんだからね。
私たちは2階から1階のリビングに降りると、家にある材料で晩御飯を作り始めた。今日のメニューはお肉たっぷりのビーフシチューだ! 軽く焼いただけのレアなお肉も好きだけど、じっくり煮込んで味がしみ込んだお肉も大好きだ!
シチューの付け合わせとして家にあったフランスパンや、色とりどりの野菜で作られたサラダも用意され、晩御飯は非常に豪勢なものになった。うんうん、これは本当に竜美は怒ってなさそうだ!
でも、もしかしたら我慢しているだけかもしれない……。嫌いな野菜を残したら我慢の限界が来て怒っちゃうかもしれないから、私は苦手な野菜も笑顔で食べた。うぅ……虎が草食とは……。
「ごちそうさまでした!」
「おそまつさまでした。ところで優虎ちゃん……お風呂入るよね?」
「うん、もう少しお腹が落ち着いたらね」
「じゃあ、準備だけしておくね」
しばらくして、私のお腹も落ち着いてきた。それと同時にお風呂が湧いたことを知らせるメロディが流れる。なんてジャストタイミング……。流石は竜美といったところか。
「では、お先に失礼して……」
「うん!」
リビングに竜美を残して脱衣所に向かう。脱衣所には上がった後に着る服まで用意されいて、相変わらず私はお世話されているなぁと思う。
「あれ? 竜美の服も置いてあるな……」
竜美が後から入る場合でも、服は私のものだけ置かれているのが常だった。でも、今日は2人分の服がキッチリたたんで置かれている。
「まあ、別に問題ないよね。後から入るなら一緒に準備しておいた方が無駄がないし」
それだけの話だと思い、私はさっさと服を脱いで浴室に入った。
まずシャワーを浴びて、先に頭も体も全部洗ってしまう。あったかいお湯を頭から浴びると気が緩むというか、ホッとするなぁ~。体中の筋肉もほぐれて、オフモードになるって感じだ。
しかし、この緩みのせいで私は背後から近づいてくる人の気配に気づかなかった!
「お湯加減はどう? って、優虎ちゃんは先に体を洗うんだったよね?」
「きゃあっ!?」
浴室の扉を開けて裸の竜美が入ってきた! タオルで体を隠そうともしない堂々とした姿に、私の方がなんだか恥ずかしくなってくる! まあ、それだけスタイルが良かったら、見せつけたくなる気持ちもわかるけどね!
「どっ、どどどっ、どうしてここに!?」
「いやぁ、そういえば最近一緒にお風呂入ってなかったなぁと思って! うふふ、そんなに恥ずかしがることないじゃない。小学生までは結構一緒に入ってたんだから」
「まあ、それは確かに……」
とはいえ、私たちはもう中学生だ。人生を共に歩んできたと言える竜美が相手でも、その……発育の差からくる体つきの違いを見て、ドキドキしちゃったりするからさ……!
「はい、頭洗うよ~」
竜美は慣れた手つきで私の頭をわしゃわしゃし始めた。
き、気持ち良い……! 竜美の手つきがプロ並みというのもあるけど、どうして人に頭を洗ってもらうとこんなに気持ちが良いんだろう! 自分だと変な癖であまり触らないような部分もしっかり洗われて、なんだか変な気分になってきた……!
「次はお背中お流ししますよ」
超柔らかいボディタオルで優しく背中をこすられる。そんなに力が入っていないのに、伝わってくる快感は半端ない! もう竜美に裸を見られる恥ずかしさなんて飛んでいってしまった……。
ただただ、されるがままになる私……。そんな時、背中に突然むにゅうっと柔らかくて重みのあるものが押し付けられた。そして、竜美の手が体の前の方に伸びてくる……!
「ちょ、ちょっと! 流石に前は自分で洗うって!」
「え~、いいじゃない。2人で全身洗いっこしようよ~。それとも……私とヌルヌルなるのは嫌?」
「あ……」
お、怒ってる……! 存在を忘れられたことより、今日もヌルヌル姿をうるみに見られて、あろうことか見られるのはまんざらでもないっ態度だったことに怒ってるっぽい! いや、嫉妬している!?
「ねぇ、どうなの? 私はダメなの?」
耳元で囁かれる声は冷たく、洗われたばかりで温かいはずの背筋が凍る……!
「い、いや! 好きなだけヌルヌルにしてください! 私と竜美の仲じゃない! もう遠慮なく!」
「わかった、『好きなだけ』ヌルヌルにするねっ! うふふふふふふ……優虎ちゃんの肌、しっとりしてて気持ち良いね……」
「あはは、ありがとう……」
このあと滅茶苦茶ヌルヌルにされた。





