Data.50 山の脅威
「その新しい異名持ちってどんな魔物なんですか?」
「名前は『飛脚の万雷兎』といって、大きなウサギみたいな魔物らしい。戦闘能力に関する情報はあまりないんだけど、風雷属性の中でも雷寄りでウサギらしく高い跳躍力を持っているとのことさ」
ウサギの魔物か……。あんまり強そうな姿を想像できないけど、このゲームに弱い異名持ちがいるとも思えない。きっと、それはそれは凶暴なウサちゃんなんだろうなぁ……。
でも、風雷属性という情報は私のテンションを上げてくれる! 炎熱属性の赤鬼から炎熱属性の技能が手に入ったんだから、風雷属性のそいつを倒せば新しい風雷属性技能が手に入る可能性が高い!
私はザイリンとの戦いでほぼ手の内を見せてしまったから、新しい技能の獲得は戰のために必須と言っていい!
「居場所は『無の国』の東にそびえる『月読山』の山頂って話なんだけど、この山自体半分未開の地みたいなもんで、どう山頂にアプローチをかけるのが正解か、よくわかってないんだよね」
「そんな場所にいる異名持ちをよく発見できましたね」
「うちの組合は確かに統率が取れてないけどさ。その分、自由気ままにやってる実力者もそれなりにいるんだよ。そういう奴らがたまにレアな情報を落としていってくれる。だから、うちのギルドはギリギリ中堅にしがみついていられるんだ」
あまり指示には従わないけど、なんだかんだ組合のためになることもするってことか。そういう、さすらいの実力者たちが戰に興味を持てば、『烏合の衆』が勝利するのはそう難しいことでないのかもしれない。
「ただ、情報が与えられてもそれが実行できるとは限らない。もしかしたら、アタシたちの組合以外にもこの異名持ちの存在に気づいているところはあるかもしれない。でも、誰も手が出せないから黙っている……。『電脳戦国絵巻』において山という地形はそれだけ不人気なのさ」
リュカさんは語った。なぜ山という地形が不人気なのか。それは……山が山だからだ!
リアルな世界観を持つ『電脳戦国絵巻』において、山はまさにリアルに存在する山に近い。しかも、戦国の世なので現代のように登りやすく整備されている山は少ない。手つかずの自然の中を突き進まないと登ることが出来ないんだ。
当然時間はかかるし、険しい山なら滑落して落下ダメージで死ぬこともある。また、リアルには出ない魔物がキッチリ出てくるので、それらの対処も必要だ。しかし、山の魔物は山の地形を知り尽くしているから、翻弄されること間違いなし!
山の近くに住むNPCたちもあまり山には近寄らない。そこが危険な場所だと知っているから……みたいな言い方をすると、本当に大昔に戻ったみたいな気分になるね。
まあ、私たちの時代でも自然をなめてかかると痛い目を見るのは変わらないけど、科学技術の発展によって、ある程度は立ち向かうことが出来るようになっている。
ただし、今は私も戦国の住人だ。リュカさんが語る危ない山に登って、これまた危ない異名持ちを狩らないといけない。
うーん、相手が風雷属性とわかった時に上がったテンションがどんどん普通に戻っていくぞ! ここらへんでもう1発くらいテンションが上がる情報が欲しい!
「……みたいな感じで、山は不人気で危ない地形なのさ。得してるのは『リアルの山に登るのはハードル高いけど、リアルに近いゲームの山なら登ってみたい!』みたいな変わり者のプレイヤーだけじゃないかね」
「でも、私たち今からその山に登るんですよね?」
「そうさ! テンション下がってるかい? ふっふっふっ……だとしたら、アタシの手のひらで見事に踊ってくれてるね!」
リュカさんは満面の笑みを見せる。言葉の意味はわからないけど、不安そうだったリュカさんが笑顔になってよかった。
うるみの方は特に不思議そうな表情をしていない。つまり、彼女はリュカさんの言葉の意味がわかっているな。流石は私を支えてくれる情報通だ。
「確かに山に登るのは大変さ。自分の足を使ったら……ね。でも、リアルなら車で途中まで登れる山もあるし、海外には山を登る電車もあると聞く。ロープウェイなんて楽な上に景色も最高だ。それにもし飛んでいけるとしたら……もっと楽勝だと思わないかい?」
リュカさんは笑顔で懐から本を取り出した。彼女の装備と同じく紫色の表紙が鮮やかな本だ。
「アタシの武具は『本』! そして、本には召喚という技能がある! つまり、空飛ぶ召喚獣に乗って山を登ってやろうって寸法さ!」
本……召喚……召喚獣!
確か私も『浮草の滝』で巨大な鮭を倒した時、指定武具『本』の【怪魚召喚】という技能を手に入れている。
刀を使う私にとっては修練値の肥やしでしかないけど、これも本を装備して使えば魚を呼び出すことが出来るはずだ。その要領で空を飛べる生き物を召喚する技能があれば、その背に乗って空を飛べるというわけね! これはテンションが上がる情報だ!
でも、待てよ……。リュカさんはさっきから『誘蛾灯のリュカ』と名乗っている。もしや、彼女の言う空飛ぶ召喚獣って……。
「ちっちっちっ……! トラヒメちゃんの想像してることが手に取るようにわかるよ」
リュカさんは得意げに指を振る。
そうだよね、流石に蛾に乗って飛んでくなんてないよね!
「私の異名技能は【優雅蝶召喚】! つまり、綺麗なちょうちょに乗って飛んでいくのさ……って、異名は『誘蛾灯』なのに技能は『優雅蝶』ってなんやねーん! でも、蛾も蝶も大して変わらんわっ! ……みたいな? お、面白くない?」
「ああ、いえ……」
異名技能ってなんだ……?
そもそもプレイヤーについてる『異名』にどういう意味があるのか、私はまだ把握していない! 隙間鼠とか隙間蛇とか、ただのオシャレじゃなくて結構大事な意味があったりする?
ああ、それが気になってリュカさん渾身のボケに反応できなかったのが申し訳ない! この埋め合わせは戰でします!





