Data.65 大地を滑る稲妻
あの殺人スライディングをギリギリで回避して、すれ違いざまに刃を入れるというのは……現実的ではない。
キックと違って強い衝撃を生まないスライディングだが、滑っている最中はウサギの全身から激しい稲妻がほとばしっている。あれではすれ違った瞬間に感電して、そのままゲームオーバーになりかねない。
風雷属性のウサギは常に体から稲妻がほとばしっているけど、平常時はそれが脅威になるほどの勢いじゃない。でも、キックが何かにヒットした時と、スライディングの最中は話が違う! このタイミングでのカウンターは自滅するだけだ!
このウサギ……無敵!
そう思ってしまうのは、私たち3人が最も有効な攻撃手段を持ち合わせていないからだ。そう、風雷属性の弱点となる『土石属性』の技能を……!
土石属性の技能ならばウサギが身にまとった稲妻すら貫通して本体に大きなダメージを与えられる。それが射撃系の技能ならば、よりリスクを追わずにあのウサギを倒せるはず。
しかし、私たちは誰も土石属性の技能を持っていない! それどころか私はウサギと同じ風雷属性がメインだし、うるみに至っては風雷属性が弱点である水氷属性がメインだ。
リュカさんも攻撃に参加しない作戦を実行したあたり、土石属性の技能を持っていないな……。彼女の場合は、事前に万雷兎が風雷属性だと知っていたはずなのになぜ……。
まあ、成長システムがシビアな『電脳戦国絵巻』において、1体の敵を倒すためだけに自分が本来使わない技能を習得&強化するのは、あまりにも無駄が多いってことなんでしょうけど。
それに弱点を突かないと異名持ちは倒せないというわけではない。赤鬼の時だって私は炎熱属性に対して特に有利じゃない風雷属性を使って……あれ? そういえば、あの時はうるみの水氷属性技能【命の雨】が降ってたから、赤鬼の動きが鈍ってたんだっけ?
……もしかして、私たち大ピンチ?
「む、むぅ……」
弱点を突くという簡単かつ正攻法な攻撃ができない以上、もはや奇策に頼るしかないんだけど……その奇策がまったく思いつかない!
こうしている間もウサギに引きずり回されているリュカさんの体力が削れ、私ほど素早く動けないうるみがウサギに追い回されて消耗していく。この状況で唯一有効な技能【虹の閃光】の使い手である彼女を、ああもマークされては反撃が……!
いや、この状況だからこそシンプルに考えよう。私がウサギに攻撃できるのは、激しい稲妻が引っ込んでいる時だけ。それはつまり、空中にウサギが跳び上がり、キックで地上に衝突するまでの間ということになる。
これを解決するには……私も跳べればいい。跳んで空中でウサギに斬りかかれれば最高だ。でも、私のジャンプ力はたかが知れてる。
なら、いっそみんな優雅蝶に乗って空から攻撃を……。いや、悪くない作戦だけど、私がまた置物になってしまう。優雅蝶の体は私の刀より大きいから、接近して斬ろうとすると先に優雅蝶の体が敵に接触してしまうんだ。
しかし、追い回されてへとへとのうるみを助けるにはこの方法が……! いっそのことうるみだけ乗せて私が地上で囮を務めるのが正解かも……。
「ぐうううううううううるみちゃんんん……来いっ! 蛮骨蜂っ!」
引きずられているリュカさんの本から、骨で作られた蜂が飛び出した!
「なんだあれ……!?」
骨の蜂はうるみに接近すると、胸部にある肋骨のような骨を開き、その中にうるみを抱え込んだ。まさか、プレイヤーを乗せて飛べる召喚獣が他にもいたとは……!
おかげで問題は解決した。安全な空中から【虹の閃光】を撃っていれば、時間はかかるけどいずれウサギを撃破できる。光属性は闇以外のすべての属性にちょっとだけ有利だからね。
それにこの手のスピード型魔物は耐久力に劣る。それこそ赤鬼とかよりはずっと脆いはずだから、本当に攻撃さえ加えられれば倒せる……!
その時、ウサギがスライディングをやめ、すくっと立ち上がったかと思うと。
《ピヤァァァァァァァァーーーーーーッ!!》
またもや奇妙な鳴き声を上げる。すると、空を覆っていた雲が雷雲に変わり、うるみと蛮骨蜂に向けて雨のような雷が降り始めた! こいつ……対空用の技能まで持ってるのか!
「ちょ、ちょ、ちょ、状況が呑み込めないんですけどおおおおおお!?」
急に骨の蜂に抱えられ、今度は雷の雨に狙われることになったうるみ。蛮骨蜂は機敏な動きを見せるけど、降ってくる雷が多すぎる……!
雷の1発が蛮骨蜂に直撃し、その骨の体が灰となって散る。うるみは地面に投げ出され、そこをウサギがスライディングで狩りに行く!
「うううううう優雅蝶おおおおおおっ!!」
召喚された優雅蝶は引きずられているリュカさんの体を脚で掴み、バッサバッサと大きく羽ばたいて引っ張る! これでウサギのスライディング速度が少し落ち、その隙に立ち上がったうるみが退避する。
【優雅蝶召喚】【縄状百足】【硬化術・金】……この3つの技能のコンボならば、よりウサギのスピードを落とすことができる。じゃあ、なぜそれを最初からしなかったのかというと……。
「念力が……限界……!」
リュカさんがすべての技能を解除し、ウサギは再び自由になった。
召喚系の技能は召喚している間ずっと念力を消費する。【硬化術】も効果が永遠に続くわけじゃないから、適宜発動し直す必要がある。
同時に扱う技能が増えれば増えるほど、念力の消費は激しくなる。だから、あえて【優雅蝶召喚】は使わなかったんだ。最初から使って少しウサギのスピードを下げていたとしても打開策は見つからないかっただろうし、これは正しい判断だ。
足枷から解放された万雷兎は……跳ぶ。
よほどあのキックがお気に入りの攻撃らしい。月を背に天高く跳び上がり、こちらを正確に狙っている。ここからまたキックを回避し続けるスタミナは、実質何もしてない私にしかない。
でも、やっと、私にできること。私にしかできないことを思いついた! ただ、それを実現するにはリュカさんの協力がいる!
「リュカさん! 私をあのウサギに向けて投げ飛ばしてください!」
念力回復の小瓶を急いで飲んでいたリュカさんは、それを聞いて噴き出しそうになる。冗談みたいな話だけど、私は大真面目だ!
飛び道具がないなら、私自身が飛び道具になる!





