Data.70 知られざる戦い
その作戦とは『月下村破壊作戦』である。
強敵との戦いに負けた後は一時的にやる気を失い、すぐにゲームからログアウトしたくなることがある。その場合、リュカたちがログアウトする場所は『月下村』になる可能性が高い。なぜなら、プレイヤーが死んだ後に飛ばされる場所は、最後に立ち寄った町か村だからだ。
それを踏まえた上で、作戦はこうなる。
まず、リュカたちが『月下村』でログアウトしたのを確認後、『零番隊』は混乱させて従わせている魔物を『月下村』にけしかける。本来、町や村は戦闘禁止区域で、プレイヤーによる破壊活動は行えないが、魔物が襲来した場合は別の話。
緊急時ということで戦闘禁止が解かれ、プレイヤーたちも町中で戦えるようになる。このシステムはプレイヤーが住人と協力して町を守るために用意されたものだが、悪用すれば町を破壊することにも使えるということだ。
そして、町や村が破壊されてしまうと、そこでログアウトしていたプレイヤーは死亡扱いとなり、次にログインする時は、デスペナルティを受けた状態で『いろはに町』からスタートすることになる。
ただし、この死に方では道具のばら撒きは発生しない。ツジギリ・システムで殺されたわけでもないので、装備や技能を奪い取ることもできない。与えられるのはデスペナルティのみ……。村を1つ潰して行う報復としては、あまりにもしょぼくれた結果である。
だが、このみみっちい嫌がらせが、今に限っては大きな影響を及ぼす。なぜなら、リュカたちは2日後――土曜日の正午から行われる戰に参加するプレイヤーだからだ。
現在、木曜日の夕方――。
村の破壊がリュカたちがログアウトした後、大体18時に行われたとしよう。その時点でデスペナルティが適用され、リュカたちの基礎能力は48%減される。そこから1時間ごとに1%ずつ能力が戻っていくのだが、戰が行われるのは42時間後だ。
つまり、村を破壊された場合、リュカたちは基礎能力が6%ダウンした状態で戦に挑まなければならなくなる……が、これならまだいい。
通常のMMORPGで6%ダウンは割と厳しい弱体化だが、『電脳戦国絵巻』ならまだ立ち回りでカバーできる。
ただ、もし『零番隊』がトラヒメやうるみのゲーム内での活動時間を知り、深夜にログインすることはないと知ったら? 村の破壊をもっと遅らせ、基礎能力の減少を致命的なものにしていたかもしれない……。
だが、この悪魔のたくらみはリュカたちが異名持ちに勝利し、無事に下山してきた時点で実行されなくなった。
実行されていれば村は容赦なく破壊され、死亡するNPCも出ていただろう。死んだNPCは特殊な手段を使わない限り復活しない。村の再建も長い時間がかかる。
村の破壊はルール違反ではない。システムの抜け穴を使う方法ではあるが、その穴を塞いでいない時点でゲームの仕様だ。
しかし、町や村の存在は全プレイヤーの遊びやすさに直結する。たとえルール上の問題はなくとも、多くのプレイヤーから非難される行為であるのは間違い。
……が、『零番隊』はそんなこと気にしない。やるべきだと思えば、混乱させた魔物を村に放ち、魔物と共に建物を破壊して回っていただろう。ゆえに彼らは『零番隊』なのだ。
「さて、まずはいらなくなった魔物どもをけしかける。んーで、浮足立っているところを俺らで狩るぞ」
「へい、パラさん」
非公認組合『零番隊』リーダー、その名も『インパラ隊長卍雷王隊士の民』。
プレイヤーネームは無難なものにする傾向がある昨今に置いて、ひと昔前のネーミングセンスをほとばしらせるこの男こそ、まともじゃない者どもを従える悪のカリスマである。
年齢は不詳だが、数十年前からVRゲーム界隈にいたと言われている。そのアバターは無精ひげを生やしたワイルドでワルな親父といった感じだ。武具は敵を遠距離から暗殺するため、銃身の長い銃を愛用している。
ちなみに名前の『雷王隊士』はライオーのファンの総称で、『雷王隊士の民』とは『私はライオーちゃんのファンですよ!』とアピールする意味がある。卍はオシャレでつけているだけなので読む必要はない。周囲からは気さくに『パラさん』と呼ばれている。
そのパラさんの命令で、10人以上いる仲間たちが混乱させて従わせておいた魔物たちをリュカたちの進路に置こうと動き出す。だが、そこで異変に気づいた。
「あれ? 魔物どこ行ったんすか?」
「誰かもう動かした?」
「そこにないならないっすね」
いざという時のために用意しておいた魔物たちが1匹残らずいなくなっているのだ。
まあしかし、これは割とよくあること。混乱が解除されるタイミングは魔物の種類によってまちまちで、同じ種類でも個体によって差がある。複数体が同時にいなくなるのは初めてだが、1体いなくなることがあるなら2体、3体いなくなってもおかしくはないだろう。
ただ、今回捕まえておいた魔物は大型の野獣種が多く、動けばそこらへんの草に体がこすれて音がするはず。その音がまったくしないまま、魔物たちはいなくなっている……。
「しゃーない。俺が狙撃で蝶の羽を撃ち抜くから、落ちてきたところを狩るぞ」
パラさんは銃を構えて優雅蝶を狙う。だが、その引き金を引く前にハッとして構えを解いた。
仲間からの返事がない……。体育会系の集まりではないが、戦闘前や戦闘中の作戦確認には、みんなしっかり返事をしている。それがないのは、あまりにも不自然だった。
「おい、お前らなんかあったか……」
振り向いたパラさんの前に、仲間はいなかった。視線をきょろきょろと動かし、周囲を見回しても誰一人として見当たらない。魔物と同じように音もなく消えてしまったのだ。
「な、なんで……アッ!?」
どうして今まで気づかなかったのだろう……パラさんはそう思った。音もなく、気配もなく、その男が戦う時も、戦いが終わった後も、広がっているのは閑散とした光景と静寂……。
「ゼトォォォ……!」
「気づくのが遅かったじゃないか」
木陰から姿を現したのは閑散銃士のゼト。くすんだ赤色のマフラーを首まで下げて口元を晒し、いつもは腰に装備している2丁の銃を両手に持っている。さらにボロ布をマントのようにまとうその姿は、さながらサムライ・ガンマン。
「インパラ隊長卍雷王隊士の民……。俺は同じ銃使いとして、お前の実力だけは評価していたんだがな。まさか、俺が一度この山に来たことを知っていながら、戻ってくる可能性を考慮していないとは……失望したぞ。人として褒められた部分がないのに、ゲームの腕前まで半端では……」
「この陰キャ野郎がああああああ……あっ、あれ?」
パラさんが自分の銃を構えた時には、その心臓に数十発の弾丸が撃ち込まれていた。
ゼトはとある技能によって自らが出す音を完全に消してしまえる。歩く音、走る音、手を叩く音、しゃべる声はもちろん、武具である銃の発砲音も完全に消せる。
また、彼は敵と判断した者を殺すためならツジギリ・システムを使うこともいとわない。
ゆえにパラさんは完全に先手を取られ、自らを殺した銃の声を聞くこともなく消滅した。もちろん、ゼトの罵倒も聞こえてはいない。ただ、何かしら言っているのであろう口の動きを、数秒間目撃しただけだ。
「こうして主人公リュカと仲間たちは無事に山を下る。その陰でまた別の戦いがあったことを……彼女たちは知らない」
相手が悪質なプレイヤーとはいえ、殺しの罪は発生する。今頃、各地の大高札にはお尋ね者としてゼトの顔が張り出されているだろう。
彼に殺されたプレイヤーの仲間が追ってくることもあるし、彼が持つ強力な装備や技能を求めて襲い掛かってくる者もいる。そういった降りかかる火の粉はすべて払ってきた。
だが、無益な殺生はしない。せっかくツジギリ・システムを発動したのだから、ついでに誰かを殺そうなんてことは考えない。あくまでも目的を果たし、その結果降りかかる火の粉を払うのみ。
「リュカを守るためとはいえ、いつもより多く殺したな。今日はもう殺しは御免だ。誰かに見つかる前に、どこかに隠れるとしよう。というか、この山にいれば安全か?」
ゼトは誰にも聞こえない言葉をつぶやきながら、深い山の中へと姿を消した。





