Data.39 目覚めし者
「……って、宝箱なくない?」
敵がいなくなった地底湖は静かなものだった。宝箱が現れることもないし、外へ出る道が開くこともない。
「ダンジョンクリアの報酬は宝箱じゃないんですよ。いくつかの報酬の中から好きなものを選ぶ形になりますから……あっ! ほら、あれを見てください!」
地底湖の中央に光の球が浮かび上がる。その周りには光の帯が渦巻いており、微かだけどそこから吹く風も感じる。
「あの光の球に触れて表示される物の中から報酬を選ぶと、後は自動でダンジョンの外に送り出してくれるんです」
「なるほど。宝箱とダンジョンから出るためのワープ装置みたいな機能を併せ持っているのね」
でも、思いっきり地底湖の真ん中にあるんですけど……。入る時も濡れたんだから、出る時も濡れろってことなのか……?
「トラヒメさん、今なら水面を歩けるみたいですよ!」
「うわっ! 本当だ……!」
沈みそうで沈まない。そんな不思議な感覚を味わいながら湖面を歩き、光の球に接近する。そして、軽くそれに触れた瞬間、目の前にウィンドウが表示された。
そこには装備やら技能やらがズラッと並んでいる。いきなりこんなにたくさん見せられると、嬉しすぎて悩んじゃうなぁ!
ただ、これでも表示される装備や技能の数は絞られているんだ。ダンジョンの報酬は各プレイヤーのスタイルに合わせて変わるようになっているらしいからね。
その証拠に攻撃系技能は刀に対応しているか、どの武具を装備していても使えるものだけが表示されている。増強系技能もすでに入手しているものは除外されている。装備関係も武具は刀のみが表示されている。
しかし、防具に関しては多種多様なものが並んでいた。今回は『刀を使う』という情報だけがピックアップされて、軽装でスピードを重視するという情報までは反映されてないのかもしれない。
それでもラインナップとしては十分すぎる。この魅力的な報酬の中で私が一番気になったのは、攻撃系技能でも武具でもない。その技能の名は……【首狩り】!
◆首狩り
階級:上級 形態:常中 修練値:0/1000
〈部位『首』を攻撃した際の威力を増加させる〉
首を攻撃した時だけ威力が上がるという限定的な技能だけど、そのド直球なネーミングに心惹かれた! ただ、それだけで決定してしまうのは不安なのでうるみに相談する!
「ねぇ、うるみ。この【首狩り】って技能どう?」
まるで店頭に並んでいる服の感想を尋ねるような気軽さで【首狩り】について尋ねてみる。自分から言い出しておいてなんだけど、絶対に女の子同士の会話で出てこない単語だよね!
「いわゆる部位狙い系の技能ですね。【脚狩り】とか【腕狩り】とか派生がたくさんありますし、『首狙い』『首攻め』『首狩り』『首壊し』『首殺し』のように、後ろの言葉が過激になるほど効果が強まる増強系に似た性質も持っています」
「へぇ~、それで強いの?」
「増強系に比べるとその威力の上がり幅はかなり大きいと言われています。首を狙う機会が多ければ大幅な火力アップが望めます。ただ、魔物の中にはそもそも首がないタイプの魔物もいますし、首に攻撃がなかなか届かない大型の魔物もいます。状況によって完全に使い物にならないことを考慮したうえで獲得しないといけませんね」
「う~ん、そう言われると悩ましいけど、少なくともプレイヤーには首があるんだよねぇ~」
デメリットは理解したけど、それでも私はこの技能に心を奪われている。自分で言った通り、少なくともプレイヤーには首が存在する。【首狩り】は部位限定とはいえ、プレイヤーへの特効を得られる技能とも言えるんだ。
それに一撃の火力を追い求めれば、かつての『VR居合』のようにズバッと一太刀で戦いに勝利する快感だって味わえるはず……。
「ちなみにうるみは何にするの?」
「えっ!? 私ですか!? い、言った方が良いですか?」
なぜかしどろもどろになるうるみ。私と目を合わせてくれない。
別に今の質問に深い意味はない。ただ、自分の報酬を選ぶ前にうるみの報酬の選び方を参考にしようかなと思っただけなんだけど……。
「いや、言いにくかったらいいよ。ごめんね、いつも何でも教えてもらえると思っちゃって……」
「いやいやいや! 何でも聞いてくださいよ! トラヒメさんに説明をするのが私の人生の楽しみなんですから!」
「じ、人生の楽しみは言いすぎじゃない?」
「いえ! 楽しいんです! だから、私が獲得しようとしている技能も教えちゃいますよ!」
大きく深呼吸をした後、うるみは言った。
「私は……【滑滑飛沫】という技能を選ぼうと思ってます……! ヌルヌルの粘液を飛ばす水氷属性の上級技能です……!」
「それは……うるみなりのギャグとか? 結構面白いよ!」
「そのぉ、本気です! さっきのウナギとの戦いでヌルヌルの強さを知りましたから! ほら、あのトラヒメさんが何も出来なくなるくらいじゃないですか!?」
確かにあれはヤバかった! 一度ヌルヌルに足を取られると立つことすら難しくなるし、転ぶとさらに体にヌルヌルがついてしまうという悪循環に陥る。
手がヌルヌルになれば刀を握ってもすっぽ抜けちゃうし、うるみがいなきゃ本当に無抵抗のままやられていたかもしれない。そのヌルヌルを自在に扱えるなら、確かに強いかも……!
流石はうるみ!
私より全然ゲームに慣れているわ! これがゲーマー的思考って奴ね……!
「ギャグとか言ってごめんね。うるみの戦闘に対する意識の高さ……私じゃすぐに理解出来なかったよ。私とうるみが戦ったら、私が負けちゃうね!」
「いえ、そんな……! あっ! でも……試してみるのもいいかもしれませんね……! このゲームにはプレイヤー同士で模擬戦を行える機能もありますし……! それに、そっ、そうすればトラヒメさんを好きなだけヌルヌルに……」
「模擬戦かぁ~。悪くないけど、うるみと戦うのは嫌だな。だって、私のことを支えてくれる人と戦っても本気になれないしね!」
うるみは私の言葉を聞いてハッとしたような顔をした。その後、唇をかみしめてうつむき、震え出した……!
「そう……ですよね……。私ったら自分の中に生まれた歪んだ感情を制御できないんです……! こんな自分知らない……! でも、それが本当の自分のような気がして……!」
うるみがなんか言い始めた……!
模擬戦について説明している途中からボソボソと小さい声になって、何を言っているのか全然聞き取れなかったけど、直感的にそこでの発言が今の状態に繋がった気がする!
「この技能を選ぶのはやめようと思います……!」
「ど、どうして!? すごい強い技能だよっ!?」
その後、うるみを説得して【滑滑飛沫】を習得させるまでに、鰻龍との戦闘以上の時間を要した。私たちはまだ……ダンジョンから出られていない!





