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Data.55 山の洗礼

「いや、まだピッチャーはたくさんいるか!」


 石を投げてくるサルは1体じゃない。同じくらい正確な剛速球を投げてくる奴が複数いる! なんとも選手層が厚いようで……!


 流石の私も四方から石を投げ続けられたらキツイし、同時に複数の石が飛んで来たら斬り払うことも難しくなってくる。せめて石が飛んでくる方向だけでも1つに絞れれば……!


「アンタたち! ルートを変更するよ!」


 リュカさんの呼びかけと同時に優雅蝶は大きく方向を変え、山の斜面に対して横の方向に飛んでいく。その間も投石による攻撃は続く……!


 降りて戦いたい気もするけど、こういうタイプの敵はいざ接近しようとするとしっぽを巻いて逃げるのが目に見えている。めちゃくちゃなことやってるように見えるけど、投げられた石を打ち返すというのは理にかなった戦い方なのよね!


「うりゃあ! またピッチャー返しだ!」


 1体1体処理してもまだまだサルはやってくる。群れで襲いかかって来てるな……これ。今までの魔物みたいに、プレイヤーを見つけた個体がただ襲いかかってくるだけじゃない。プレイヤーを発見したことを他の個体に伝える奴もいると見た。


 要するに、仲間を呼ばれている!


「そろそろ別ルートに入るよ! 降下する時落ちないようにね!」


「降下……?」


 優雅蝶が進む先には……崖! 私がその理由を尋ねる前に、優雅蝶は崖から飛び立った! そして、真下に向けて降下していく!


 一瞬の浮遊感の後、優雅蝶は崖の真下を流れていた川の水面ギリギリで停止し、川の流れに逆らうように飛行を再開した。ここは川が山を削って出来た渓谷のようだ。


 当然、この川は山の上から流れて来ている。流れに逆らって飛べば、迷うことなく上を目指せるというわけね。


 それにサルたちも流石に崖の下までは追ってこれない。崖の上から投石しても姿が丸見えになっているので、投げてくる方向やタイミングがバレバレだ。


 この状況では、ストレートしか投げられないサルたちなんてバッティングマシーンと大差ない。それでも諦めが悪いサルたちにピッチャー返しをお見舞いしていく。ふふっ、面白いくらいに当たる!


「助かったよトラヒメちゃん。アンタがいなきゃ、今頃優雅蝶の羽は穴だらけだったね」


「いえいえ、リュカさんのルート選択のおかげですよ。でも、どうして最初から川を上るルートを選ばなかったんですか?」


 サルが出る森の中を進むより、最初から川を上る方が安全に思える。迷う心配だってないわけだからね。


「ああ、それはね……。こういうことだよ!」


 優雅蝶が突然90度傾き、地面に対して垂直になる!


 座席のバーを持って振り落とされないように耐えていると、川の中から謎の巨大魚が口を開けて飛び出してきた! 体を傾けていたおかげで何とかそれから逃れた優雅蝶は、少し高度を上げて川から離れていく。


「この山に安全なところなんてないってわけだね。まあ、あの岩石猿の方は見つかりさえしなければいいんだけど、今回は運がなかったね」


「これが山の洗礼というわけですね……!」


 まだ登山は始まったばかり……。次は一体どんなデッカイモンスターが飛び出すのか。そして、この山に(ひそ)む『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』の本隊はどこに……!


 ◇ ◇ ◇


 トラヒメと時を同じくして、山の中腹あたり――。


 険しい山の斜面を駆け登る5人のプレイヤーがいた。彼らが所属する組合(ギルド)の名は……『惨堕亞暴琉斗(さんだーぼると)』。


「総長! 分隊の奴らがやっと本当のことを言いました!」


「フンッ! 負けたことを素直に認めればいいものを! 長々と言い訳しよってからに! で、奴らは誰に負けたというのだ?」


「ゼトです。あの閑散銃士の……」


「なにぃ、ゼトだと!? それは確かなのか!?」


「はい、2番隊から4番隊まで同じことを言っておりますので……」


「ウムゥ……」


 総長ライオーは腕を組んで思案する。


「実力的に分隊の負けを疑う余地はない。問題はなぜ奴が『戦った』のかということだ。興味がなければ売られたケンカも買わない男と聞くが……」


「分隊1つにプレイヤーが5人です。つまりゼトは15人と戦っているわけですから、流石の奴も何もせずに逃げる余裕はなかったのでは?」


「戦いは数……。15人も集まれば確かにありえん話ではない。だが、逃げるだけなら全滅させる必要はない。15人を正確に殺すというのは、それなりに意思が絡まねば……」


 ライオーは少し黙る。話をしていた副総長もそれを察して無言になる。


 数十秒後、ライオーは口を開いた。


「ウム、『烏合の衆』の奴らがこの山に来るのだな。奴もあの組合(ギルド)に所属している。要するに(つゆ)払いというわけだ」


「しかし、奴はあまり組合(ギルド)に興味がないのでは?」


「興味がないフリをして、陰でコソコソ組合(ギルド)を支えているのだ。おそらく、分隊との戦闘も奴の独断だろう」


「なぜわざわざ陰でコソコソするのでしょう?」


「それが趣味の男だ。言うなれば本編の主人公より、外伝の主人公に憧れている。まあ、その気持ちはわからんでもないがな……!」


 ライオーはにやりと笑う。副総長はあまりその趣味の良さをわかっていないようだ。


「だが、今回ばかりは奴もその働きを仲間に伝えている可能性がある」


「それはまたなぜ?」


「本隊である我々が生きているからだ。我々が本隊抜きでこの山を攻略しているとはゼトも考えまい。必ず本隊も来ていると察する。だが、こうして今取り逃している。それを仲間に伝えなければ、仲間が危険に晒されるからな」


組合(ギルド)思いな男ですね。なおさらその働きを公表し、賞賛を受けるべきです」


「シャイな男だ。かわいいのものよ……フッフッフッ!」


 ひとしきり笑った後、ライオーたち本隊は登山を再開した。狙いはトラヒメたちと同じく異名持ち『飛脚の万雷兎(ばんらいと)』。


 それに加えて、ライオーはすでに『烏合の衆』のメンバーが山に入っていると考えている。そして、彼らと遭遇した場合は……殺すのみ。5人の族は牙を()ぎ、山に(ひそ)む。

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