Data.66 一瞬の空中戦
「投げ飛ばすって、アタシがトラヒメちゃんを!?」
「はい! 『惨堕亞暴琉斗』との戦いで、敵を投げ飛ばして倒したって言ってましたよね? その要領で私をあのウサギに向けて投げつけてください! そうしたら、私がすれ違いざまにウサギを斬り捨てます!」
体からほとばしる稲妻が大人しくなり、動きが上から下への単純な移動になるキックの最中こそ、あの飛脚の万雷兎を狩る一番のチャンスだ!
「空中であいつを仕留めようってわけだね……。でも、それなら後1体召喚できる蛮骨蜂を使って飛んだ方が確実じゃないかい? 優雅蝶だと大きすぎたけど、蛮骨蜂なら骨の間から腕が出るし、刀を振るのも不可能じゃないはずだよ」
「もちろんそれも考えましたけど、蛮骨蜂って私の指示で細かく動かすことは出来ませんよね?」
「そうだねぇ……。あくまでも私の技能であり、私の召喚獣だから、指示を出すのは当然私になるよ。攻撃を受ければ自動で回避するくらいの知能はあるけど、トラヒメちゃんが敵を斬りやすいように考えて飛んではくれないだろうね。それにたとえ私が細かく指示を出したとしても、トラヒメちゃんが満足いくように蛮骨蜂を飛ばせる自信はないよ」
「ですので、投げ飛ばしてほしいんです。投げる時のコントロールもまた難しいとは思いますが、投げた後は私が上手く姿勢を変えてウサギの首を斬れるように頑張ります!」
そう、狙いはウサギの首だ! 私は【首狩り】を持っているから、首へのダメージが増加する! それに加えて、そもそも首はほとんどの生物にとっての弱点だ。きっとあのウサギも例外ではない。
しかし、ウサギの上半身はほっそりしているため、首もまた細い。全長が約2メートルあり、骨の羽が横に広がっている蛮骨蜂に抱えられた状態で狙うには、すれ違う時の角度を相当細かく調整する必要がある。これはあまり現実的ではない。
でも、私は本当にギリギリまで接近して、刃を確実に首に通したいんだ。先っちょだけかすめても、異名持ちに大きなダメージを与えられるわけがない。そして、小柄な私の体1つでなければ、この理想は実現できない!
それに蛮骨蜂で飛んでいくより、投げ飛ばしてもらった方がスピードが出るし、それだけ斬撃の威力が大きくなる。同時にウサギとの相対速度も大きくなるから、それだけ斬撃を加えるタイミングがシビアになるけど……気合でなんとかする!
「ふふっ……あっはっはっはっ! そうかい、投げてほしいのかい! いいよ、やろうじゃないか! もうあいつに引きずられるのはこりごりだからね。こう見えて投げの技術には自信がある。ドンピシャに首を狙って投げてあげるよ!」
「ありがとうございます!」
「次だ! 次にあいつが跳んだ時、作戦を実行するよ! だから、うるみちゃんも後1回だけ攻撃を回避するんだ!」
「わかりました……!」
動き続ければ呼吸が乱れ、体も疲れる。電脳戦国絵巻とはそういうゲームだ。
《ピヤァァァァァァァァーーーーーーッ!!》
うるみはバテバテだけど、決死の想いでウサギの落下点から逃れる。もうこれ以上逃げ回ったりはしない……。今の蹴りが最後の蹴りになる!
「蛮骨蜂、縄状百足!」
蛮骨蜂に抱えられて空を飛ぶリュカさんから縄のようなムカデが伸び、私の体に絡みつく。デフォルメされているとはいえ、脚がいっぱいあるムカデは気持ち悪いけど……ここは我慢だ!
「目を回さないように気をつけなよ!」
リュカさんを抱えた蛮骨蜂は空中で大回転。ハンマー投げの要領で私を投げ飛ばすようだ! 想像以上に大胆な方法だけど、これなら勢いは十分……!
「うおおおおおおおおおおおおッ! ビッグ・フラァァァァァァァァァイッ!」
ぶんっと風を斬り裂いて、私の体が月に向かって飛んでいく!
狙いはドンピシャだ! すでに落下に入ったウサギは軌道を変えられない。このままいけば真正面からカチ合う。足に当たらないように気をつけて、すれ違いざまに首を斬る……!
武具を鰻斬宝刀に持ち替え、【火激流血刃】を発動させておく。
勝負は一瞬だ。タイミングを間違えれば、次の瞬間ウサギは遠くに行っている。加速する物体同士がすれ違うとはそういうことだ。
意識が異常に集中し、すべてがスローモーションに見え始める。『VR居合』で強敵に出会った時に起こる現象……。3年間のプレイの中で、片手で数えるほどしか覚えなかった感覚……。
それが今、ここで来た。
私の脳はこの戦場に、完全に適応した。
ウサギはゆっくり迫ってくる。そんな感覚の中で、私の体はいつものようになめらかに動く。今、赤き血で熱せられた刃が、白い毛に覆われた首を捉えた。
「三舞おろし」
刃が肉を断つ感覚が三度。手応えアリ。
上級技能【火激流血刃】【三舞おろし】【首狩り】。この3つの効果をすべて受け、さらに超スピードですれ違う最中の接触となれば、その威力は想像を絶する。
まだ完全な勝利ではないが、賭けには勝った。徐々に感覚が元に戻り、体は加速し、空に投げ出されたところで……浮遊感を覚えた。
「あ、着地のこと考えてないや」
ウサギを倒す前に私が死ぬ!?
や、やばいやばい! せっかくカッコよく決めたのにマヌケすぎる!
「だ、誰か助け……おおっ!?」
さっきまでリュカさんを抱えていた蛮骨蜂が、私の後を追って来てくれていた! おかげで自爆攻撃にならなくて済んだ……。
さあ、私に斬られたウサギ――飛脚の万雷兎はキックの体勢が崩れ、受け身が取れないまま地面に落下したようだ。おかげで落下ダメージも加算され、体力は7割ほど削れている。
まあ、このすべてが私によるダメージかはわからない。この戦いが始まってから、うるみがわずかな隙を突いて【虹の閃光】を何度か当てていたのは知っている。
それに私が空中で蛮骨蜂に拾われ、落ち着いて地上を見下ろした時には、もうすでにうるみとリュカさんによる追撃が始まっていた!
動きを鈍らせる【呪血の雨】と【誘蛾鱗粉弾】を食らった万雷兎の体は見るも無残で……少しかわいそうになったけど、ここで手を緩めると空中にいる私は稲妻で叩き落され、地上にいるうるみたちはスライディングで狩られてしまうから仕方ない!
私も早く地上に降りて加勢しよう。今、うるみがこれまでの恨みを晴らすかのように【虹の閃光】を万雷兎の頭に当てまくっているから、もうすぐに終わりそうではあるけど……。





