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Data.69 零番隊

 鮮やかな蝶が『月読山』の山頂を覆う霧を抜け、山を(くだ)ってくる。


 それを虎視眈々と狙っているのは『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)零番隊(ぜろばんたい)』。卍はオシャレでつけているだけなので読む必要はない。周囲からはただ『零番隊』と呼ばれている。


 この『零番隊』……実は『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』の零番隊ではない。本家『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』にはライオーが所属する本隊こと1番隊と、それに連なる2番隊、3番隊、4番隊しか存在しない。


 では、この『零番隊』とは何なのか?


 それは『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』に所属することを許されなかったライオーファンが勝手に集まって作り上げた非公認組合(ギルド)である。本家と同じ黒い羽織に金の刺繍を入れたオシャレ装備を身に着けているため見た目こそ似ているが、まったくの別物である。


 そもそも『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』はネット上でバーチャルアイドルとして活動するライオーが、ゲーム内でも存在感を放つためゲームが上手いファンを厳選して作り上げた組合(ギルド)だ。


 メンバーの中でもリアルのライオーに会ったことがあるのは副総長のサハラのみで、他はあくまでもアイドルとファン、そのつながりもネット上に限られている。


 そんな『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』だが、メンバーを選ぶうえでゲームの腕前以外に重視したことが1つだけある。それは素行の良さだ。


 アイドルというものは程度に差はあれど厄介なファンを抱えやすい。実際、『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』のメンバーもSNSではBANされない程度に迷惑行為を行っている。


 しかし、その程度なら素行は良い方だ。少なくともSNSの運営から処罰されないラインを守っているのだから。


 だが、『零番隊』は格が違う――。


 『零番隊』のメンバーは、ゲームが下手くそだから組合(ギルド)に加入できなかったのではない。素行が悪すぎたゆえにライオーから拒絶されたのだ。


 他のバーチャルアイドルのファンとの対立、ライオーへの行き過ぎた愛が起こす束縛、同じファン同士でも優劣を決めたがる傲慢な性格……。


 自分のファンには甘いことで知られているライオーですら(さじ)を投げた荒くれ者たちが、自然と集まって作り上げられた汚泥(おでい)の底……それが『零番隊』。


 タチが悪いことに、彼らはゲームに関しては本家よりも強い。『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』の1番隊から4番隊が集まっても『零番隊』にはまったくかなわない。


 ゆえにゲーム内で彼らを黙らせる手段を本家は持っていない。致し方なく無視という対応を取らざるを得ないのだ。


 対して『零番隊』は、ライオーから怒られても、そっけなくされても、彼女のことが好きなままだ。いつか彼女に振り向いてもらうために腕を磨き、『電脳戦国絵巻』に存在する組合(ギルド)の中でも中堅上位と言われるほどの実力を手に入れた。


 そして、その実力をもってして、本家の前に立ちはだかる敵対勢力を潰して回っている。手段を選ばずに……。


 ただ、今回に関しては純粋に本家をサポートするために『月読山』に来ていた。というか、本家にそれとなく『月読山』に巣くう異名持ちの情報を流したのは『零番隊』である。


 本家が山に登りやすいように先んじて魔物を掃討し、他のプレイヤーが山に入り込もうとすれば先んじて潰す……。そういう作戦を彼らは実行しようとしていた。


 だが、ここで予想外の事態が起こった。あの閑散銃士と呼ばれるプレイヤー・ゼトが『月読山』に現れたのだ。


 流石の『零番隊』も、ストーカーしている『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』以外の情報には疎いところがある。それもソロで動き回る神出鬼没の男ゼトともなれば、山で偶然カチ合うことなど予想のしようがない。


 真っ先に山に入った本隊はゼトから逃れることができたが、その後ろを行く2番隊、3番隊、4番隊は瞬く間に全滅させられ、『零番隊』も一旦姿を隠さざるを得なかった。


 綿密に計画を練ったならまだしも、慣れない山の中で考えなしにゼトと戦っても旨味はない。そういった妙な冷静さを持っていることもまた『零番隊』の厄介なところだった。


 しばらくして、ゼトが山のふもとの『月下村』に下り、優雅蝶のリュカと会話しているところを『零番隊』の隊士が目撃。その後、ゼトが山から去ったことを確認した『零番隊』は、再び自由に動けるようになった。


 彼らとしては山に登ろうとしているリュカたちを追いかけ、追い詰め、先行している本隊と挟み撃ちにし、自分たち『零番隊』が役に立っていることをライオーに見せつけたいところだ。


 だが、リュカは人を乗せて飛べる蝶を召喚できる。万全の状態で飛ばれたら、飛行の技能を持たない『零番隊』はすぐに置いていかれるだろう。


 しかし、この山の樹海には石を投げてくるサルが多数生息し、上空に(のが)れれば強力な鳥型モンスターに襲われる。


 召喚獣というのは出し入れ自在だが、戦闘で体の一部が破壊されるなどの深刻なダメージを負った場合、失った部分を再生するまでに多くの時間を要する。


 蝶の羽が石に撃ち抜かれるか、鳥についばまれでもしたら、その時点でリュカたちは飛行能力を失う。『零番隊』は割と早い段階でリュカたちが飛べなくなり、徒歩での登山に切り替えると予想していた。


 だが、予想は大きく外れた。リュカと共に行動する見慣れないハレンチな装備を着こんだ女がサルたちの石を刀で打ち返し、強引に登山ルートを突破していったからだ。


 『零番隊』は置いて行かれた挙句、微妙に登山ルートを間違え、本隊とリュカたちが戦っている場所の崖下に来てしまった。


 そこでリュカによって崖下に突き落とされた本隊の隊士カゼサブロウを目撃し、彼が落とした道具をこっそり回収。その後、ライオーの援護に向かうべく崖上に出るルートを急いだ。


 しかし、そうしている間に本隊とリュカたちの戦いは終わり、彼女たちは戦利品を確認した後、山頂へと飛び立って行った……。


 空回りに次ぐ空回り。愛しのライオーを守れなかった無力感に打ちひしがれる『零番隊』……。


 しかし、残念ながら彼らはこんなことで諦める集団ではなかった。もうリュカたちには追いつけないが、山というのは登った後に下りるのもセットだ。


 そして、下りるならば登った時と同じルートを使う可能性が高い。すでに通った道は知らない道よりは安全だし、そのルートの先にはログアウト可能な『月下村』がある。


 『零番隊』はリュカたちが異名持ちとの戦いに勝利した場合、確実に通るであろう下山ルート上で待ち伏せ、リュカたちを不意打ちで殺し、異名持ちとの戦いで手に入れた装備や技能を奪い取ってしまおうと考えた。


 ただ、異名持ちにリュカたちが負けた場合、彼らの待ち伏せは無駄に終わるし、愛するライオーもツジギリ・システムの代償で奪われたものを取り戻せないままになる。


 それならそれで諦める……という考えは彼らにない。少しでもリュカたちに報復がしたい……。たとえ、あいつらが異名持ちに負けて、この山を下ってこなかったとしても……。


 そのために彼らは、悪魔的な作戦を準備していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 忘れてた...トラヒメの装備、破廉恥だったわ
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